2007年から自分で肉牛を所有し、本格的に日本の畜産に資する何かをしていこうと志したときに、僕は今後の牛肉へのはたらきかけとして下記を掲げた。
1 赤身肉の素晴らしさをひろめること
2 赤身肉の美味しい食べ方としてのドライエイジングをひろめること
3 経産牛が美味しいということをひろめること
どれも、このブログや雑誌「専門料理」を読んできてくれた方なら記憶していただいていると思う。この3つの目標のなかで、1と2についてはだいぶ、もう僕がどうこういわなくたって大丈夫だという状況にはなってきた。ただ、3についてはまだまだである。
いまだに経産牛、つまり「何産か子を産んできたお母さん牛」というと、「肉が硬いんじゃないの?」とか「匂いがありそう」というイメージを持つ人が多い。また、肉の業界にいる人も、昔からの廃用牛のイメージからか、「あんなもん、どうにもならん」という人も多い。
一方で、経産牛こそがおいしいんだ、という人もいる。短角の生産現場では、複数の農家さんから「一産、二産したくらいの母牛を再肥育したら、とんでもなく美味しい」と聴いたし、黒毛に関しても同じだ。
よく混同されるのだが、経産牛には数パターンある。とっても簡略化するとこうなるだろう。
■和牛の経産牛
→再肥育せずに廃用牛として出荷され、挽き肉材などに ①
→2~4ヶ月程度穀物飼料を与えて再肥育し、精肉になる ②
■乳用牛(ホルスタイン)の経産牛
→再肥育せずに廃用牛として出荷され、挽き肉材などに ③
①~③のうち、僕が「おいしいよ」と言っているのはもちろん②である。ただ、再肥育にまわされる経産牛にもいろいろあって、1産か2産しかしていないが、色々問題があって肥育にまわされたという若い年の牛から、10産を数えたベテランの牛までさまざまだ。最近、和牛の単価がとてつもなく高いことから、繁殖メス牛にはできる限り生んでもらおうという生産者が多いので、経産牛の年齢も上がってきていると思う。
もちろん「経産牛すべてが美味しい!」などという乱暴なことを言うつもりは、毛頭ない。以前にかなり特殊な存在である、21歳の経産牛を食べたことがあるが、さすがに無条件に美味しいといえるものではなかった。
経産年数(というか、純粋に年齢といってもいいが)が長くなっていけば肉の色素は暗褐色方向になり、肉質も引き締まり、また筋は硬化していく。多くの日本人は柔らかさをよいものと感じるため、おおむね30ヶ月齢以下の未経産牛や去勢牛を経産牛よりも美味しいものだと観じるのだろう。
また、牛は加齢にともない、ある種の匂いというか香りというか、牛肉臭ともいえるものが濃厚になっていく傾向がある。その牛肉臭が「大好き」という人もいれば「臭い」と思う人もいるので、「人によって許容度が違う」としか言いようがないのだ。ちなみに黒毛和牛の経産牛に生じるその香りは、実に濃密で素晴らしい香りで、こればかりは黒毛がナンバーワンだと観じるところである。
そうした前提条件を踏まえた上で、やはり経産牛は未経産の牛よりも味わいが濃く美味しいものだと僕は確信している。
問題は、どこで経産牛を手に入れられるのかということだ。
経産牛、とくに和牛の経産を安定的に生産している経営形態はそれほどないのが実情だ。また、そうした経産牛の肉が精肉店で「経産牛です!」と売られているケースは実に少ない。
そんな中、沖縄で黒毛の経産牛に力を入れている生産者と出会いがあった。昨年、僕が所属する食生活ジャーナリストの会で実施した、熟成肉についての勉強会に、わざわざその生産者である根保 操(ねほ みさお)さんが来てくれたのだ。
「わたしは沖縄で経産牛を育てて、肉にして販売するほか、飲食店も経営しております。やまけんさんが「経産牛は美味しい!」と書いて下さっているのに力をいただきまして、、、来てしまいました」
というのに、おいおいそんなこと言われたら応援しなきゃ!と思ってしまったわけだ。
しかもその後、根保さんから僕宛に、「味見して下さい」とお肉が送られてきた。平成13年生まれで15産したという17歳の経産牛のすき焼き用。これが実に濃厚な香りとほどよいサシの味が両立した、素晴らしいものだったのだ!
これは行かねばならないだろう!ということで、今年の2月某日、沖縄に行ってきたわけである。
いやー最高な海!
こんな環境まで車で10分といううるま市の好立地に、根保さんの牛舎がある。
根保さんは、繁殖つまり子牛を生産して出荷する経営をベースに、母牛を再肥育して、これもきちんとお肉にして販売するところまでを経営として行っている。
ちょうど、この日の午前中に生まれたばかりという子牛が居た!バンビ状態である。
ちょうど息子さんが、採草地で刈ってきた青草をトラック満載にして戻ってきた。
青草を置くと、牛が喜んで我先にと争うように食べる。
まだ届かないのに、なんとか食べようと鼻先を伸ばしている。
いま、うるま市は繁殖農家がとても多く、青草は取り合いになっているそうだ。
さて、ここまでは繁殖舎。そのとなりに、肥育舎つまり肉牛に育てる牛舎がある。
根保さんは、もともとは東京に出て工業関係の技師をして、ある程度働いたところで沖縄に戻ってきた。飲食店を開いたところ、かなりの成功を収め、何店舗か拡げた後、なぜか知人が営んでいた肉牛生産を目の当たりにして「次はこれだ!」と思ったそうだ。
当時結婚していたが、奥様も「この人なら大丈夫だろう」とついていくことにしたらしい。ただ、すでに食材になったものを扱う飲食業と違って、相手は生き物。そうそう上手くはいかず、当初は子牛を何頭も死なせてしまったそうだ。試行錯誤の末、自分なりの育て方、餌の配合に行き着いたという。
ちなみに、肥育用の穀物飼料は単味飼料を購入しての自家配合である。
「まあ、自家配合っていってもたいしたもんじゃありません。自分なりにこういう配合が、牛が健康に育つかなと思っているので」という。謙遜しておられるが、根保さんの経産牛の味わいは素晴らしい。この配合には独自のノウハウが入っているものと思う。
あ、写真はあまり関係ないけど、この牛舎にいついてしまった猫。
この子達が、むちゃくちゃ人なつこくて、「ねえねえ、お相手してくだちゃい」とばかりに寄ってくる!
根保さん、とても優しい人だ。
「この牛はね、右足に問題があって、本当は淘汰されるかもしれなかった牛なんです。でも、生きられるだろうって私が引き取って、ここまで育てました。」
ほかにもそんな、よその生産者のところで「こいつはダメだ、淘汰するか」という判断のギリギリのところにある牛を引き受けていた。
そんな根保さんだから、牛たちに対する態度がほんとうに優しいのだ。だから当然、牛たちもとても情緒が安定していた。
さて、じつは根保さんの牛の肉を味わうことができる拠点があった。うるま市の牧場からそれほど離れていない、沖縄市海邦地区にある「あやはし」である。
じつはこの店舗、1月22日をもって閉店してしまった。理由は和牛生産に専念するためである。ただ、「事前に予約をしてもらえれば、なんとか開けることもできると思います」ということなので、もし関心がある方は、事前に連絡をして欲しい。ただし可能な限り人数を揃えて行ってあげて下さいね。ドタキャンとか絶対に許さないよ。
お店では、奥様と共に大繁盛の飲食店を経営していた腕前を見せてくれる!
パパッと用意してくれたのは、溶岩プレートで焼く経産牛と、なんとも豪華なミーバイの汁!
経産牛と言われない限り、おそらく「経産ぽいなあ」とは思われないだろうお肉。
ありがたく一枚一枚、プレートで焼いていただいた。
うん、やっぱりねぇ、とっても美味しいお肉です。
黒毛の経産牛の肉には、なんというか一般に言われる和牛香とは違うだろうという、牛肉の匂いとしかいえない香りが強くあるんですよ。その香りがとてもしっかりと香る。
根保さんは焼肉カットにした経産牛をすき焼きのようにたまごとつゆを絡めて食べるスタイルを提案している。
うん、美味しい!でも、僕はひとつ提案をした。それは、こうした焼肉カットではなく、僕に送ってくれたようなすき焼き用の薄さの一枚肉を、タレと共に焼き付けて食べるほうがより美味しいのではないか、ということ。
そう、じつは黒毛の経産牛の肉は、サカエヤ新保さんが熟成した肉のようにステーキにしても美味しいけれども、薄切り肉でも大変に美味しく食べられるのだ。ただ、焼肉用カットだとちょっと中途半端。僕はこの肉はおおぶりの薄切り肉一枚を焼いて、タレとたまごに絡めてご飯を包んでいただきたいなあ、と思ったのだ。
「そうですか! ちょっと検討してみます!」
と根保さん。 いや、絶対にその方がいいと思うよ。
「やまけんさん、あとこちらが、うちの人気商品のハンバーグです。」
うわっ これはもう間違いの無いお味。ハンバーグにしてもやはり特有の濃い香りが感じられる。
娘さん達と共に楽しい食卓を囲ませていただきました。
ということで、沖縄の海邦まで足を伸ばすつもりがあるならば、「あやはし」で検索して、事前に十分な時間を持って(少なくとも一週間前には連絡を)、食べさせてもらえるかどうか聴いてみて下さい。
生産に軸足を置くようになったので、いつでもOK、とは限りません。無理な場合もご容赦を。
それにしても、美味しい経産牛を安定的に食べられる店が増えて欲しいなあ、と心から思います。もし「うち、やってます!」というのがあればぜひご連絡を。