先日、食の分野で幅広い動画撮影をしておられる志賀さんがご来社の際に「はい、おみやげ」と持って来てくれたのが、遠忠食品の海苔の佃煮だった。海苔の佃煮といえばアレ、と思い浮かぶ国民的な瓶詰めの人気商品もある。しかしこの「横須賀一番摘み生炊きのり佃煮」は、実にすばらしいものだったのだ。
佃煮の発祥の地が東京、かつての江戸だということをご存じだろうか。佃煮の「佃(つくだ)」は地名だ。詳しくは歴史マニアにきいて欲しいが、徳川家康が江戸に幕府を開いた際、現在の東京都中央区の佃島に、関西から漁師たちを移住させ、漁業権を与えたそうだ。その漁師たちが自分達が食べるために造っていたのが佃煮。小魚や小エビ、アサリなどの貝を醤油と砂糖を使って甘辛く煮詰めると、塩分と糖分の働きで保存性が高くなる。これが次第に一般の人達にも広まって、参勤交代で江戸にでてきた各地の武士が持ち帰ることで全国で造られるようになったと言われているそうだ。(参考:にんべんWeb https://shop.ninben.co.jp/blog/?p=38)
で、「横須賀一番摘み生炊きのり佃煮」は、神奈川県横須賀市の海で穫れた「一番摘み」の生海苔を佃煮にしたものだ。これを製造しているのは、東京都中央区日本橋で、なんと大正2年から110年もの歴史を持って佃煮を営む遠忠食品だ。
■遠忠食品 https://shop.enchu-food.com/
社長の宮島一晃さんとはずいぶん前からお付き合いさせていただいているが、この佃煮を通じて久しぶりにお会いしちゃった。宮島さんは生まれも育ちも日本橋。歴史を見ても本物の江戸っ子だ。中央区日本橋といえば、先の佃島のすぐ近く。江戸時代から大正にかけて、日本橋に魚河岸があったわけだから、佃煮業界のど真ん中なのである。
宮島さんの佃煮造りのポイントは、まず江戸前の原料を大切にすること。といっても、宮島さんが子供の頃は、東京都内でも干潟があって、そこで穫られた海苔などを原料にしていたそうだが、現在は東京都内には漁師さんがほとんどいなくなってしまった。
「高度経済成長期真っただ中の昭和37年、港湾整備に伴う埋め立て計画などにより、海苔漁従事者が漁業権を放棄。翌38年の収穫を最後に、東京都ののり養殖の歴史は幕を閉じ、東京都には海苔漁師は存在しません。神奈川県、千葉県だけです。」
とのことだ。そこで宮島さん、千葉県や神奈川県などの、東京湾内の原料をできるだけ集めておられる。
また、原料となる魚介類の生産者と極力、直接取引を行うことも遠忠食品のポリシーだ。佃煮製造は、毎日のように原料を大量に入手しないと商売できないから、通常は水産問屋や商社に仕入を任せるものだ。でも、宮島さんは「直接取引をすることで、日本の水産業の現状に触れることが出来るから」ということで、漁協や生産者をめぐり、可能な限り直接取引をする道を探っている。
さて、「横須賀一番摘み生炊きのり佃煮」は神奈川県の三浦半島の海苔生産者が育てた養殖海苔を原料としている。この海苔の産地は観音埼という地域で、じつはこの観音埼から千葉県の富津岬を結んだ線の内側を「江戸前」と呼ぶこともあるそうだ。だから、地域としては神奈川県であっても、これは江戸前の海苔なのだ。
そして「一番摘み生炊き」とあるのは、海苔を養殖する網で一番最初に伸びてきた芽を摘んだもののみを、冷凍せず生で輸送して原料にしたということだそうだ。
「一番摘みの海苔はね、とても香りがいいんです。そして、生の原料を仕入れるってのはエラく大変なことなんです。冷凍と生では大きく違います、、、」
とのこと!
ということで、遠忠食品に並んでいた海苔の佃煮を片っ端から買ってきた!
えっなんか、どれがどれなの、何が違うの!?と思われるだろう。 左の大きな瓶のものが、いわば遠忠食品におけるレギュラー品だと思えばよい。そして「須磨一番摘み」は、兵庫県産の生海苔を使用。そして一番右にある「江戸前一番摘み」は千葉県富津市の生海苔を使用。
ということは産地の違いかというと、実は横須賀の「生炊き」以外は、原料に冷凍海苔も使用している。どうしても輸送の関係で、冷凍にせざるを得ない場合もあるのだそうだ。
せっかくなので食べくらべをしてみた。
左端の、いわばレギュラー商品としての生海苔佃煮。一番摘み以外の原料も使い、年中売場に並ぶ商品ということですね。でもね、もうこの商品の時点で、他メーカーのナショナルブランド品と比べてあきらかに見た目が違う! 海苔の形がビシッと残っているではないか。そのお味もとてもおいしい。ネットリした海苔が一枚一枚、舌の上でほどけていくようだ。江戸前ゆえ、しっかりとした味わいで醤油と砂糖の甘さが来るが、それでも海苔の風味がしっかり残っている。
次は須磨の一番摘みだ。と、これはもう見た目だけで「おおおっ」となってしまう違いがある。
海苔が長~~~~い! 明らかに他の産地の海苔と比べて長い。その分、舌触りもかなりダイナミックかつたおやか。気に入りました。
お次は千葉県の富津市産。
こちらは海苔の長さ大きさは須磨と比べると小さなサイズ感なのだが、その分、海苔特有の青い香りがブワッと口の中に拡がる。ああ、ベクトルがぜんぜん他と違ってて面白い。
そして、、、今回の横須賀、一番摘みの生炊きだ!
おおおおおおおおおっ
明らかに海苔の形の残り方が、他と違う~!!!!!!!!
これが生の原料をそのまま炊いている効用だろう、海苔の一枚一枚の形状がしっかり残っているのだ!ビシッと角が立っている感じ。
それで官能評価的に大きく感じられるのはやはり食感! 舌触りが全然違います。グンバツに滑らか。味や香りもドカーンとくるかと思いきや、そちらは他よりも上品かもしれない。 キノコを冷凍すると細胞が壊れて、料理にしたときに味が濃く感じられるという現象があるが、海苔も冷凍したほうが味わい自体は濃く感じられるのかもしれない。しかし、この滑らかな食感と活き活きとした風味は、生炊きならではのものなのではないか。
で、、、やっぱり海苔の佃煮はご飯と一緒に食べないとね。
実に、じつに最高である。海苔の佃煮って、極論すると海苔の一枚一枚が感じられるのが正解ってことだな! それがよ~くわかった。
ただ、先も書いたように、ほかの商品もそれぞれ特徴的な持ち味があるのだ。とくに須磨一番摘みの佃煮は、その海苔の長さが半端なく、官能的な食感を楽しむことができた。富津の佃煮はストロングな旨みを感じた。海苔でこんなに味の違いがあるというのも、当然といえば当然なのだが、感動的だ。
ところで、宮島さんの佃煮造りの大きなポイントが、余計なものを極力使わない、素材の旨みを活かす味づくりをするということ。市販されている昆布の佃煮や海苔の佃煮の食品表示をみると、アミノ酸やカラメル色素といった、味や色を増強する添加物がけっこう入っていることが多い。醤油と砂糖で煮るだけでかなり濃い味わいになると思うのだけど、アミノ酸必要なのだろうか。それにあの黒々とした色が、実は素材の色ではなくカラメルの色だったというのは、ちょっと笑えないね。
対して遠忠食品の佃煮は、醤油、水飴、砂糖、鰹だし、米由来の発酵調味料しか使われていない。由来のわかるスッキリした味わいを楽しむことができる。ぜひ、日本橋の水天宮近くにある遠忠商店に足を運ぶか、オンラインショップで、大人買いをして食べくらべをして欲しい。きっといままで感じたことのない海苔のおいしさに開眼されることだろう。