僕が愛してやまなかった店がまた一軒、その歴史に幕を下ろす。
「吟寿司 金ちゃんの店」のことをこのブログに書いた一番はじめのはなんと2004年の1月のことだった。
■豊饒の大地・北海道帯広編その3 仰天の牛トロ寿司は帯広にあり
https://www.yamaken.org/mt/kuidaore/archives/2004/01/3_2.html
その後も帯広に行くとほぼ必ず僕はこの店に来た。帯広で僕が再訪する店といえば、満寿屋パンの白スパサンドに帯広インデアンのカレー、そしてこの吟寿司の牛トロ寿司なのである。
牛トロ寿司というのはこの店の名物であり、吟寿司が他の店と一線を画している源泉である。牛トロというと多くの人が「黒毛和牛の霜降り肉のことだろう」と思うだろうが、さにあらず。地元の十勝スロウフードという小さな、しかし真面目な食品メーカーが作っている「牛トロフレーク」という製品を使った、おそらく日本で一番の料理イノベーション(大げさですが)がこの吟寿司の牛トロ寿司なのである。
■十勝スロウフード
http://www.gyutoro.com/
僕はあまりに牛トロ寿司が好きになって、この十勝スロウフードの工場見学までさせていただいたことがある(笑)。この牛トロフレーク、どんな牛でもいいわけじゃない。ここが採用している牛の肉がまず素晴らしいのである。それを独自の製法で凍結させ絶妙なサイズに粉砕することで、美味しいフレークになる。これをご飯にかけてタレをかけていただくというのが、この牛トロフレークのスタンダードな食べかた。関東でもこの製品を採用して牛トロ丼を出している店がかなりある。
しかし、この製品に目をつけて「もっと美味しくなるはずだ」と研鑽を重ねた人がいる。
それが、金ちゃんこと石井浩氏なのである! そういやなんで石井浩なのに金ちゃんなんだろう、それ、今まできいてなかったわ(笑)
46年の歴史の中で吟ずしの名物といえば穴子。あの演歌歌手の大物・山本譲二さんがあまりに美味しくて十貫以上食べたというエピソードが残っている(実話です)。それとシャコ。十勝沖の大きなオスのシャコを客の目の前でバリバリとはさみでさばいたのを握ったその旨さたるや、エビなんていらねーやと思わせるほどだった。
そんな風に、普通の寿司を食べても旨いのだけれども、業務用に牛トロフレークを板状に固めた製品を前に、これでなにか名物をと考え、商品開発が始まった。
牛トロを単に握って醤油で食べるだけではどうも美味しいと思えない。牛トロフレークをどんな形状に切ってシャリにのせるか、そして味付けをどうするかという試行錯誤を半年以上続けたという。その間、お客にはお金を取らずに「どうかな、味の感想教えて」と出し続ける。ダメ出しをくらいながら金ちゃんが開発したのが、特製ミソなのである。
食べたことがある人ならわかると思うが、牛トロ寿司の牛トロの下に、チョイとワサビのように塗られた味噌がある。
「はい、牛トロ寿司ね、最初から味がついてるから、このまま食べてね」と必ず金ちゃんが声を掛けるのだが、実にこの牛トロの下に塗られた味噌が味のミソ、牛トロ寿司を牛トロ寿司たらしめている味なのである。どうもカニミソのような、甲殻類系のうま味と香りを感じるのだが、定かではない。これは秘伝中の秘伝なのである。
長い開発期間を経て世に出た牛トロ寿司は評判を呼び、吟寿司の名物と化していく。これはあくまで僕の評価に過ぎないが、牛トロフレークを全国で一番美味しく食べさせる料理、それは間違いなくこの吟寿司の牛トロ寿司であると断言する。
その吟寿司が、2014年9月30日をもって閉店する。69歳となった金ちゃんの体力と気力が持たないのである。また、その親父をずっと支え続けてきた孝行息子である謙至ちゃんに、好きな道を歩ませたいという親心もある。
「あのね、店を一緒にやってたおれの母ちゃんがさ、病気で倒れちゃったわけ。そしたら大学に通ってたケンちゃんがね、学校辞めて手伝いに入ってくれたんだ。本人は料理に関心があるわけじゃないんだけどね。42まで続けてくれてきたけど、この後は自分の好きなことを見つけて、やって欲しいと思うんだ。」
と金ちゃんがしんみり言う。僕が初めて来たとき、すでにケンちゃんは店に入っていた。僕と同年代であり、名前の「謙」の字が一緒なので勝手に親しみを覚えていた。金ちゃん以上に軽妙なジョークを飛ばし、お客を和ませる名人。そのケンちゃんの親孝行ぶりを思うと、ほんとにグッと来てしまった。そういえばこの二人が声を荒げるのをみたことがない。金ちゃんは「ケンちゃん、これお願い」と呼ぶし、ケンちゃんは「親方」と口調を崩さないのだ。
ちなみに僕はこの店で牛トロ寿司と穴子とサバ、シャコ以外のネタを食べたことが極端に少ない(笑) そこで最後くらいはと、お任せコースをお願いした。
ちなみに金ちゃんの握りの最大の特徴は、、、
目にもとまらぬ速さなのである!
ホントに早い!右手の肘の角度がほぼ直角になる独特のフォームで握るさまはまさにスピードキングという感じだった。
「いやいやもうだめだよぉ、全然握れなくなっちゃった!」というが、そのスピードは健在。
残念なことにシャコの入荷が少なく(いや、客が最後と識って詰めかけているからだ)、雄のシャコがなかった。くぅ~、食べたかった!
さあ、そして最終章の牛トロ寿司である。
これが正調・牛トロ寿司。板状の牛トロをシャリにのせたスタンダードバージョンである。これを口に含むと、ひんやりした牛トロフレークが口内の温度で溶けながら、舌がミソに到達する。こうばしい香りと塩気、うま味を感じる頃には牛トロの脂が、ナニゴトも無かったかのように溶けて消えゆく。その際に牛肉本来の香りがさっと鼻に抜けていく。
初めて食べた人がかならずビックリする、あまりに美しい牛トロ寿司の旋律なのである。
そして次に来るのが、牛トロの板を細切りにしたものを軍艦に乗せたもの。
マッチ棒状に切った牛トロを厚めに盛ることで、舌に立体的に牛トロの脂と食感が感じられる。軍艦にすることで海苔の香ばしさが脂をうまく中和する。これもまた非常に旨いコンビネーションである。
そして三態目が牛トロ巻き。
これには長ネギを刻んだものが仕込まれていて、マグロのネギトロのような、しかしそれを遙かに上回る美味しさ。僕は実はこれが大好き。
さあそしてこの後、超大物が待っている!それは、、、
贅沢に、牛トロにホタテにマグロにカニにイカにウニにトビッコ、などなどを巻き込んだ「金ちゃん巻き」である!
これを食べたら、もう後戻りはできない。史上最高クラスの巻き寿司である。あー、よだれが出てきた、、、
一気呵成に食べた。そして、心の中で泣いた。
「やまけんちゃんがブログに書いてくれてお客さんたくさん来てくれたんだよ~。台湾とか香港からも来ちゃったしさ!ホントに、ほんとにありがとね!」
この二人の名コンビをみられなくなるのは本当に寂しい限りだが、まずは心身ともにゆっくり休んでいただきたいと思う。
一点、すごく気になることが。というのは、握っている最中、金ちゃんがやたらというのだ。
「店がなくなるのはしょうがないんだけどね、このミソがね、、、なくなるのはもったいなくてネ。なんとかしようがあるかなぁって思うだけど、、、」
ん? んんんんんんんんんんん?
それって金ちゃん、誰かに教えてもいいってコト?
「うーんそれはちょっと難しいかもしれないけどね、うーん」
もしかすると金ちゃん、この特製ミソを商品化してもいい、と考えているのだろうか?
うわーーーーーーーーーーーーーん、やって欲しい!
そんで、牛トロフレークと一緒に販売して欲しいぜ! でも、この辺はとってもデリケートなことだから、ホントに本気でやりたいと思うのでなければ、辞めといた方がいいと思う。金ちゃん、マジでやりたいということであれば、僕は全力で応援しますよ。でも、色んな人が色んな思惑で声を掛けてくると思うから、ホントに気をつけて。
「忍ぶ恋路と金ちゃんの寿司は通い出すほど味を増す」
この名物の絵を見ることももうなくなる。「吟寿司 金ちゃんの店」いままで本当にお疲れ様でした。
明日9月30日、昼のオープンからずーっとお客さんが絶えないことだろう。でもきっと遅く行くと、ネタが終わっちゃうだろうと思うよ。ぜひ日中に行くことをお薦めします。
金ちゃん、ケンちゃん、そして女将さん。本当にお疲れ様でした。大好きな牛トロ寿司の味は、食い倒れ日記史上に残る名料理です。僕は一生その味を忘れません。