最近とみに、中国料理の世界で躍進する店が多いように思う。先のミシュラン東京では茶禅華(さぜんか)が、中国料理では初となる三つ星を獲得したのは記憶に新しい。このとき、じつはもう一つ、新たに一つ星を獲得した店がある。それが田村亮介シェフ率いる慈華(いつか)。じつはこのミシュラン発表の瞬間、僕は六本木Ryuzuの飯塚シェフとともに、慈華の田村シェフと一緒にいた。本当に大変な時期に開店し、いまも大変だろうけれども、血を吐きそうになりながらの日々だったろう。いま、もっともその努力が報われて欲しいシェフの一人が田村さんだ。
外苑前駅から歩いてすぐ、飲食店が多いあたりの二階に上品にたたずむ慈華。検索すると公式Webで「接待に最適」と書いてあるけど、接待でなくて自分のためのご褒美に行く目的として、最高な店だと思う。
この日は2020年の12月だったので、カラスミ仕込みシーズンのまっただなか。こんな感じで店で使用するカラスミを仕込んでいた。カラスミだけではない、田村さんは中国料理で使用するいろんな調味料を自作している。素材と調味料で味が決まる部分が多いわけだから、調味料も人に任せないということはとても重要な姿勢だし、それでこそ「オリジナルな味」といえると思う。
この日は昼のコースを一人でいただいた。お一人様でゴメンね、だけど、一人でゆっくり味わうと、味の印影やその背景にある技法に思いを凝らす時間をもつことができるので、僕は嫌いではない。
運気の上がる前菜盛り合わせは、食べる順番が大事だそうで(笑)、左下から食べて行く。
ひとつひとつの解説はしないでおくが、どれも一品料理としてしっかり成立する手のかけ方をしている。
とある中華料理店の料理人が、自嘲気味に「中華の世界じゃ、素材の味なんてほとんど無視されてます。素材の味を抜いて、そこに調味料の味を入れていくというのがいまの主流なんですよ」と話してくれたことがある。
ただ、そんな時代も変わりつつあるのかもしれない、と田村さんの料理を食べていると強く感じる。どれも素材感がしっかりあった上で、中国料理の文脈での味付けがなされている。
千代幻豚の団子 陳皮香る蒸しスープの上質さがすばらしい。清々しい清湯である。
千代幻豚はあらく手切りされて、ふわっとまとめられた団子。ほろりと崩すと清湯にまた豚の味わいが溶け出してコクが出る。
陳皮の爽やかな香りが、豚の香りをまたスッキリとさせてくれるのだ。
そして、田村シェフが得意とする春巻き。なんと上海蟹が! いまはすでに終わっているが、この時期、上海蟹コースがあったのだが、蟹にそれほどグッとこない僕は「おいしい蟹味噌だけたべられればなあ、、、」と思っていた。それを見透かされたかのように、蟹味噌の味わいを凝縮させた春巻きに仕立ててくれたのだ!
上海蟹の味噌とホックリした栗をおろして合わせたこの一品、すばらしかった!
クロカジキと四川ピクルス、椒麻ソースと書かれている。
四川ピクルスの酸味と山椒がビリリと効いて、カジキの身肉のやや平板なうま味がグッと引き締まる。
本当に素材感の活かし方が上手なシェフだ。カジキの断面を観ればその火入れの精緻さもつたわるだろう。
火入れと言えば、この店の前に勤めていた麻布長江時代は、当時六本木にあった「日本料理 龍吟」の店が近かったこともあって、山本政治シェフがよく食べに来ていたそうだ。そのうち、山本シェフの影響もあって、さまざまな食材への火入れアプローチを探求するようになったと田村さんから聞いたことがある。
さてその火入れ技術が遺憾なく発揮されているのが肉料理である。
ラム 四川香るスパイシー仕立て
どう見ても中国料理なのだが、そのアプローチは四川の技法のみならず、龍吟スクールも含め田村シェフに影響を与えたひとたちのエッセンスが詰まっているといえるだろう。
仔羊のよい香りとうま味が最大化する絶妙な火入れに、四川の麻辣風味が載って、さながら最強の肉料理である。ファインダイニングとしての中国料理のメインはこうじゃないとね、という味わい。
あ、もちろん夜の食事でもっとド派手な仕立ての料理もたくさんありますから、それはぜひ店を訪ねて選んで下さいネ。
さて、この日の〆のお食事は担々麺、冷たい担々麺、しじみのあっさりスープ麺、上海蟹出汁のおかゆから選べる。ちなみに、「全部!」というのもアリだそうだ(笑)
上海蟹のおかゆをいただいて、、、
冷たい担々麺で〆る至福!
デザートも、どれも美味しい! 月餅ではなく、在来種の枝豆を擂りつぶした餡でつくっている餅が美味しかった!
そんな田村シェフが、一つ星を獲得した瞬間!
みんな大はしゃぎでしたね。
どんな場所でこの祝福がなされたのかは、また後日。
とにかく「慈華」は、いま行くべき中国料理の筆頭格!田村さん、またうかがいますね。