5月7日のNHK「プロフェッショナル」で「肉のサカエヤ」の新保さんが取り上げられるらしいので、事前にこれまであまりここに載せられていなかった写真などを出しちゃおうと思う。
新保さんに初めて会ったのは2009年、僕が短角牛のオーナーとなって、その牛が子牛を生んだのを「さち」と名付けて肥育している時だったと思う。京都の「きたやま南山」の楠本さんが「京たんくろ和牛」の発表会をした会場だった。
■京都「南山」にて京タンクロの会発足。 牛肉には「交雑種」というジャンルがある。そこはまだ未分化な世界なのだった。
https://www.yamaken.org/mt/kuidaore/archives/2009/05/1656.html
うわっ この記事、2009年の5月5日に書いている!てことはその数日前なので、ほぼピッタリ10年前ということだ。新保さんからこの時「これ食べてみて」といただいた近江牛カレーの旨かったこと、忘れられない。余りに旨くて後日何個か送ってもらったほどだ。
その新保さんのブログを見ていると、ずいぶん他の肉屋さんと違うことを言っているし、仕入の基準も他と違う。これは面白いなあと思っていたら、新保さんが「じつはうちも熟成をやってるんです、昔からの方式なんですけどね。」といって、近江牛の経産牛(お産を経た母牛)を熟成させたという肉を送ってきてくれた。
■近江牛のサカエヤさんが近江牛のドライエージングに成功しているようだ! 新保社長と南山の当たらしい取り組みがこの秋から始まる!https://www.yamaken.org/mt/kuidaore/archives/2011/09/2337.html
これが、忘れられないほどに美味しい、非常にレベルの高いドライエイジドビーフだった。この写真は、僕が写真展を開催するときにお世話になっている京橋のIsland Galleryを率いる石島さん宅で飲み会をしたときに持っていって焼いたのだが、石島さんはすっかりエイジドビーフのファンになってしまった。ただ、サカエヤのこの肉の印象が強かったせいか、色んな肉を食べさせたのだが「あの時の肉が一番うまかった」と今でも言っている。
僕はドライエイジングビーフ普及協会というところで審査委員をしていることもあって、ふつうの人よりはエイジドビーフを食べる機会が多いと思うが、おそらく日本全国を見た時に、黒毛和牛の経産牛の熟成肉をここまで美味しくする技術は新保さんがナンバーワンかも知れないと思う。
ちなみに、いま新保さんの店でレギュラーで熟成している黒毛経産牛は鹿児島県産なのだが、東京でもほぼ安定して食べることができる。たとえば西麻布の「ル・セヴェロ」だ。
道をはさんで斜め前に、日本のドライエイジドビーフの黎明期を開拓した「カルネヤサノマンズ」がある絶妙なロケーション。「え、セヴェロはフランスの肉を焼く店でしょ?」と思うかもしれない。
たしかにセヴェロでは輸入したバザス牛を自店の熟成庫でねかせて出している。だが、セヴェロの自慢の一つであるタルタルステーキの肉(もちろん法定の処理済み)と鹿児島産黒毛は、サカエヤから仕入れているのだ。
都内で言えば「ラッセ」もサカエヤの肉を仕入れている一流店だ。
狂気とも言えるほどに素材と調理を追求する村田シェフが、新保さんのところの肉に行き着くのもよーくわかる。
村田さんの店では、新保さんも「これなら大丈夫」と言っていた特殊な冷蔵庫を入れていて、熟成後の肉も安定して保管しておける。
ただ、その辺の話を振ると、村田シェフの話が停まらなくなるので要注意だ(笑)
このほかの店でも新保さんが熟成した肉を食べることができるはずだが、新保さんもそうとう厳しい人なので、どんな店でも売るわけではない。それどころか、仕入れしたいという店には事前に食べに行き、厨房が汚かったり、ポリシーに合わないような店には絶対に卸さない。というわけで、新保さんの肉が入っている店はそれだけでいろんな部分をクリアしていると思っていいだろう(笑)
そのサカエヤ、滋賀県の草津市(JR南草津駅が最寄りだ)で店舗営業をしていたのだが、2017年に同じJR南草津駅から10分ほど車で走った街道沿いに店舗の移転を果たした。
以前の店がこれ↓で、この時ちょうど工事が入って取り壊されようとしている、貴重な一枚(笑)
新しい店は「肉 サカエヤ」と称したシックな外観である。
新保さんの後ろに並ぶのは、飲食店向けにねかせてある肉だ。もちろん頼めばステーキ用に骨を抜いてカットしてもらえるものもある。
店頭の冷蔵庫に並ぶのは、霜降りではなく、餌や育て方を熟知した信頼できる生産者のものを仕入れる近江牛、熊本の阿蘇で国産飼料を中心に与えるくまもとあか牛、北海道で完全なる林間放牧でアンガス牛を育てる駒谷牧場のジビーフ、チーズで有名な岡山県の吉田牧場のブラウンスイス種の経産牛、そして、三重県の農業高校である愛農学園で育てられた愛農ナチュラルポーク。
鮮度がどえらくよい内臓肉も含めどれも、新保さんが人間関係を構築し、築き上げたルートの肉ばかりだ。精肉の一般流通に乗った肉がほとんどなく、ここでしか食べることのできない肉が多くを占める。本来精肉店とはそういう存在だったと思うが、いまではこういう個人店は本当に少ない。
僕も肉の仕事をするようになってわかったのだけれども、肉の流通はちょっと業界の外に居る人にはまったく計り知れない込み入ったもので、野菜のように簡単に「生産者から直接仕入れてます」とできるものではない。
その間にと畜、解体、部分肉カットなどのさまざまな処理が入るし、牛はいきものなので、生産者の身近にある処理施設でそれらの処理を行う必要がある。しかも地域によって、処理施設によって、その流儀がまったく違う。
ちまたの多くの精肉店が、部分肉カットされ真空パックに包まれた肉を、スライス加工して並べるだけになっているのだが、新保さんの店は違う。仕入上の目利きをするだけではなく、むしろ彼が「手当て」と呼ぶ仕入後の処理に重点を置いているのだ。
だから、ほんとうは新保さんは全ての肉を枝肉で仕入れたいはずだ。というのも、彼のブログを読んでいると、カットされた部分肉をみて「ああ、、、そうしちゃったのか、、、」と嘆息しているのをよく見かける。ただ、枝肉で運ぶことができないことも日本では多い。とくに彼が仕入れているような、年に十数頭しかでてこないような牛はなかなか難しい。
それでも新保さんは可能な限り大きな状態で肉を仕入れて、自分の加工場で解体し、「手当て」をしている。僕が訪れたこの時、骨抜きしていないモモ一本を出してきて、
「ほらリョウヘイ、一本捌くの、やまけんさんにみてもらいな」と。
了平くんは、先にも書いた京都のきたやま南山の楠本社長の息子さんである。
南山を継ぐために新保さんとこに修行に来たのかと思ったら「いえ、うちは他の人にやっていただいて、僕は自分でやりたいです」という。
「この子もね、来たときは全然だったけど、僕が出す課題をちゃんとできるようになっていって、いまではその辺の肉屋とは比べものにならないほどのスピードでさばけるようになりました。」
ほんとうに、観ているうちにするするとモモから外モモ、内モモ、ランイチ、シンタマが切り出されていく。
いや、すばらしいね! いま全国から「働かせて欲しい」という人が多く打診してくるそうだが、新保さん、そうとう厳しい人ですからね。いまいる二人は、普通では考えられないほど急速に成長しているようだ。
まだ新しいサカエヤの加工場は枝肉の搬入、それを解体してから吊してねかせる熟成冷蔵庫、そしてさらに深い熟成をかける熟成庫、カット処理を行う加工場などに分かれている。どこもピカピカに磨かれていて、清潔感のない熟成庫で多い異臭もまったくない。
ここは、搬入後の大きな塊をねかせておく冷蔵庫。
その横に、切り出した骨付きロースなどを、いわゆるドライエイジドビーフにするための熟成庫がある。
ここに、大きな秘密がある! 次回に続きます。