田野町は干し大根日本一を誇る地だ。この「干し大根」というのは、通常の都市部ではまったく流通していないので、いったいなんのことやらと思う人も多い。
前のエントリにも書いたとおり、たくあん漬け用の大根品種は青首系とはまったく違う性質をもった理想系品種である。これを天日と風で干すわけだが、田野町のように大きなやぐらで干すのは鹿児島の一部と宮崎県内の数カ所、そしてやぐらの形状が違うが愛知県の渥美半島だ。もちろんその他の産地でもさまざまな方法で大根を干しているわけだが、その干し方を廻って確認するだけでも面白そうである。いつかやってみたいが、そんな紀行記事を載せたいメディア、ないでしょうかね。
さて、干し上がった大根はすみやかに漬物製造業者に引き取られる。干し大根は水分を飛ばしているわけだから意外と保つものだろうと思うかもしれないが、そんなことはない。条件によっては2日もすればかびてきてしまうとのことで、干し上がったらすぐに塩漬けにしなければならないという。
従って、塩蔵処理をする施設は可能な限り大根畑のある地域に隣接していることが望ましい。ということで、田野町には干し大根を受け入れる漬物業者さんが多々いるのである。ちょうど撮影の中日に雨が降ったこともあり、漬物工場を視察させていただくこととなった。
まずは、JA宮崎中央が経営する食品加工場へ。
「まず、今年の新漬けがありますのでぜひご賞味下さい」と出していただいた。
これは干していない生大根を、塩と糠ではなく糖分で脱水して漬けた、いわゆる糖しぼり漬けだ。
糖しぼりの大根漬物は、減塩志向で塩分を嫌う風潮になってから各社が採用することになった技法だ。干し大根ではないのでフレッシュな浅漬けっぽい感覚もあり、シャキット甘やかで瑞々しい。売れているのもわかる味わいだ。
「でもやっぱり、田野の干し大根を原料にしたたくあん漬けは美味しいですよ。正直言って、塩や糖で押した(漬けた)大根漬けは、干し大根漬けの風味は出せません!」
と担当の道永さんがいうように、干し大根のたくあん漬けの方はボリボリした食感の心地よさがあり、また凝縮された干し大根特有の風味が濃い。おそらくこうした「本漬け」商品をたべつけない子供は「臭い!」というのかもしれないが、本漬けを食べてきた大人の味覚からすると、この匂いこそがたくあん漬けの美味しさに感じるのだ。
宮崎県内で生産される干し大根が7000トン。そのうち田野町だけで4000トンを生産している。そのうち1000トンをこのJA宮崎中央が仕入て漬物に加工している。さぞ宮崎県内での販売が多いのだろうと思ったら、宮崎県内での取引は1割程度に過ぎず、あとは全国なのだそうだ。
「うちの漬け物は、青果市場経由で八百屋さん、スーパー等にも勿論並びますが、業務用がけっこう多いです。たとえば北陸に本拠があって全国に展開している人気焼鳥チェーンの「秋●」さんでおにぎりを頼むとついてくるたくあんはうちの特別スペックのものです。なんでも社長さんが全国のたくあんを取り寄せて食べ比べた中で「これだ!」となったのがうちのものなんだそうです。私も出張先で素知らぬ顔でオーダーして食べたんですが、腑に落ちました。そこの焼きおにぎりの味にバッチリはまる味なんですよ!」
と熱く語る道永さん、本当に食べるの好きそうで天職という感じだった。
白衣に着替えて帽子をかぶり、マスクをして工場内に入ると、ちょうど農家さんのトラックが着き、大根の受け入れをしているところだった。
もうね、早いのなんの!トラックが着くやいなや男衆がよってたかってコンテナを運び、ベルトコンベアに空けていく。
あっというまに積み替えは終わり、おそらく規格毎になっているのであろう槽に大根が山積みになる。観てはいなかったがおそらく管理者さんがいろいろ台帳に書入れしていたので、受け入れの際に大根の質を視認してグレードを格付けし、重量もチェックしているものと思われる。シンクタンク出身としてはどういう管理をしているのかとても気になります(笑)
それを間髪いれず、塩漬けにしていく。ここからのパートはやはりというかなんというか、女性陣の仕事となっている。
干し大根を塩蔵用の漬け込み槽に入れていくわけだが、この仕事がまたものすごいスピードで行われている。
ここで最も大事なのは、可能な限り隙間を作らないようにギュッギュッと大根を並べ詰めていくことなのだそうだ。
丁寧に、でもとてつもないスピードで大根を敷き詰めながら、塩を振る。
そして、踏み込む!
こうして塩蔵用大根が敷き終わるのである。美しい!
これに300kg以上の重しをのっけて漬け込んでいく。下はコンクリの漬け込み槽だが、同じように重しを掛けていた後だ。
ところでこの「重し」については僕もよく理解できていないことがある。というのは、塩蔵の目的が脱水と保存であるなら、塩分さえシッカリ効いていれば、特に重しを掛けなくても大丈夫なはずじゃないの?
「重しをしておかないとですね、品質が下がります。ようは、空間が空いている部分に変色が出たりするんです。だからああやって隙間が無いように敷き詰めて重さを掛けるんですよ。」
ふうん、そうなんだ、、、この点、もう少し深掘りしてみたい。
「あ、こっちで漬け込みの終わった大根をあげるみたいです」
と、加工設備の手前で、漬け込み槽からネットごと天井のクレーンで引き上げる!
なんとこれ、1.5トンの大根の塊!これに敷かれたら死んじゃうよ~
これは、いちど塩蔵の塩を抜いて、調味用の液に漬けた後のもの。これから最終的な成形・カットなどをして商品化される。
HACCP対応をシッカリしなければならないため、製品化ラインに僕らは立ち入り出来ない。近年では本当にこのへんの加工に対するレギュレーションが厳しくなっているが、ここではちゃんと管理されている。
こうして干し大根が漬物になっているのである!
「仕事柄、全国の漬け物をいただきますけど、干し大根の美味しさでいくと田野町は文句なしにナンバーワンだと思います。香りと食感、うま味は他の産地では出せない。だから、バイヤーさんからもご指定でオーダーをいただけるんだと思います」
じつはここ、多くのスーパーのOEMを引き受けているので、皆さんの口に入っている率は高いと思うのだが、それについてはどことどこと書くことはできないのが残念!業務用のたくあん漬けの原料は、安いものは中国産がほとんどだ。とくに中国産が悪いというつもりも無いが、やはり宮崎の干し大根原料のほうが「旨い」はずだ。
店頭でもし宮崎県産干し大根が原料に使われている漬け物があったら、ぜひ食べてみて欲しい!