僕が農と食の道にわけいるきっかけとなったのは、自由の森学園高校の学食で出会った一枚のキャベツの葉の美味しさだった。まだ学力重視、競争重視の教育が主流だった30年前、生徒に食べさせる食事はなるべく天然のものを使い、素材はすべて顔の見える関係を結んだ産地から契約取引をするという主義で食堂を運営しつづけている学校だ。
その自由の森学園の食堂の設立から参画し、ずっと支えてきた中心人物である泥谷政秋さんが亡くなった。
1週間ほど前、泥谷さん名義のはがきが届き、読んでみたら「3月末をもって退職しました」という挨拶のはがきだった。でもおかしいな、3月末のことなのに、いま?と思いつつ、もしかしたらとも思っていた。実は政秋さんの遺志で、葬式もなにもかも身内だけでひっそりと執り行ったらしい。学校関係者にも知らされていなかったので、みな呆然としているそうだ。
縁の下の力持ちを地で行った彼らしいな。スタイルを貫いたんだな、と思った。
電話口の千代子さんから「あのね、やまけんが撮ってくれた彼の写真、送ってもらえないかしら」といわれたので、もちろんだということでハードディスクの中身を探索し、現像した。そうして写真をみていて、あらためてこの自由の森学園の食堂の素晴らしさに思いを馳せた。
緑多い埼玉県飯能市の山中にひょっこり顔を出す学園。
野菜の多くはJAS有機の認証マーク入り。当然のように有機農産物や有機食品がふんだんに使われている。
お米は、創立時から契約栽培米を熊本から籾つきで取り寄せ、精米している。
胚芽米と白米を搗いて、玄米もすこし出す。
出汁の素材は全て昆布やカツオなどの天然素材だ。
それはもちろん「美味しいから」である。
驚いたことにこの学校ではパンも自分達で焼く。それも天然酵母でおこしたパンだ。
サンドイッチやコールスローに使うマヨネーズも手造り。
もちろん野菜だけではなく、畜肉や卵といった畜産物もすべてに気をつかっている。
自森のトンカツ定食は、学食の域を超えているのだ。
鶏肉の仕入も、抗生物質の投薬量などに気をつかった仕入れ先を選んでいる。
唐揚げを揚げる油は溶剤抽出ではなく、圧搾絞りの油を惜しげなく使っている。
だから唐揚げ定食にはいつも長蛇の列ができる。
これがなんだかおわかりだろうか。
なんとうどんは自家製麺なのである。
カレーを作るときも、市販の業務用ルーを使うことはない。
職員がスリランカに研修に行って、教わった調合で本格的なカレーを作る。
だから、自森の卒業生はみな卒業後、食堂のカレーに思いを馳せるのだ。
カレーの付け合わせに載っているピクルスだって、自前だ。
漬物類はかなりの割合で、自分達で漬けているのを年間につかっている。
配食計画はめんみつに、そして生徒たちのことを考えながら作っている。
昼の時間とともに、食堂は戦場のようになる。
この子達の多くが、社会に出てから「なんか自森の食堂ってすごかったな」と思うことになる。
こんな学食を、支えていたのが政秋さんだ。とくに仕入に関しては彼しかわからないことも多々あるという。仕入担当は生産者・メーカー・流通業者からすれば取引先の顔だ。長いこと、彼は自由の森の顔だったのだ。
このメンバーの仲には、創立以来のスタッフもいる。けれども政秋さん、ちょっと早いよ。学食の仕事を頑張ってくれて、これから少しくらいは楽をしてもらいたかったのにね。
泥谷政秋さん、これまで本当にありがとうございました。あなたがいてくれた食堂のおかげで、いまの僕があります。少しでも、この世界の食をより佳くすることに貢献することで、あなたへの恩返しをしたいと思います。
安らかにお眠り下さい。