そう、実に美味しいイノシシ産地とのおつきあいが始まったのだが、その夜のことから始めよう。僕の大好きな福岡は八女市。講演で二回呼んでいただき、すでに久留米〜八女周辺の仲間もかなり大勢できた。今回はそれとは関係の無い筋からの依頼である。
お題はイノシシ!これは実に難しい素材なのだ。
というのも、美味しいイノシシが獲れる時期が限られているのと、天然だから個体の管理ができない。つまり美味しい個体が獲れるか獲れないかは、産地で決まるわけではなくて運だったりする。それと一番の問題が人。猟師の力量によって肉の仕上がりがどうなるか左右されてしまう。旨い人は肉に傷をつけずに仕留め、その後の処理も迅速で的確、美味しい肉にしてくれる。しかしどうも旨くないイノシシに出会うときもあり、そうした場合のおおくが料理の処理が下手だったということに原因がある。
しかし、今回の八女のイノシシは、まず地域的な要因と猟師の力量が揃っているのだ。
八女の町を見下ろす山の中腹、猟師の井手口さんの自宅兼処理施設がある。
井手口さんは腕のいいハンター。といっても、イノシシは猟銃ではなく罠で獲ることが多いという。それはやはり肉質を重視するため。
「あまり上手くない人は、バンバン弾を撃ちすぎて、もうイノシシ死んどるぞっていうのに撃ち込むから、肉が喰えんようになる」
罠でとったイノシシ、実はこの日、100kgちかいメスが獲れていた!しかし腹を割ったその解体シーンはさすがに掲載不可だな。
ちなみにもちろん、我々が食べるのは獣害駆除のためのイノシシだ。日本全国で、作物を食べてしまうイノシシやシカが相当数いる。畑の作物がほとんど食べ尽くされてしまうので、生命の尊さはもちろん理解しつつ、仕留めて美味しくいただくことが大事なのである。
「ここのイノシシが食うとるのは、、、ブドウに柿にミカンに、、、畑の作物ぜーんぶ食べるから、人間より贅沢よ!」
というこの言葉が本当だと言うことが1時間後にわかる!
実はこのあと、3種類のイノシシ食べ比べをしたのだ。一つはこの解体したての八女イノシシ。それに丹波篠山のものと、佐賀県の武雄市のものだ。
これが、むちゃくちゃに味が違うというか、、、ブランドイノシシであるはずの丹波篠山のものが極めつけに臭くて、しかも肉に味わいが無くて、不味い。ビックリしてしまった。キロ単価を聞いたら、卸値で牛肉より高い!これは、ごく薄切りにして日本酒と味噌で臭みを飛ばさないと食えないな。
武雄市のものはそこまでではなく、まずまずの個体だったが、やや臭みはあり。それに対して八女のイノシシは、、、なんだろうか、獣の匂いは皆無で、あじわいが実に繊細だ。と畜したてということもあるだろうが、それだけじゃない、品位の高井肉質を感じた。
イノシシを焼くと、脂が溶け出してから香り成分も空気中に放出される。それが溜まらなく臭い場合も多いが、八女の個体は実に清らか。美味しい「香り」がするのだ。でもそれは、と畜し立てのこの個体だからかもしれないな。そう思っていたら、別の個体を冷凍でとっていおいた肉が、イノシシ汁になっている。
これをたべてやっぱり共通の肉質であることを確認!
脂質が綺麗で、肉も端麗にして濃厚な味わい。これは上質なイノシシだ!
そして夜は、このイノシシ肉を持ち込んでの会食。
場所は、福岡市内からかなり郊外に出て、閑静な住宅地の中にある「手島邸」。画家さんの旧邸を買い取って始められたという、フレンチと和食が混在とした名店だという。僕はもちろん初めて。
まず最初の一品は、八女の玉露を水出ししたもの。アミノ酸豊富な、濃縮されたコンソメのような味わい。甘みと旨みと、喉の奥に張り付くような清い香りが素晴らしい!ほんの数滴で別世界である。
綺麗に盛り込まれた先付けをいただきながら、同席のみなさんが「あれ、今日は和が強いな。いつもはフレンチっぽいんだけどね」とおっしゃる。実はこの店のオーナーシェフである奥津さんはかの「ひらまつ」出身とのこと。あれ、そうなんだぁ、実に和な感じの美味しさですよ。
ボラの白子(だったかなぁ、、、)のフライを載せたロワイヤル風。
実にじつに美しくて美味しい、、、
お刺身を盛り込んだ器、実に素敵。これ、シェフが陶芸家さんに特注しているものだそうだ。手前の醤油皿の横にある透明で、梅肉のようなものが入った小皿は、なんと酒盗を煮きり酒と合わせた、酒盗しょうゆ。
福岡の美味しいイカとハガツオ、サバをいただきました。わさびではなくわさび漬けとショウガがついている。
それぞれを通常の醤油と酒盗しょうゆでいただいたが、これはイイね!特にハガツオと酒盗しょうゆ、わさび漬けの相性がバツグンだ。
そして、メイン!
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお これがイノシシ料理だと思えますか?実に野趣溢れる美しさ。
低温調理で柔らかく火を通したイノシシ肉の上には甘味噌をぬり、その上にウォッシュタイプのクセのあるチーズを載せて炙っている。付け合わせは下仁田ネギと安納芋をフリットにして、生ハムを載せている。
イノシシにかぶりつくと、昼間に豪快に焼き付けて食べた肉とは違い、しっとりと肉汁をすべて湛えたままの肉質に甘味噌が溶け、その上にチーズの強い香りが加わった三重奏。この複雑な構成の中で、イノシシの旨みが存分に引き出されている。
じつに、じつに美味しいね!忘れがたい一品になりました。
〆のご飯は、まずは土鍋炊きたてのどまんなかをひとすくい。米は九州が誇るヒノヒカリ。ドンと舌に拡がる甘さが佳い。
土鍋についた最後の米まで存分に味わいました。手島邸、実に素晴らしき佇まいと味わい。オーナーシェフご夫妻がお若いのにもビックリ。ちなみに写真葉採ってないけれども、マダムが中心に選ぶというお酒のラインナップも素晴らしい。燗酒には王録と独楽蔵をいただいたけれども、料理との相性抜群でした。
次の店にて、奥津シェフも合流。今度またゆっくり伺いますね!
ということで、とびきり旨い八女のイノシシ肉に関しては、今後イベントを打つ予定。福岡のイノシシシーンに火がつくか!?