久しぶりに、ブログ記事のトップカテゴリに一つテーマを追加した。それが「グラスフェッドビーフ」だ。
僕は2007年に短角和牛を「所有」し、毎年子牛が産まれてくる環境で、その子牛を肥育農家さんに預け、餌の中身によって味がどう変わるのかを考察してきた。高知県の希少品種である土佐あかうし(褐毛和種高知系)との関わりもはじまり、あかうしの餌に関しても様々な実験をしてきた。そして3年前から熊本県で、くまもとあか牛とよばれる褐毛和種熊本系とのつながりが深くなり、これも餌によってどう変わるのかをみてきた。
牛の肉をめぐる僕の活動の中で、今後の方向性は少しずつ変わっていくかもしれない。ひとつ確実にいえるのは、これから日本におけるグラスフェッドビーフをきちんと考えていかなければならない時代がやってくるということだ。
というのも、日本では商業ベースで完全なるグラスフェッドビーフを出荷している農家さんは非常に少ない。おそらく0.1%もいないだろう。それは日本の畜産が米国をはじめとする諸外国からの輸入穀物に依存する方向にデザインされてきたからだ。そして、穀物で飼育した肉こそが美味しい肉であるという長年の刷り込みにより、穀物肥育の肉の味に慣れてしまったからだ。
A5が最上級となる価値観の中で、グラスフェッドは遠回りになるので、生産者もやりたがらない。牛は元来、草食動物ではあるけれども、勤勉なる日本人はとうとう、牛には栄養ありすぎな穀物を与えつつ、少量の草を食べさせることで、牛が死なないで太ってくれるバランスを見つけてしまったのだ。
それに、牛を大きく育て上げるだけの草資源はなかなか今の日本では採取しにくい。だから、草だけで育てた牛の肉というのは、この日本では貴重なのである。
よく「この黒毛和牛は希少な、、、」という売り文句を観ることがあるけれども、笑っちゃう話だ。例えばある生産農家が月に10頭しか出荷しないので、希少な肉だといっているのを見かけるが、希少でもなんでもないじゃん。そんなこと言ったら、草しか食べてない牛のほうが断然、希少だよ。黒毛和牛は一年に何十万頭も生産されているけれども、完全に草だけで育てられて出荷されている牛の肉なんて、日本全国でも1000頭以下のはず(出荷ベースでいけばもっと少ないか!)なんだから。
けど、状況は少しずつ変わってきていると思う。
僕は2007年に牛を所有することになってから、「赤身・熟成・経産」という三つのテーマが受け入れられる世界を作りたい、と声高に話し続けた。そしてシェフ相手のイベントを開催し続けてきたことはこのブログで報告してきている通りだ。
そして、「赤身」と「熟成」というテーマに関しては、ここ数年で爆発的な広がりを見せている。僕が広めたと言うつもりはないが、広める側のせまい範囲で、ある程度の役割は担えたかなと思っている。
もうひとつの「経産」に関しては、経産牛のほうが処女牛・去勢牛よりずっと美味しいということをもっと広めたいというものだ。日本では20~30ヶ月齢くらいの肉牛がよいとされている。アメリカではもっと短い(それを実現するために成長ホルモン剤を投与する)。しかしヨーロッパではそんな若齢牛は美味しいとされず、数回の出産を経た「経産牛」こそ美味しいという文化が横たわっている。
そして僕もそう思う。正直言って、美味しい経産牛の前では、「30ヶ月齢のメス牛の最高のやつ」といわれても、単に柔らかくてサシが乗ってるねくらいにしか思えない。経産牛のほうが香りやコク、深みのある味わいを持っているのだ。
しかしここ最近の肉牛の頭数減少によって、経産牛も高値で取引されるようになった。いままでは挽き肉用として安く買われていたのを、すこし肥育をして太らせて出荷するという流れになりつつある。これは農家にとってはまあよいことである。ほんとうはそんなケガの功名的な出し方ではなくて「経産こそが美味しい」ということでPRしたいところだけれども。
ということで「赤身・熟成・経産」はだいたい稔った。次はグラスフェッドビーフの探求だ。
さて、正月に親戚が集まる席で、ここ数年ぼくは肉を持ち込んで焼いて食べてもらっている。今年は写真左側の、ふつうの黒毛和牛のトウガラシと、右側のF1の粗飼料放牧のサーロインを吊し熟成したものを持っていった。
右側の吊るし熟成にした肉はこの記事で書いたものだ。
■今年の年越し肉になる可能性の高い、完全グラスフェッド放牧、しかもBD農法の牧草しか食べていない牛のロースとカイノミ到着。つるし熟成していただくこととします。
https://www.yamaken.org/mt/kuidaore/archives/2015/12/bd.html
個体識別番号で牛の月齢を調べたら約19ヶ月と短かったため、肉の繊維がみっちりしてあまりうま味も醸成されていないのではないかと危惧していた。兵庫で放牧畜産に取り組む田中一馬君からもそれを心配するコメントが付いた。
なので、浦安のマルヨシ商事平井君に頼んで、吊るし熟成をしてもらった。吊るし熟成とはドライエージングのように積極的に微生物を活用する熟成方式ではなく、単に気流のあまりない冷蔵庫内で「吊しておく」というものだ。
もともとあまり大きくなかった肩ロースのブロックが、周りを少し削ったためまた一回り小さくなる。でも、このサーロインの肉が実にじつに美味しかった!
■これが年越し肉。北海道のソフィアファーム・コミュニティーで放牧された18ヶ月齢の牛のお肉。2016年の牛肉シーンを予見すると、グラスフェッド(牧草肥育)の美味しさが見直される年になるはずだ。
https://www.yamaken.org/mt/kuidaore/archives/2016/01/182016.html
この肉を、どちらかというと保守的な味覚をもつ親族一同に食べてもらったのだが、みな美味しい美味しいといって食べてくれた。
しかも、キャッチーなサシの入った黒毛のトウガラシよりも、こちらのグラスフェッドのほうが高評価だったのだ。
保守的な味覚というのは、それこそうちの叔父が顕著で、初めて食べる味を好まないのだ。その叔父が美味しい美味しいと肉を食べていた。もちろん僕も美味しいと思っていただいた。
ということで、今年はグラスフェッドの真実を追究していこうと思う。次回、赤肉サミットをやるならば、テーマはグラスだな。楽しみになってきたゾ。