焼鳥の世界が賑わっている。銀座バードランドのように奥久慈軍鶏をはじめとする高級地鶏肉のおいしさを引き出した店や、いまや予約が取れない鳥しきの一派のように銘柄鳥の朝挽きの肉を使用し鮮度のおいしさを追求する店など、さまざまだ。
ただ、焼き鳥店という存在はそもそも、飼育日数が短い(だいたいは50日未満だ)ことで肉が柔らかく、ただし味わいの薄い若鳥の肉を串打ちして食べ安くし、醤油と甘さを合わせたタレの味わいで食べるというものがその主眼だったのだろうと思う。だから、僕も若鶏中心の店では塩で食べることはあまりなく(内臓は塩でもおいしいですね)、タレと肉の食感を楽しむのが本道だと思っていた。
そこに面白い店が登場した。恵比寿「とりひろ」である。
店主は金田泰和さん。鳥しきの系譜にあたる埼玉の名店で修業し独立。大宮で店を営んでいたが、東京・恵比寿で勝負に出た。
恵比寿とりひろのなにが面白いかというと、先の「若鶏には味わいが薄い」を克服するために「若鶏の肉を熟成でおいしくする」にチャレンジをしたことだ。しかも油脂分をあまり含まない、リーンな味わいの胸肉を、である。
その熟成とは、もちろんドライエイジングではない。また真空パックでそのまま冷蔵しておくものでもない。このブログでは何度も伝えてきた、四国計測工業というまじめな会社が産み出したエイジングブースターという機械で、肉のたんぱく質分解を短時間で促進する仕組みを使っているのである。
初めて、この若鶏の胸肉串を食べた時には心底驚いた。
胸肉串は、先付けのあと、焼き鳥コースの先頭打者として登場する。
「お酒で舌が鈍らないうちに味わいっていただきたいと思いまして」
と金田さんがいうが、鈍っていても、普通の焼き鳥を食べ慣れた人であるほど、その違いがわかると思う。多くの店が行う、皮目が肉を抱くように焼いた串に歯を立てると、生きのよい皮の食感を感じた後、胸肉の筋繊維が実に魅惑的なほどけ方をする。「柔らかい」という表現ではおそらく伝わらない、というか、胸肉は基本、柔らかいものだ。その胸肉の筋繊維一本一本が、脆くなっているのだ。歯の入り方が実に官能的に、とにかくほどけていくという感覚だ。
そして、この断面をみれば、肉がしっとりしてジューシーであることに気づくと思う。胸肉がジューシー!?
エイジングブースターにかけているので、内部の水分は程よく抜けているはずなのだが、筋繊維が抱き込んでいた水分が染み出してくる感覚だ。いままでこんな胸肉串は食べたことがない。そして、淡白な味わいであるはずの胸肉なのに、しっかりと旨みが感じられる! 本当においしい、、、
もう一本!と言いたいところだが、この鳥ひろは焼き鳥だけで攻める店ではなく、和食の皿を織り交ぜてくるので一服。
もちろん、どれも焼き台で火を入れたものが主軸である。ネットリしたサトイモに味噌を塗ったのも、イケます。
日本酒のセレクトもなかなか好みです。
なお、金田さんの焼きは炭火と電気を併用。炭火だと直線的な火入れになってしまうこともあって、火入れのステージごとに頻繁に台を移しながら焼いている。
なお、心配せずとも焼き鳥は十分な串数が出てくる。それらすべてが先のエイジングブースターで熟成促進させたもの、ではない。その辺が実に上手で、「熟成する必要がないものは鮮度ゆえのおいしさを味わっていただきます。」とのこと。
だから、朝挽きの鶏のモモ肉は熟成促進せず、そのまま焼いてタレで。
「鮮度の良い若鶏の食べ方としてはこれが一番おいしいですから。」
というが、ほんとにそうだね。内臓類もほとんどは熟成促進しないままだ。
ただし、例外がこれ。
そう、鶏のハツだ。この部位だけはエイジングブースターで熟成促進するのだが、これが素晴らしくトロリと溶けるような旨さなのだ。なお、熟成促進しないハツも出してくれるので、食べ比べをするとよくその違いがわかる!
そうそう、つくね串も熟成促進をしています。
どんなつくね串になっているか、お楽しみに。
なお、〆のご飯は鶏そぼろ丼もおいしいのだが、、、
もうひとつ、特製のスープカレーがおいしい!
シンプルなスパイス構成に留めていると思うが、鶏出汁とのマッチングを考えた逸品だ。
四国計測工業のエイジングブースターのWeb記事用に、鳥ひろの写真をたくさん撮ったのだけれども、そちらの記事のアップまでに時間がかかるようなので、先行してこちらにポストしておく。
僕の識る限り、若鶏の熟成でこのような胸肉が食べられるのはこの店だけだ。いずれ予約が取りにくくなる可能性もあるので、早めに足を運んでおくといいだろう。
■恵比寿とりひろ
https://www.tablecheck.com/ja/yakitori-torihiro