たまごの味は、鶏の品種や餌、そして飼い方によって味わいや特徴が変わってくる、という話をこれまでしてきた。その中でいちばんわかりにくいのが飼い方だろう。
品種や餌によって生じるダイレクトな味わいの変化と違って、通常のケージ飼いか平飼いか、もしくは放し飼いかということによってどのように味が変わるかということはなかなか「これはこう」と断言するのが難しい。
ただ数年前に、懐石小室の小室さんやプリズマの斉藤さんといった料理人たちと臨んだdancyuのたまご特集での20種たまご食べ比べ(!)で、われわれ三人が「このたまごがいい!」と選んだものは、平飼い・放し飼いを基調とする飼養形態で産まれたたまごばかりであった。だから、因果関係は説明はしづらいけど、経験上は平飼い・放し飼いの方が美味しいと思えるたまごが多いよ、ということは言える。
さて、写真のたまご。これはとても貴重なアプローチの元で産まれている。そのアプローチとはケージフリーだ。
ケージというのは、鶏を檻(ケージ)に入れて飼い、たまごを産んでもらうものだ。ケージに入れることで、養鶏所の面積を効率的につかうことができる。
また、日本特有の理由でもあるが、糞とたまごを分けることができる。世界で生たまごを食べる文化があるのは日本だけだが、生で食べるためには衛生管理が重要だ。もっともリスクなのは、鶏が産んだたまごが床の糞などに触れてしまうこと。サルモネラ等のリスクが高くなる。そういうこともあって日本ではむしろケージ飼いが推奨されていて、現状では9割以上がケージでの飼養をされている。
でも、これは欧米のエシカルの文脈では批判される飼い方となってきた。動物の本来的な行動欲求を妨げてはならないというアニマルウェルフェアの考え方では、鶏は地面をつつき、羽ばたき、そして止まり木などにギュッとつかまったりという行為をできる環境が望ましい。そして、ケージはそれに相応しいものではない。
そこでヨーロッパでは、国によって差こそあれ、従来型のケージからの脱却が進んでいる。EU全体の農業法で、すくなくとも従来型のケージよりすこし広いエンリッチ(拡張型)ケージを使用しなければならない、ということが決まった。そのさきにはエンリッチケージさえも脱し、ケージフリーつまり平飼いを推奨するという方向に行こうとしている。ちなみにドイツはすでに9割がケージフリーになっているという。
ちなみにケージフリーにもいくつかあって、外界の環境からは隔絶した、閉鎖形の鶏舎の中で育てるが鶏舎内をケージフリーにするものと、開放系の鶏舎か、または屋外に自由に行き来できる環境で育てる、いわゆるフリーレンジというものがある。
フリーレンジは究極と言えるし、日本では一般的に放し飼いといわれ、多くの人が思い浮かべるのはこれだろう。ただ、たまご生産量全体からみればごくわずかだし、多くが数千羽の中小規模に留まっている。
やはりある程度の経済性を担保するためには鶏舎で買う方が何かと効率的であり、現実的な価格でたまごを消費者に届けようと思うと、鶏舎内でのケージフリーあたりが落としどころとなる。ところが日本で大きな規模(10万羽以上)クラスのケージフリーは存在していなかった。
それが、とうとうできたのである。
すごいでしょ? 手書きです。 っていうのは、このたまごがまだ試験操業中で、通常販売に至っていないから。
生産しているのは宮崎県で200万羽規模の養鶏をするフュージョンという会社のものだ。数年前、養鶏の業界団体のイベント企画の仕事をしていたときに、僕と同年代の社長さんとお会いしていた。
そのフュージョンが、都城市に20万羽クラスのケージフリー施設を建てて、チャレンジしているというのを、先日の宮崎出張の際にきいたのだ。宮崎での仕事は6次化ビジネスに関する講演だったのだが、そこでもちろん僕は「これはからエシカル対応が食の世界で重要になる」という話を中心にした。そうしたら「うちはアニマルウェルフェアに取り組んでいるのです!」と名刺交換をしに来てくれたのがこの会社のTさん。話をしているうちに「あーーー あそこか!」と合点がいったわけだ。
なぜ彼らがケージフリーをやることにしたか。じつは、大手の養鶏業者はほとんどケージフリーにチャレンジしていない。やる動機がないからだ。
東京オリパラに向けて、エシカルな食品の重要性が増しているけれども、たまごに関してはオーガニックやアニマルウェルフェア対応が「必須」とまでは言われていない。しかも、いま建築コストや人件費が急上昇している中で、これまでケージ飼いしていた鶏舎を作り替えるまたは新設するなんて、莫大な投資になってしまう。
しかしフュージョンはふみきった。その理由が素晴らしい。社長さんはこういったというのだ。
「アニマルウェルフェアは日本では難しいと、やれない理由を並べているだけじゃ説得力もなにもない。やってみて、それでダメなら撤退も納得できる。だからまずはやってみよう。」
20万羽の鶏舎の建築コストは、通常の4倍かかったそうだ。そしていま12万羽の鶏をケージフリーで育てているが、ケージ飼いとはまったくノウハウが違う。マニュアルもないので、すべてゼロから仕事を構築している。
さきに、ケージ飼い中心の日本の事情として、たまごと糞を分離できるということを書いた。ケージフリーではどうこれを解決しているのか。なんと、産卵は巣箱でするようにしつけをするというのだ。詳しいことはここでは書かないが、もちろんそのために労力がかかり、人件費も2倍となるという。
まだ市販されていないこのたまご、いくらで出てくることになるのか。そして消費者は、鶏が快適に過ごしてくれる環境で生まれたたまごにいくらの価値をみとめ、買うのだろうか。
その答えはもうすこし先に出てくると思うが、僕は心の底から応援をしたいと思う。
ちなみに、、、このたまごはとても美味しいものであったことを最後に書いておく。オムレツにした際の空気の抱き込み方もつよく、コシのつよさが壊れず、そして嫌な臭みもない。
ちかく、都城に足を運び、このすばらしいトライの模様をしっかり観てきたい。