パテ・クルートとは、フランス料理の中でも有名なパテ・アンクルートの省略版の呼び名。近年、フランス人も「パテ・アン・クルート」まで言わずに、「パテ・クルート」と呼ぶことが多いそうだ。
そのパテ・クルートの世界選手権というのがあり、毎回アジア・日本地域からも挑戦者が参加しているのだが、、、昨年開催された世界大会で、なんと日本人シェフが準優勝していることをご存じだったろうか?
その栄冠に輝いたのがプリンスホテルに所属する時田啓一シェフ。品川に勤務しながら、このパテ・クルートの選手権に的を絞り、三年の歳月をかけてレシピを研究し、準優勝を勝ち取ったという。
そんなすばらしい結果を得たのに、あまりそのことが告知されていないな、もったいないなぁと思って、時田シェフをサポートする、奥様のミキさんにお願いして、食べる会をセットしていただいた。
というのも、
「おお、そんなのあるのか、食べたいな、品プリに行ってみよう。」
という簡単な話しではない。パテ・クルートといえば、さまざまなシャルキュトリ類をパイで包んで焼き、コンソメのジュレを流し込んで固めるもので、仕込みには相当な時間がかかる。しかも型枠で作るので、一回で相当量が出来上がる。少なくとも一人で「食べさせてー」など軽々しくいえるものではない。
ということで、食関連の雑誌編集者、ライターと共にお願いして伺うことにすると、なんとミキさんも「私もご一緒します!」と言っていただいたのである。
それにしても、僕は東五反田に住んでいて、品川駅から歩いて帰ることも多々あるのにもかかわらず、品川プリンスホテルで食事をすることはほとんどなかった。編集者やお客さんとの打合せを品プリ内のカフェなどで行うことはあったのだが、、、正直な話しビックリした。すっげーかっこいいんだもん!
ここは品川プリンスホテルのメインタワー39Fにある、レストラン「table9 tokyo」。
フュージョン料理を提供する、実に意欲的な内装・外装のレストランである。これはデートで使うしかないな、、、(ニヤリ)
談笑していると、時田シェフが向こうからワゴンを押して登場!
あのワゴンに載っているのが、、、
パテ・クルート!
これが、世界レベルのパテ・クルートだ!
僕もシャルキュトリを製造する企業の仕事をしている関係で、日本シャルキュトリ協会が主催するパテ・クルートの選手権の最終競技の日、それぞれの出品作品を試食したことがある。基本を守った上でのさまざまなレシピがあるわけだが、皮である「クルート」のサクサク感と香り、そして具材である「パテ」のバランスがとても重要だと言うことはわかった。
「パテ・クルートは矛盾した料理です。クルートはしっかり焼き込むことでサクサクしていることが望まれるのに、中身の具材には水分を保っていることが両立しなければならないんです。そのためには、レシピには表現できないさまざまな要素が必要となります。わたしの場合は、”料理に近いシャルキュトリ”の味わいにしています。具材を食べたときに加工肉っぽさ、保存肉っぽさのある味にならないようにしています。」
なるほどね、たしかにフレンチレストランでパテアンクルートやパテドカンパーニュを食べる時、特有の「加工肉っぽさ」を感じてしまうときが多い。フレッシュ感とは対極の、保存性を重視した味わいというのだろうか。まあ、加工肉の技術は保存性を高めることも目的として磨かれているので、それは当然でもある。
しかし、冷蔵や保存技術が発展したいま、料理としてのパテ・クルートに求められるものは、変わってもいい。時田シェフは「食べて美味しいパテ・クルート」を求めたということなのだろう。
ところで、パテを食べるだけでは失礼なので(笑)、この日はコース仕立てでお願いをした。もちろんパテが主役なので、他はシンプルに、とお願いをしてある。
まずはアミューズ。リコッタチーズのムース、 スプーンはエビとイカのテリーヌ風。
お、お、美味しい!
泡とあいまって、一気にゴージャスな空間の非現実感に没入してしまった!
「パテをメインに持っていってしまうと、それまでの間の料理でお腹がいっぱいになってしまい、十分に味わえないということもあります。そこで、コースの前半にパテ・クルートを食べていただきたいと思います」
おお、それはいい!
ということで、パテ・クルートをシェフに切っていただきます!
これが、世界レベルのパテ・クルートの断面だ!
「具材に使っているのは、ベースは霧島産の豚肉、それに鴨肉、フォアグラ、鶏の白レバー、エゾジカの肉です。エゾジカなどは季節性のある肉ですので、これからは変わっていく可能性があります。その上にジュレが流し込んでありますが、先の肉類の端材を使ってコンソメを引いています。わたしは食材の一切もを無駄にしたくないという思いがあります。ですから、コンソメに使った野菜の端材も、ガルニに活用したりということを心がけています。」
すばらしい考え方だ!
ご覧の通り、見た目に関して言えば特別華やかというわけではない。クルートの部分は焼き込みが強く、印象としては地味といってもよい。
そこにナイフを入れて口に運ぶ、、、
「サクッ」
と、バターと小麦粉が合わさった粒子が歯にあたるときの心地よい食感と共に、豊かなクルートの香りが感じられる。
「ん、サクサクだぁっ!」
とよろこんでいると、ミキさんと時田シェフが顔を見合わせてクスッと笑う。
「じつは、このクルートであるパイ生地のレシピは、夫が三年ほどかけて研究に研究を重ねて、開発してきたものなんです。パテ・クルートのコンクールがあるということを知ったときに、一途に打ち込むことが得意な夫に向いているかもしれないと直感し、夫婦で取り組むことを決めました。そこからは、研究の日々です。どうやったら美味しい食感のクルートができるのか、粉問屋さんを数軒めぐって、いろんな素材を試してきました。仕事をしながら毎日のように試行錯誤して、パイのレシピを試したんです。」
なんと三年の研究の日々!
先にも書いたが、パテ・クルートとはパイの食感と具材の適正な火入れをバランスさせなければならない、難しい料理なのだそうだ。中には水分を含んだ肉を詰めるので、その汁気を吸いすぎると湿気てしまう。かといって、肉の火入れを意識しすぎると、パイに十分に火が入らず生焼けになってしまう。パイの部分の食感と味わいを両立させるのが難しい、高度な技術が要求される料理なのだ。
「世界大会の実技のあと、試食をしたフランス人の関係者たちが近寄ってきて『あのクルートのレシピを教えてほしい』と言われたんです。もちろん企業秘密です、と返しましたが(笑)」
まじか!フランス人もそのクルート技術に驚いたってことか、それはすばらしい!!
そのクルートに包まれた具材だが、これがまた美味しい。あのいかにも加工肉ですっという独特の匂いがほとんどしない、適度な塩加減をいれた肉類と上品なコンソメジュレという、具材だけで一品になりそうな味わいだ。
「ファルス(具材)には、ファアグラを真ん中にしたり、いろんな流儀があります。鴨肉をピンクにしあげたい場合もあると思いますが、クルートの部分の火入れが甘くなることもあります。わたしの場合、クルートを重視して、火入れはしっかりめにしています。もうひとつ、”どこを食べても均一な美味しさになる”ということを基本的な考え方にしています。」
なるほど!たしかにどこをどう切って食べても、均質性がある。ここらへんは考え方であって、例えばドカンと存在感あるフォアグラを重視したりする場合は、それが目立つ設計にするのもありだろう。でも、時田シェフのパテ・クルートは、一口目から最後まで、飽きることのない連続性を保ったまま、食べきることができる。
「夫の実技を観ながら、わたしも他の出場作品を試食させていただきました。夫のパテ・クルートは、三年前はイマイチ何かが足りない感じがありました。今回は、この三年間のなかで1番美味しいと、最後まで食べきってもまた食べたいと思えるパテ・クルートを作ることが出来たと思いました。 審査員にはMOFの方もいらっしゃったのですが、「パテ・クルートに必要な基本的な作業を抜かしている出場者が多い」とおっしゃっていましたが、その方が「今回の受賞者は世界に出ても通用する」と言っていただいたので、嬉しかった!」
なるほどなぁ、、、
と、すばらしきパテ・クルート、「もう一枚食べたい」という心を残しながら食べきりました(笑)
野菜料理は見目麗しい9種類の野菜のテリーヌ 清美みかんのソース、マヨネーズ。
これがまた美味しい!パテ・クルートの肉っぽさを清めるかのようなしずやかな味わい。
そしてコンソメ!
「これ、さきほどのパテ・クルートのジュレになったコンソメですかね、、、」
「もちろんです!夫は、食材を無駄にしない人ですから」
これがまた美味しいコンソメ! ていねいに時間をかけてひいているのがわかる。滋味とはこの一口のためにある言葉だろう。
ホタテとオマールエビのポワレ オマールエビのナージュ
仔羊ローストのプロヴァンス風
えーと
すみません、ちょっとなめてました。
むちゃくちゃに美味しいんですよ!
なんかですね、品川の玄関口にあるホテルのダイニングということで、いやまあ美味しいんだろうけど、宴会料理的な感じだろうと思っていた自分を戒めました。すばらしい火入れ、スキの無いソース、高い技術力!すべてが高い水準で提供される!
いやーーーーーーーーー感動しました。
ちなみにミキさんと時田シェフはご結婚24年のおしどり夫婦。世界大会はワインで有名なメゾンシャプティエがあるタン・レルミタージュという地域で開催されたのだが、ミキさんはその大会のサポートをすべて買って出た。じつはアジア大会で優勝したのが9月、そのたった3ヶ月後の12月にフランスでの世界選手権というタイトな日程を聞いたとき、「手伝わなきゃ!」と思ったそうだ。
パリでのアパルトマンの手配や、提供されない食材の買い出しといった費用に、3年間の研究費用を加えると、自腹で払ったお金は200万円以上になるという。でも、その時田夫妻の努力は、大会では報われた。あとは、わたしたち食べ手がそれを受け取って「世界大会準優勝の味わいはこれか!」と心に刻むべきだ。
でもパテ・クルート、いつも仕込んでいるわけじゃないでしょう?
「いつも、いつまでも、とはお約束できませんが、事前に予約をしていただければ、なるべくお出しできるようにしたいと思います。」
とのこと。フランスの伝統的なパテ・アンクルート。その世界レベルの味を体験できるすばらしいチャンスだ。ぜひ、世界に認められた時田シェフに会いに行っていただきたい。
詳しくは、日本シャルキュトリ協会の公式ページをご覧いただきたい。
■「パテ・クルート世界選手権2018」準優勝・時田シェフの作品を期間限定でお楽しみいただけます
http://charcuterie.jp/topics_detail/190211.html