■ウォール・ストリート・ジャーナル日本版 2013年 4月 08日
赤身肉のカルニチン、実は健康に悪い―心臓疾患リスクに
http://jp.wsj.com/article/SB10001424127887323366004578409601491494018.html
この記事を読んだ人、けっこういると思う。そしてこの文中で「赤身肉」とされている内容と、冒頭のこの真っ赤な牛肉の写真を脳内で結びつけると、いわゆる「サシの入っていない牛の赤身肉は健康に悪いんだ」と考えてしまう人、多いんじゃないだろうか。
でも、これはちょっと問題のある書き方である。実はこの記事を読んで僕は大いに違和感を感じた。それは、愛媛大学の准教授であるのざけんこと野崎賢也と、昨年の段階でこの問題について論じたアメリカのいくつかの研究についてやりとりをしていたからだ。
大事なのは原文で「Red Meat」と書かれた部分の訳し方だ。普通の日本人ならおそらく「肉の赤い部分、つまり赤身肉のことでしょ」と考えるだろう。しかしこれが違うのだという。
野崎からの指摘を一部編集しつつ(数回のメールのやりとりなんで)引用する。
------------------------------引用始まり------------------------------
この記事のテーマは、昨年俺とやまけんの間でも話題にした「red meat」を「赤身肉」と誤訳した内容だと思う。日本語記事の文脈だとサシ信仰復活につながることになるから要注意ね。しかしWSJがこんな初歩的誤訳するとは、、、
まず「red meat」の日本語での適切な訳語はないと思うよ。
元論文を確認した。
http://www.nature.com/nm/journal/vaop/ncurrent/full/nm.3145.html「red meat」の定義・説明があるのはP3の以下の文章。
「Also shown for comparison are data from a single representative omnivore with self-reported frequent (near daily) dietary consumption of red meat (beef, venison, lamb, mutton, duck or pork).」「red meat」とは、「牛、鹿、羊、鴨、豚」の肉のことを指している。
これは日本語でいう「赤身肉」=「霜降り(サシ)ではない部分の肉」とは違う。
「red meat」を「赤身肉」とするのは誤訳で、きちんと説明しないと「赤身肉より霜降り(サシ)の方が健康によい」という誤解を引き起こしかねない。「red meat」には、カルニチンが多く含まれており、それが動脈硬化を促進させる、というのが論文の結論。
これはWSJの翻訳でだいたい合ってる。昨年に出たハーバードの疫学研究などで「red meat」のリスクが示されており、それは飽和脂肪酸やコレステロールが原因と考えられていた。
野崎
------------------------------引用終わり------------------------------
ということである。つまり牛の赤身中心の肉だけではなく、サシの入った黒毛和牛の赤身も、豚も羊も鹿も鴨も等しく対象となっているということだ。
そもそもこのWSJ日本版の記事、冒頭からしておかしい。
医師たちは長年、赤身の肉に含まれる飽和脂肪とコレステロールが心疾患リスクを上昇させると考えてきた。
とあるけど、日本で通常使われている表現としての「赤身の肉」とは「脂身を含まない部分」と解釈するのが普通だ。だから「赤身の肉に含まれる飽和脂肪」というのがよくわからない。赤身部分は筋繊維であり、タンパク質の塊ですぞ。飽和脂肪は白く固まる脂肪なので、赤身の中にそれが混じっていたら、それはつまり赤身の肉ではありませんな。
これをこう読み替えるとしっくりくる。
「RedMeatと分類される牛、鹿、羊、鴨、豚の肉に含まれる飽和脂肪と、、、」
どうでしょうかね?
まあ、この元記事で話題になっているカルニチンを含むのは脂肪ではなく赤身部分だから、相対的に赤身中心の肉のほうがカルニチン摂取量は多くなるとは思う。でも、この記事を読んで、反射的に「赤身中心の牛肉は食べない方がいいじゃん」と誤読する人がいるかもしれない。それはまったく筋の違う話である。
とりあえず「赤身肉」と訳された部分を誤読しないようにしながら、この記事の後半部も含め全部読んで、ついでにこの過去ログ↓も読んで見て欲しい。
■ハーバードの研究で、肉の摂取により死亡リスクが高まる旨の論文発表が話題を呼んでいるようだ。ただしここでいうRed Meatを「赤身肉」と訳すとちょっと間違いらしい。一番問題になっているのは加工肉なのだ。
https://www.yamaken.org/mt/kuidaore/archives/2012/04/red_meet.html
あともう一つ大事なこと!米国の一人あたり牛肉消費量は年間25kg程度(USDA ”Agricultural Baseline Projections to 2022”より)であるのに対し、日本では6kg(平成23年度食料需給表より)である。 そんだけの差があります。
■USDA Agricultural Projections to 2022より該当部分(単位はポンドです)
※54.7 lb = 24.81 kg
日本でも畜肉消費量が年々増えてきてはいるが、欧米に比べればまだまだ。でも記事だけみるとまたいろいろ誤認する人も出てくると思う。そういうことで、ウォールストリートジャーナル日本版さん、「赤身肉」については、いまからでも注釈とかで書き加えてくれたほうがいいと思いますけれども、いかがでしょうか?