「そろそろ、阪本農園のおふくろ大根がいい感じになってきたんで、おでんをまかないで作ります。食べに来ませんか?」と広尾・山藤の梅さんからお誘いをいただいたので、ああ嬉しい、是非お願いしますと金曜日の店終わりの時間に伺うことにした。
その前日、たいそう嫌な出来事があった、、、それについてここで書くことはないのだけれども、本当にいやな出来事で、心は千々に乱れ、塞ぎ込んでいた。妻から「気が乗らないだろうから、いまからお願いしてやめとく?」と言われたが、この人達がおでんを仕込む時は本当に時間をかけてつくっているはずで、断るなんてできないと、何食わぬ顔で出かけることにした。
店では片付けが終わり、いつもとかわらぬ4人が待っていてくれた。
5分ほど経って、あたため終わったおでんが、巨大な雪平鍋に入って二つ(笑)、出てきた。柄がついていない、プロ用の鍋。やっとこで掴んで持ち上げるあれだ。こんな重量満載の鍋をなんであんな細い及川さんが持てるのか不思議だ。
「おふくろ大根は一番下の方なんですけど、そこに行くまでいろいろあるんで、掘ってください」と。
山藤の料理長はもちろん梅さんなのだけれども、実質的にいちばん手を動かしているのは、二番手の及川さんだ。
「いちおう、おでん種も自作してます。ちくわとはんぺんは作ってないけど、がんもにつくね、さつま揚げとロールキャベツ、巾着は僕がつくりましたから」
と及川さんがサラッと言う。マジで!?
正直、この時点でまったく食欲なし。ああ、種をひとつづついただいて、ごちそうさましようと思った。
一番手前の綺麗な肌の一口サイズの及川作・がんもどきからいただこう。何もつけずにいただくと、、、
表面の”揚げ”状態の部分が柔らかい!その皮膜ともなんともいえない薄皮からほろほろほろっと歯が入り、なんとも絶妙に潰された豆腐の粒子のあいだに充満していた絶品の出汁が、口の中にジュワッと染み出す!
な、なんて旨いんだ!
しかも、辛子が、和辛子がすばらしくクリアに、ギンッと純粋な辛さで鼻を貫く!
「この辛子ね、和辛子なんだけど、アクが無いでしょ。よーく練った後、和紙で蓋をして、そこに水を張ります。水蓋っていうんだけどね。そこに焼けた炭を置くとジュワーってなって。一度水が熱くなって、それがだんだん冷えるまで置いとくの。そうすると、炭が辛子のアクを吸着してくれるんだね。昔ながらの日本料理の仕事なんだけど、最近じゃこれをやるところも少なくなってるね。ぜんぜん味が変わるんだよ」
ええええええええええええええええええええええええええ
初めてきいたよそんな技! ちなみに水蓋と炭を入れているのはこんな状況です。
和がらし灰汁抜き!
梅田 鉄哉さんの投稿 2020年10月22日木曜日
和がらしは美味しいくておでんにぴったりなのですが、灰汁を抜いた方がさらに美味しくなります、固めに練って紙蓋をして水を張ってから真っ赤に焼けた炭を入れて冷めるまで置いておきます。
お次は、さつま揚げ! これもすり身は買ってきたものだけど、そこに及川さんがシイタケ、ニンジン、レンコンを刻みいれて揚げたものだ。
これがまた、ブリンッとした食感に、レンコンのサクッ、シイタケのコクある香り、ニンジンの柔らかな食感が活きて、なんとも美味しい!
タマゴはもちろん山藤の古巣である大地を守る会の生産者のL玉。ホロッと崩れる食感のアジのつみれ、臭みなど一切なし上品!ロールキャベツも及川さんの手造りで、阪本の啓一さんのつくったキャベツは薄い葉が柔らかいのに溶け崩れていない。具には鶏肉を細かく挽いたのが詰まっていて、なんとも優しく滋味である。
そしてメインイベントはなんといっても大根。おふくろ大根はタキイ種苗の品種で、煮物に最適なもの。10年以上前に雑誌「やさい畑」で大根10種食べ比べをやったときに、煮物部門の評価ではダントツにテイスター全員が「美味しい!」と言っていたもの。
みためは三浦大根のような中ぶくら型なのだが、身肉の質はまったく、まったく違う。
それまでおでん鍋の最下層で6時間火を入れられていた大根は、きれいにその形を留めていた。にも関わらず、箸を入れるとなんの抵抗もなくルルルと切れていく。口にいれると、大根の細胞壁とはこんなにももろいのか!と驚くほどにシュババババととろけていく。でも、なんの抵抗もないわけじゃなく、絶妙な名残感があるのだ。こんなにも芸術的なおでん大根があっただろうか。
そしてここから味変。その1は白味噌ベースのゆずみそだ。
味噌といってもかなり伸ばしていて、塩味も淡くしているので、たっぷり乗せて食べるのが吉!ゆず味噌は甘くほんのりユズの香りが立つ。最高だ!
豆味噌の方はコクがドシッと効いて、こんどは大根をストロングおかずにしてくれる。つくづく大根という野菜の懐は深いと実感する。
こんな調子で、結局がんもどきは3つ、さつま揚げも3つ、たまご1つ、つみれ2つ、ロールキャベツ一つ、ちくわ1本、大根4きれ、はんぺん一つ、そしてごはん一杯いただいてしまった!
そして気づいてしまった。
あれっ
おかしいな、俺、さっきまでふさぎ込んでたのに、、、いま、顔からも汗が噴き出しているけど、心はもっと温かい!
川里さんが作る最高の白カブの漬け物で照りを冷やすことにした。シャクリとした食感、最高である。
横で妻が及川さんにおでんのつゆの作り方を聴いている。
「これはね、合わせだしだけじゃなくて、丸鳥を炊いたのも入ってます。四分の一くらいかな。鶏のダシが入らないとおでんは美味しくないですね」
と。そうか、先日、うちの家でも一番出汁をベースにおでんを煮たのだけど、ひと味足りなかった。美味しいおでんにはこんなにも手間がかかっているものなのだな。
「だって及川が、きょうは営業用の仕込みより頑張って作ってるみたいだったもん」と梅さん笑う。
このおでんを山藤で出したら大好評間違いないよ!?
「うん、でもさ、おでんでみんなお腹いっぱいになって、それで終わっちゃうからね。」
ああ、そうか、、、でもなあ、この味わい、完成度なら、例えば5つ種を選べて2000円くらいとっていい。本当にそれくらいの素晴らしいおでんだった。
でっかいタッパーにおでんを分けていただいて、自宅へ帰る。広尾に着くまでのどうにも暗かった気持ちは雲散霧消して、「仕方ない、明日から頑張ろう!」という気持がとってかわった。それは今も続いている。
おいしい料理は確実に、人の心を癒やし、温めてくれる。その美味しさはやはり、人の心と研ぎ澄まされた技によって生み出されるものだ。広尾の山藤ではそんな素晴らしい食事ができることを保証する。あ、でもまかないのおでんにありつくには、長い時間がかかると思います。
梅さん、山藤の皆さん、助けてくれてありがとうね!今日も心は温かかった!