もうね、ホントに水野仁輔君はカレー界が宝物にするべき天才だと思う。彼と初めて会ったのは2005年に菜園愛好家向けの雑誌「やさい畑」で野菜カレーのページを執筆したときのことだ。その時彼はまたたくまにカレーのレシピを仕上げ、福神漬けまで作ってくれた。
実は僕のこのブログで、過去からずーっとよく読まれているエントリというのがあって、それはこのときに教わった福神漬けの作り方ページだったりする。福神漬けの主役ってなに?それはナタ豆なんだよ、というお話し。
■誰もが口にしているけれど、聞かれると「知らない」と答えちゃう食材 それは「なた豆」だ! 福神漬けを作ってみよう!
https://www.yamaken.org/mt/kuidaore/archives/2005/09/761.html
以来、ごくたまにというペースではあるけど、カレーをご一緒したり話をしたりしてきた。昨年彼がインドに行く前に六本木でカレーを食べたときにもいろいろ話を聞いたのだが、その彼がとうとう会社を辞めて、カレーで食べて行く事に決めたという。それならば雑誌「専門料理」で僕がやっている連載の対談相手になってよ!ということでインタビューしたのが2月号に掲載されている。
柴田書店 2017-01-19
売り上げランキング :
Amazonで詳しく見る by G-Tools
面白い内容なのでぜひ読んでいただきたい。特集は手打ちパスタなので、一号でカレーと麺の両方読めて二度お得です(笑)
なので、カレーについてのあれこれは「専門料理」を読んでいただくとして、彼がとうとう独立して始めたAIR SPICEについて書こう。AIR SPICEとは、サービスに申し込むと毎月オリジナルのカレースパイスと、レシピブックが送られてくると言うものだ。
このようなスパイスブックが12ヶ月、毎月違うレシピで重複することなく届く。最初から12ヶ月間はちょっと、と言う人には3ヶ月、6ヶ月コースもある。配送料と税も込みで月に1000円弱である。僕はそれを識ってすぐさま6ヶ月コースに申し込んだ。
このサービスが、、、とても佳いのだ!
0~7までのスパイスブック。これは専門料理の記事のための取材の際に、なんと「じゃあうちに来てくれれば、カレーも作りますよ!」というありがたい申し出だったので、水野家にお邪魔したときのものだ。
レシピブックは安価な郵便で届くコンパクトなスタイル。素敵なパッケージを開くと、パウダースパイスとホールスパイスが入った袋が二つ。そして詳細なレシピと、水野君のそのカレーにまつわるエッセイが入っている。
そう書くと、「なんだそれだけ!?」と思う人もいるかもしれない。特にカレーマニアで、自宅に十種類程度のスパイスを常備しているよという人なんかはそう思いがちだ。でもね、これが初心者でも中級者でも、もしかすると上級者でも楽しめるサービスになっているのですよ。
ぼくもたいがいなカレー好きなので、自宅に常にパウダーのクミン、コリアンダー、ターメリック、カイエンヌペッパー、ガラムマサラを常備している。これに加えてホールのクミンとカルダモンを用意しているので、まあたいがいカレーを作るぞという時にはこれで間に合うようになっている。
でもね、そうした基本的なスパイスをもっていると、いつも同じ味でループしてしまいがちだ。このレシピだとカスリメティやカレーリーフも使いたいなあと思っても、たまにしか使わないから、300gも必要ないしなぁ、ということでスルーして、ついついいつもの配合で作っちゃうってこと、ありません?
しかもですね。スパイスって揮発性なんですよ。置いとくと香りはどんどん消えちゃう。意気込んでアメ横の大津屋商店でスパイス10種買ったはいいけど、1年経っても使い切れずにしまっちゃってるってこと、ありません? それ、ほとんど香り飛んじゃってますよね。
その点、エアスパイスは毎月、フレッシュで保管状態に信頼おけるスパイスをオリジナル配合して送ってくれるというのが素晴らしいのですよ。
たとえば今月きたのはアサリカレーのスパイスミックス。
今回フィーチャーされているのはなんとセロリシード! スパイス分かる人なら写真のなかに、フェンネルシードがあるのがわかるだろう。それによく似た形状(おなじセリ科植物だからね)の、茶色くて小さいやつがセロリシードだ(だよね、水野君?)。まあ、これを常備してる人って少ないと思う。
で、本当に惜しみないなあ、と思うのは、レシピブックにはちゃんと、ひとつひとつのスパイスをどれくらいの分量で混ぜたというのが載っている。つまり、自分でスパイスを買って再現することが可能ということだ。水野君のレシピよりもすこし香りを立たせたいから、セロリシードを多めにとかそういうことも可能になる。
つまりカレーの初心者・中級者が「このスパイスがはいるとこういう香りのカレーになるのか!」と気づくことができる商品になっているのだ。
しかもですね、毎月違うカレーのミックスが送られてくるのがいい。というのも、カレー好きでもついつい「いつものスパイス、いつもの具」になっちゃいがちだから。「カリフラワーとポテトのカレー」とかわざわざ作る気にならないでしょ?けど、作ってみたらすんげーうまい!ってことになって発見があるわけですよ。それが、中級者にも勧められる理由だ。
ちなみに調理はムチャクチャ簡単。スパイスカレーはほぼみんな同じような手順だからね。それでは水野仁輔氏に、基本のチキンカレーを作ってもらいましょう。
Air Spiceのキットはホールスパイス中心の「はじめのスパイス」と、パウダーミックスの「中心のスパイス」に分かれている。まずは「はじめのスパイス」を油で加熱して、香りを引き出す。
これね、ついついやらなくなるんですよ。「スタータースパイスぜんぶ買うの大変だからクミンだけでいいや」ってなりがち。
その間に玉葱をザクザクと刻んで、鍋に投入。
鍋はかなり強火だ。このタマネギ炒めが重要だということは多くのカレー好きが信奉していることだが、どの状態でどれくらい炒めたらいいのかについては諸説ある。水野君は著書のなかでそれをつきつめて研究している。
「今日は茶色のカレーに仕上げるので、とにかく強火で炒めていきます。焦げ付きそうになったら、水を少しジャッと加えるんですが、そこで混ぜる必要はない。炒まってる部分を水で剥がすイメージで、加熱し続けると短時間で茶色に炒め上がります。」
と、それをくり返しているうちに、ほんとうに茶色になっていく!
ニンニクとショウガをすり下ろして投入。
この日はチキンカレーなので、手羽中に包丁を入れて塩胡椒をしておく。
「時間があったら鶏肉もリソレ(フライパンで焼くことね)しておくと、美味しさは増しますね。生で加えた方がカレーの味がしみこむっていう人もいるけど、リソレして表面に焼き目がついたって、味はちゃんとしみこみますから。最終的な味をどうしたいかということだけの問題だと思います」
おお、なるほど!そうだよね、肉の表面を焼くことを「うま味が逃げ出さないように壁を作る」と言う人が居るけど、これはもう完全に否定されていて、焼いたって壁はできず、肉の内容物は外に出るし、逆に煮汁は肉の内部に浸透する。ようは表面を焼くことでできるうま味や香りの生成物を料理に活かすか否かと言うことだけなのだ。
「ここでトマトピューレを投入します」
あれ、ホールトマトではないの? と思うでしょ。これも水野君の合理的な発想で、トマトはホールで入れるのが正義ということではなくて、どうせ煮詰めるのであれば、最初から煮詰まったピューレをいれたほうがスパイスの香りも飛ばないし、という判断だと思う。逆にトマトのフレッシュ感を出したければ、ホールトマト缶や生トマトでもいいのだろう。要するにそういうできあがりのイメージがあって、それに合わせるために食材と手順を選ぶというのが彼の「システムカレー学」という考え方なのだ。
「あのですね、同じ素材を使っても、プロセスを変えるとまったく色も味も違うカレーができるんですよ。そのテーマで作ったカレーを冷凍してあるんですけど、こんな感じです。」
えええーーーー これらが同じ素材でできてるなんて!と思うだろうが、そうなのだ。システムカレー学という考え方はかれの「カレーの教科書」という名著にこまかく解説されている。
この伝説的な書、「カレーの教科書」はマストバイ! カレーの仕上がりをイメージして、それを実現するという思想に基づき、タマネギはどれくらいの大きさでどのように炒めたらいいのか、スパイスはどのような選択をすればいいのかということがシステマティックに整理されているのだ。
いますでに50冊以上出ている水野君のカレー本のどれを選ぶかと言ったら、まずこの一冊を読むといい。それくらいの名著だ。
水野 仁輔
NHK出版 2013-05-16
売り上げランキング : 27336
Amazonで詳しく見るby G-Tools
長くなったので後編に続く!