鹿ヶ谷かぼちゃ(ししがたにかぼちゃ)は、京料理の中でもその形状がひょうきんなことで識られる日本かぼちゃの一種だ。
日本で食べられているかぼちゃは三種、日本かぼちゃと呼ばれる、あまりホクホクしておらず、縦に特徴的な筋の入るものと、いま一般的に食べられている西洋かぼちゃ、そしてズッキーニなどのペポカボチャがある。最近ではこれらを相互に掛け合わせたものも出てきているが、大まかには三種。
栗かぼちゃとも呼ばれる西洋かぼちゃが登場し普及するまでは、果肉が水っぽく淡泊な味わいの日本かぼちゃが食べられていた。天文年間(1500年代)に、大友宗麟が治める豊後(大分)に持ち込まれたというが、その「宗麟かぼちゃ」のタネが発見され、復活していることは過去ログにも書いた。
■大分の県南・佐伯市~蒲江の海の幸を味わい尽くす! その2 あの大友宗麟カボチャを食べた!
日本かぼちゃは、どちらかというと瓜類としての性格が強くて、ポクポクと粉っぽく甘いというふうにはなりにくい。だから、西洋かぼちゃが普及し始めると、その甘くてホクッとした味わいにノックアウトされる人が続出し、いつのまにか日本ではこちらが主流となってしまった。
そして、この鹿ヶ谷かぼちゃである。
ひょうたん型のユニークな形状、縦にびっしり入った筋、一度観たら忘れられない外観だ。この鹿ヶ谷かぼちゃの記事を、菜園家向けの雑誌「やさい畑」に書いた。
■やさい畑 家の光協会刊 2012年秋号
この記事の中では、鹿ヶ谷かぼちゃを主役にした行事の取材も行っている。京都の安楽寺というお寺では、この鹿ヶ谷かぼちゃをまつった行事をしているのだ。
ここの住職さんには非常に興味深い話をいろいろとうかがった。昭和の前まではこのかぼちゃで生計を立てる農家さんがとても多かったという。上賀茂の農家さんもみな植えていたとか。それが戦後、西洋かぼちゃの浸透と共にすたれてしまった。しかしいまでもこの安楽寺では、毎年7月25日になるとこの鹿ヶ谷かぼちゃを220キロ集めて、煮物にして参拝客に振る舞う。そうすると中風にならずに済むというお告げを、むかしむかしのご上人さまが受けたのだ。
実は7月25日はどうしても外せない出張があったため、僕はその煮物を食べることができなかった。そこで、紙面の撮影用に、どなたかおばんざいを得意とする方で鹿ヶ谷かぼちゃを煮てくれる人はいないか、、、と編集部が探したところ、、、NHK「きょうの料理」でおばんざいを紹介した杉本節子さんがやってくれるというのだ! ひえー すっげー有名な方ではないか、緊張。
しかもこの杉本さんの家は、重要文化財「杉本家住宅」という、京都の歴史的建造物だ。うひゃあ、マジで? と緊張しつつ、汗をかきながら向かったわけである。
来て佳かった、、、と心の底から思う。美しいお人である!
「わたしら京都の人間は、鹿ヶ谷かぼちゃを『おかぼ』と呼びますねぇ。最近では滅多に一般の家庭ではたべんと思いますけれども、、、わたしの大先輩の作り方に習って、炊いてみましょうか」
じつはこの取材が決まってからぼくも勉強したのだけれども、おばんざいの考え方として面白かったのが「華美に美味しく作ってはいけない」というのがあるらしい。
「そう、おばんざいは、美味しすぎてはよくないという考え方があります。毎日食べるものですから、必要十分な美味しさがあればいい。例えばおかぼをカツオと昆布でとったお出汁で炊けば、それは美味しくなると思います。けど、それはちょっと美味しすぎる。おかぼを炊くなら煮干しといっしょに炊いて、最後に砂糖とお酒と醤油を少し。そういうのでよろしいですか?」
いや~ よろしいどころではありません!ぜひそれでお願いいたします!
と書いていたら時間が無くなったので、後編に続く、、、