赤身中心の肉質となる和牛品種である短角牛(正式には日本短角種)の認知はだいぶ広がった。この短角の主産地はもちろん岩手県、そして青森や秋田など東北で生産されているが、北海道にも規模の大きい短角生産者たちがいる。その中でも、十勝の足寄町に本拠を持つ北十勝ファームの上田金穂さんとはだいぶ長い付き合いとなった。
その金穂さん(いつも思うが上の田んぼに金の穂が生る、というすごい名前だ!)の長女である七加ちゃんが素敵なプレゼントをくれた。彼女の結婚記念会を東京で行ったときに準備や司会進行をしたことへのお礼とのことだが、その会にも出席されていた、麻布十番のイタリアンであるプリンチピオの根岸シェフによるクリスマスディナーだ!
ちなみに麻布十番は、五反田の我が家から月に1回か2回、散歩がてら歩いて来ている。ニッシンワールドデリカテッセンでハムやソーセージを買い、第一コーヒーでコーヒー豆を買うというのがルーティーンだ。余裕のあるときはオーガニックスーパー・ビオセボンを覗く。ただ、このあたりでしっかりごはんを食べるということは少なかった。
そのビオセボンに近いビルの二階にプリンチピオがある。小体なお店だがシックだ。扉を開けるとマダムが明るく迎え入れてくれた。
種抜きのグリーンオリーブがまず旨い。
食前に出てくるオリーブが美味しくない時って興ざめするものだが、こんなにジューシーで心地よい食感、心が躍る!
根岸シェフ、グルテン&カゼインアレルギーの妻のために、できるかぎり米粉やスターチなどを使った対応をしてくださった。感謝!
「メインはもちろん北十勝ファームの短角、フィレです。」
そうこなくっちゃね!
前菜にでてきたこのバッカラ・マンテカートが秀逸! バッカラは干しタラですな。口当たりよくクリーミー、タラとキャビアの塩気がほんのり効いて美味しい。その後ろにあるフォアグラ入りのスペキュロスも、フォアグラ苦手な妻が「えっ おいしい!」と喜ぶほど、脂の重さを感じない心地よい味わい。
この日はワインもマダムによるペアリングで愉しませていただいたのだが、料理に合わせたセレクトが素晴らしかった!
高知県産馬肉のタルターラ。高知で馬、生産してるんだっけ!?高知県の畜産振興アドバイザーを長いことやってるけど、しらんかったー
これがまた美味しい!ニンニク醤油で食べるのとまた違う趣。馬肉の健全な生感、ハーブ、エディブルフラワー、チップスのカリカリとともに口中で混ざり合い、いろんな食感が渾然一体になる。
そして蝦夷アワビと八色シイタケのインパデッラ。
このアワビの一皿、妻が「もう一度食べたい、、、」と言っていた。インパデッラはフライパンで調理したという意味だが、マジで!?と思うほどにアワビの心地よい歯触りと、実に立派な八色シイタケのこれまたアワビ?と思うほどの歯触りを愉しむことができる。
アワビのゴージャスな美味しいを愉しんだ後、シイタケにナイフを入れて食べた瞬間の「あれ!?こっちの食感もアワビ!?」という驚きを狙っているのだろうか、見事にはまった!
トリュフがふんだんに香り、肝ソースと織りなす複雑な味わいにすごみがある。
タリオリーニ 白魚とサルデーニャのからすみ
なんとこのタリオリーニ、グルテンフリー。ありがたや、ありがたや、、、グルテンフリーなんて意味ないっていまだに言ってる人を見かけるが、胃の消化能力は人によって違い、能力の低い人の場合、分解しきれないグルテン分子によって調子が悪くなってしまう。その苦しみは本人か近しい者にしかわかりません。日本でもグルテンフリー食品がもっと普及することを祈る。
根岸シェフのグルテンフリータリオリーニ、美味しい!タリオリーニはもともとビキビキのコシではなく、優しい食感を愉しむもの。相性がいいですね。白魚とボッタルガがまたワインを進ませる。
二品目のパスタはホウレンソウを練り込んだスパッツレ。ラグーはパプリカをふんだんに使ったグーラッシュだ。
いやもうこれがまた、美味しい!
ふだんは「手打ちより乾麺がいいなー」といっちゃうアホ舌な僕だけれども、この心のこもった手打ちパスタの優しい食感が実に心に染みる。おいしいですねえ、本当に!
そして、満を持して北十勝ファームの短角牛登場。ほとんどまとまった形で流通しないヒレだ。
「上田さんとこの短角のなかでも、このヒレ肉はとても美味しいと思っていて、長いこと使わせていただいています。40日ほど寝かせたのをいただいて焼き上げるんですけど、旨みの濃さが他の牛とぜんぜん違うんですよね」
とおっしゃるが、考えてみたら上田さんとこんなに長い付き合いの僕だが、ヒレは数回しか食べていない。40日も真空下で寝かせると、耐性のない肉はイってしまうことが多い。しかし北十勝の牧場をみたことがあるひとなら実感できると思うが、色んな意味で清い環境で育てられた北十勝ファームの短角は信じられないほど長期の熟成に耐えるし、寝かせてこそ味わいが出る。同じ個体でも熟成期間の違いでまったく別物になることを何度もこの舌で確認している。
それにしても、このフィレの火入れ、最高だった!もう、その一言しかない。
低温調理的に生ぬるい火入れではなく、しっかりあたたかい。ヒレは水分が切れているものだが、気持ちよくしっとりと旨みがしみ出てきて、その辺の味気ないヒレ肉とは大違いだ。ずーーーっと噛んでいたい。かみ続けるとずっとずっと旨みが滲んでくる。
ヒレは牛一頭から、レストランが掃除して使う正味でいえば8キロ程度しかとれない。北十勝短角のヒレの実力をみるなら、プリンチピオに来るしかないということだ。
ドルチェはピスタッキオのクレマカタラーナ。これまたカゼインフリーで作っていただいたとは思えないほどにクリーミーで美味しい。ピスタッキオの香ばしい風味が効いていて、コクはあるが重くない。美味しい!
シェフとマダムに、瞬間的にマスクを外していただいて一枚。それにしても豊かな時間とはこのことか! 根岸シェフとマダムのお人柄か、ぽかぽかとした温かさが心とお腹に残った。最高だ! この小さな店が一つ星を獲得しているとは、さすがの眼だなと感じるね。美味しいだけじゃない、すばらしい時間を味わった。
プリンチピオ、素晴らしいお店です。シェフ、マダム、ごちそうさまでした。そして上田七加ちゃん、豊かな時間をプレゼントしてくれてありがとう!