やっと食べることができた、、、
むかしきゅうり、または地きゅうりという、要するにきちんと定まった名称のない在来品種が岩手県北部にある。僕はこれをまずは二戸市の浄法寺地区でいただいた。ズングリむっくりした姿形に、下半分程度が黄色に熟れてきた黒いぼ品種。これを麹で漬け込んだものだった。
「そのまんま食べると皮が苦くてさ。それを麹で漬けると、苦みが和らいで美味しくなるんだ」
と、浄法寺の役場に勤めていた三浦氏が食べさせてくれた。キュウリはお母さんが栽培しているもので、この辺では昔から出回っていたものだという。そのむかいきゅうりの麹漬けは本当に味わい深いものだった。ほのかな苦みはあるが、それが麹の旨味とマッチして気にならない。試しにと食べさせてもらった生のむかしキュウリは確かに苦くて、顔が変な風に曲がってしまうほどだった。これはこの辺の人たちの知恵が結集した食文化だな、と大いに感じ入ったのだ。
それ以降、このむかしきゅうりを栽培しているところを観てみたいと思っていたが、なかなかそのためだけに岩手を訪れることができず、かなわなかった。そうしたら、今回の岩泉町での撮影時に、栽培風景には出会えないものの、むかしきゅうりを食べることは叶ったのだ!しかも生で。
二日目の宿としたのは岩泉町の安家(あっか)地区にある、料理名人でスローフード業界では岩手をほぼ代表するキャラとして識られている、嘉村明美さんが営む「かむら旅館」の夕食だ。
一泊で7000円の宿泊代金には釣り合わないほどに素晴らしい郷土食の夕食が着いてくるこの旅館で、夏場はこのむかしきゅうりを切って出してくれる。栽培しているのも「この辺の人」だそうだ。
もしかしてこのキュウリは?と訊くと「地キュウリっていうけどね」とのお答え。岩泉町で名水「龍泉堂の水」や短角和牛を販売する岩泉産業開発の茂木さんによれば、スローフード協会でこのキュウリを展示しようとした際に、名前を尋ねてもみな「さあねぇ、、、名前ってあったっけ?」ということになり、地きゅうりとかむかしきゅうりと称したそうだ。それほどまでに日常に浸透しているキュウリなのである。
堅くて苦みの強い皮を剥き、そのまんま輪切りにしたむかしきゅうりの美味しさたるや、絶品であった! ぶっとくて果肉部分が大きいからこそできる食べ方だが、とにかくその食感の繊細なこと。もとの姿形がこんなにズングリしているとは思えないほどに妙なる柔らかな食感なのだ。
そして身肉に有している水分のなんと豊潤なこと! 昔の人はこのキュウリを懐にしのばせ、水筒代わりに塩や味噌などをつけてかじったという逸話が残っているそうだが、それもうなずける。すっかり気に入ってしまった!
そして岩手の最終日、安家地区から峠を二つ越えて、懐かしの久慈市山形町へ移動した。短角牛農家の柿木君ことカッキーの牛舎を観ていろいろ話し、そしていつものごとく新井谷のおじちゃん宅で食事を。そのとき、例のブツが並んでいたのである!
うわーお! こんどはカット方法がまた違う!皮を剥いて縦に4つわりにしたのを切っているわけだ。
観ているだけでよだれが出そう。なぜか苦みがほとんど感じられない(ほのかにはある)のは、苦み成分であるククルビタシンを含む皮が剥かれているからだろう。
これを味噌につけていただく!
もうね、どんぶりのほとんどを俺が食っちゃいましたよ! シャクシャクした素敵な食感に、みずみずしくほとばしる清冽なジュース!キュウリの香りのすがすがしいことよ!
「そんなに旨いなら、もってけ」
と、新井谷家のご親戚が栽培したというきゅうりをいただいてきました。
熟れると黄色くなってくるが、それまでは半白キュウリなんだね。中国の華北地方から来たのだろうか、それともロシア系なのだろうか。
小さい僕の手では、小型のものなら握ることもできるが、大型の方は指同士がつかないくらいの存在感がある。
一般のキュウリと比べるとこんな感じ。
さてこれをぐるっとピーラーで皮を剥いてみた。
縦に割った断面。
横に割るとこんな感じ。
岩泉の食べ方にならい、味噌をつけていただきました。まさしく絶品ですよ、、、
しかし、こういう美味しいきゅうりに出会うたびに思うのは、本当に日本のきゅうり文化は画一的になってしまったということだ。「普通のキュウリ」といったときに、先ほどの比較写真にあった細いキュウリを思い浮かべる人がほとんどだろう。でもあれが全国的に普及するのは昭和20年以降。それまでは地域ごとに在来品種がたくさんあったわけで、それがその地の「普通のキュウリ」だったわけだ。
その「普通のキュウリ」には、その地域の土質や気候に合わせて独自に進化した結果としての姿形や味が備わっている。苦みや甘さや堅さや軟らかさ。それを美味しく食べるために、郷土料理が産まれてきた。浄法寺で麹漬けにするのもその一つだ。
伝統料理・郷土料理は、その地域の風土とその結果としての農産物の味と密接に関わっている。「中央の食材」と「中央の料理」が日本全国を覆い尽くしてしまう前に、やらなければならないことがたくさんある。俺はとにかくどんどん食べよう、と思ったのである。