食のエシカルに関する情報を収集し、取材していて実感するのは、日本はこの分野において明らかに遅れているということだ。環境対策やアニマルウェルフェア、サステナビリティに対する取り組みに関して、あれこれと「できない言い訳」をあげつらって取り組みをしない人や組織がほんとうに多い。
「グローバルとは違って日本ではこうなのだから」「これが日本の文化だ」といって守ろうとするのもわからないでもないのだが、取り組みを進めることで対外的に「日本はきちんと問題と向き合っている」というメッセージを送れるし、なによりビジネスチャンスも拡がるはずだ。むろん、リスクをとって踏み込んだ取り組みをしている主体もでてきつつあるが、まだまだわずかだ。
そんな中、それを軽々と超えて取り組みを進める人や組織もいるのだが、その多くは日本ではなく、欧米資本であることが多い。それは当たり前の話しで、ヨーロッパ、そして最近では北米でさえも、エシカルに反する商品・サービスを世に出して問題になった場合のリスクが日本とは段違いに大きいからだ。
ヨーロッパではキャンペイナー組織がマスコミと上手に連携して問題を世間に広めるし、投資家もそれに敏感に反応する。ヘタをすれば会社が潰れるという危機感があるのだ。エシカルを守った商品・サービスの提供は企業経営にとって、息を吸うくらいに普通のこととなっている。特に大手では。
そんなことを痛感したのは、新宿のパークハイアットホテル最上階のニューヨーク・グリルで美味しいロブスターのコースを楽しんだときだ。
懐かしい友人との再会。宿泊客に外国人が多いこともあるが、この店は本当に日本人率が低い。従って、先に書いたような欧米並みのエシカル遵守意識が重要になるわけだ。
先日、岩手県の短角牛イベントをここで開催したこともあって、いろいろエピソードを訊いたのだが、パークって食材産地を意識して経営しているんだなぁとちょっと驚いていた。先日のイベントの数ヶ月まえ、このホテルの総料理長含め料理人、マーケティング担当者などけっこうな人数が岩手の山奥へ足を運び、食材と生産者と交流したそうなのだ。
意思決定をするトップがわざわざ休んで営業外でそういうことをするのか、とちょっと驚いた。
日本は規模の小さいオーナーシェフの店が多いため、トップみずからが毎日厨房に立って頑張らなければならないというのが、いつのまにかスタンダードになってしまっている。そのことにはいい面ももちろんある。
でも、そのせいもあって、彼らの多くはあまり店から出ることができない。休みの日に産地に行こうと思ったときも、あまり遠隔地までは行けない。新しい食材との出会いは仕入業者がもってくるサンプル品でしかないという人もよく会う。
その点、パークハイアット、というよりはハイアットグループはかなり産地を大事にしているのだなと感じた。そしてその動きは、食のエシカルを守るという文脈において顕著なのだ。
パークハイアットだけではなくハイアットグループ全体が、というのは、実際にそうらしいと訊いたからだ。先日の岩手イベントの際に、なんとこのホテルの要職に僕の友人や後輩が複数就いていることがわかった(笑)のだが、彼らに訊いたのだ。
「そういえばパークって以前、MSC認証をとった水産物のフェアをやってたよね。パークが単独でそういうの企画してるの?」
「そうではなくて、サステナビリティや環境問題などに対する見解はグループ全体で共有して、守ることになっているんです。サステナビリティが担保されているMSC認証製品を積極的に仕入れるのも方針ですね。」
その後、「そうそう、こんどサステナブルなロブスターを使ったコースをニューヨーク・グリルで開催するんですよ。」とい情報を貰って、これは食べに行かないとな、と思ったわけだ。
前菜からメインまでロブスター尽くしの料理が並ぶ。じつはデザートにも、、、(笑)それは後で。
ワインペアリングはすべてアメリカ産。なんてったってアメリカのホテルチェーンですからね(笑)。
ノンアルコールな妻にもいろんな選択肢がありました。
名物だというオリーブ風味のパンとバター。パンも旨そうなんだけど、バターが気になる、、、
バターの下弦部分をよーくみて欲しいのだが、、、
ほっかいどう おこっぺ ばたー と書かれている!
「おこっぺって興部?もしかして、ノースプレインファームのバターかい?」
「さようでございます、よくご存じですね!」
そりゃあそうですよ、おこっぺで美味しいバターって言ったら。と思ったら、サービスの人曰く「オーガニックバターは本当に日本では選択肢が少なくて。ノースプレインファームさんのバターはオーガニックであり、美味しいというのが両立しているんです。」と。
なるほど、とくにそんな説明はしていないけれども、オーガニック素材を優先して使用しているわけだ。でもこれ、さりげないよな。俺だったらこのバターのプリントに「オーガニック」って書いちゃいたくなるよ(笑)
まあ、なんでそうしないかというと、おそらくそう明示するためにはハイアットとしてもオーガニック認証を取得しなければならなくなるからだろう。
ノースプレインファームの、豊かな牧草資源を食べた母牛から搾乳した乳で作ったオーガニックバターをタップリ塗って。まだ料理の皿は来てないのに、なんだかもう最高である。
■ロブスターロール コールラビとバニラオイル、オレンジジェル
前菜のロブスターロール、綺麗だねと思ったら、なんとこの皮、小麦由来や米粉由来ではなく、カブの仲間であるコールラビをうす~くカットしたものである!
コールラビのパリパリ感とアブラナ科特有の香り、ドレッシングで和えたロブスターのほぐし身のうまみがばっちりだ。
「このロブスターがサステナブルなんだよね?」とスタッフに尋ねると、いろいろ説明してくれた。
じつはこのロブスター、持続的に漁獲されたことを保証するMSC認証製品なのだ!ただ、それを輸入し販売している卸がCoC認証を取得していないため、MSCとうたうことはできない。そこで「サステナブルなロブスター」としてコース展開をしているのだそうだ。
と言ってもよくわからない人もいるかもしれない。「これはMSC製品です」とメニューやキャンペーンでうたうためには、先のオーガニックと同じで、中間流通業者も、そしてハイアットとしても認証を取らなければならないのだ。今回はその中間業者が認証を取得していないため、MSC認証のチェーンが途切れてしまったわけだ。残念!
■ロブスターのビスク 人参のピクルスとタラゴンクリーム、ライスパフ
ごらんのとおり、トロトロになるまで煮詰めておらず、サラッとしているようにみえるビスク。
でも、ロブスターのうまみの凝縮感たるやすばらしい!甘い香りのタラゴンのクリームとまぜて口に運ぶと、日本ではなかなか出会えないエキゾチックな風味が口中で現出する。美味しいぜ!
ちなみに使われているロブスターはカナダのクリアウォーター・シーフーズという会社のもの。契約漁師からのみ仕入れ、水揚げから加工、販売まで一貫して行う企業だそうだ。
■ロブスターのバターポーチメダリオン イカスミのリゾットとスパイシートマトアイオリ、ボッタルガ
オマール海老のみをバターとブイヨンでポシェ(ポーチ)したものを、イカスミのリゾットにのせ、アイオリソースとボッタルガをかけたもの、っていうか、ひとつひとつがピン芸人として立つくらいのものを一皿に収めている感じ!
これがこれがこれが最高に美味しい! のけぞった!
イカスミの、どっしりベースの効いた味わいの上に軽やかなロブスターの身肉、トマトの酸味がうれしいアイオリのうまさにボッタルガの塩気と魚卵特有の香りがあいまって、複雑にしてパンチの効いた構成になっている。
日本人だともうすこしシンプルにしてしまいそうだけど、強い味にまた強い味をのせるのも、またいいと思ってしまった!
さあそしてメインがまた、「強い味に強い味」を重ねまくった一品だった!
■黒毛和牛のブリスケットのブレゼとロブスターテール ビーツのローストとパースニップピューレ、シャロット、モルトオランチーズ
なんとロブスターに黒毛である! ありえないでしょ、普通!? でもこれが、なぜか食べているとしっくりくるのである。ひとつには黒毛和牛といってもブリスケつまり肩バラの部位で、バラと言っても煮込んで食べるのに向く部位だ。
ブレゼということなので、おそらく香味野菜などの水分と香りを吸わせつつしっかり蒸し煮している。フォーク先でほぐれる黒毛の肉とプリンプリンとしたオマールの身肉を一緒に食べて、まったく個性が相反しない取り合わせだ!
深紅のビーツの甘みを活かすのはトレンドだが、マッシュポテトではなく、ヨーロッパニンジンともいえるパースニップをピュレにして添えるのがなんとも、日本でない(笑)
いや、それにしても恐れ入った。最初から最後までとっても美味しい!
カリフォルニア産のワインは度数が高めのものが多いからか、すっかり酔っ払ってしまったのだが(妻いわく、しゃべり方が間延びしていたそうだ(笑))、それでも料理の味わいは記憶に残っている!
笑えたのは、デザートにまでロブスターが使われていたこと。
■ストロベリーパルフェ ロブスターメレンゲとゆずシャーベット
ほんとだ、メレンゲ部分だけロブスターの香り! パウダー状にしたロブスターの殻をかけているらしい。まあ、これはご愛敬。
いや、堪能した堪能した。
同じ階のバーコーナーに廻ると、ジャズボーカルのクインテットが生演奏中。軽く一杯いただいてくか、ということになって、ぼくはインカが誇るピスコサワー。
ゴメン、最後の方は単なる料理の感想だけになっちゃった。
でもね、サステナビリティに配慮した食材を使い、コースを設定しているにも関わらず、声高に主張するわけでもなく、ごくごく普通にそれをオンメニューしている。尋ねれば、どのサービス担当さんも「これは、、、」と答えてくれる情報共有の徹底ぶり。
しかもこれ、どうやら総料理長みずからが「あれ、ロブスターのサステナブルなフェアってやってなかったっけ?じゃあやりたい!」と言って急遽実現したフェアなのだそうだ。
日本のホテルチェーンもそろそろ、フットワーク軽くこれくらいできるようになって欲しいと思う。
食のエシカルを守ることは、それを売りにできるということでもある。欧米資本はそれがセールスにつながると思っているから、ごく普通のこととして取り入れている。日本の組織だけが「ビジネスにならない」といって、足踏みしている。
もうそろそろ、「美味しい」だけが一流レストランの価値ではなくなってきていると思うのですよね。社会的責任を意識してこそ一流の意味がある。
そんなふうに、僕にはみえる。ホントにそうなの?と思うなら、ちょっと背伸びすることになるけれども、ニューヨークグリルに行ってみるといい。このロブスターのコースは9日までやっているらしいですよ。