十文字チキンカンパニーは、全日本でトップ5に入る規模の養鶏業者である。たまたま、十文字保雄社長が二戸市のご出身で、しかもカメラ好きということで仲良くしていただいているけれども、正直言ってすごい会社の社長さんなのである。仲良くしてくれてありがとうね保雄さん。
さて、震災直後、東北の生産状況を報じた中で、直接の被災地ではない内陸でも、広域に畜産の飼料がストップしてしまったという話を書いたと思う。その際、情報をいただいた一人が十文字社長だ。なんといっても、ここは契約農場や直営農場で総計200万羽は減耗、つまり商品にできなかったという。200万羽ってわかりにくいけれども、まあ人間が200万人といったらその規模はすさまじいと言うことはおわかりだろう。しかも鶏はライフサイクルが短いので、1週間も何も食べずにいると簡単に死んでしまう。
ただし、その中でも、限定的に給餌することで死ななかった鶏が結構いる。この鶏たちは、全面的にストップした後でしばらくは在庫されていた餌を少量ずつ与えられ、その後、一部入荷された餌を限定的に与えられた。つまり半分は断食というような状態か。この状態だと、生命は維持できるが身体は大きくはならない。そしてその後完全に餌が復旧してから、全面的に肥育用の餌を与えられて出荷できる体重まで育てられた。
実は、この鶏がしばらく前までひっそりと出荷されていた。この間、十文字チキン社の国産若鶏(ブロイラー)を買うことができた人はラッキーである。なぜかというと、僕個人の感想だけど、通常のブロイラーよりもぶっちぎりに旨かったんだもん。それにはちゃんとワケがある。
鶏肉は、時間をかけて育てた方が美味しい。それは肉の中にアミノ酸が発生して旨みが十分に醸成されていくのが、だいたい70日以降なのだ。だから、「地鶏」のJAS規格では80日以上肥育したものでなければ地鶏とは名乗れないとされている。それに対してブロイラーはたったの45~50日で出荷されるのが普通だ。だからブロイラーの肉には、あまり旨みは乗っていない。
誤解しないで欲しいのだが、ブロイラーを悪く言うつもりはない。牛や豚にくらべ、こんなに安価なタンパク源は無いわけで、立派な肉である。また、ブロイラーを美味しく食べる方法はある。塩分をかけて脱水し、炙るようにして食べる(いわゆるブロイルだ)ならば、非常に美味しい。この柔らかさは若鶏にしかないもので、120日以上育てた地鶏にはあり得ない食感だ。
けど、ちまたではブロイラーと銘柄鶏、そして地鶏の差異がきちんと認識されておらず、地鶏の評価が低い(高くて堅くて不味いという認識)。それが非常に悔しいのだ。
それはともかく。
十文字社長のツイッターを見てると、震災に被災した鶏の出荷が、これで一段落するという。これ以降は餌を通常に食べたものだという。それをみて逆に僕は、震災で断食状態になった鶏を食べてみたくなったのだ! だって、このブロイラーは、少なくとも45日出荷ではない。ながく育てられている分、餌が足りなかったとしても味は乗っているのではないか、と思ったわけである。
「食べたいっす!」
とダイレクトメッセージを出したら、、、送っていただけたわけである。深く、感謝です。
冒頭の写真は1kgパック。養鶏業者さんはいろんな形態があるが、農場で鶏を育てるだけではなく、食鳥処理施設でと畜・解体をし、その後は部位別に分けて写真のような大袋でスーパー等へ出荷する。それを、アウトパックセンターと呼ばれるところでリパックをして店頭に並ぶことになる。この辺のフローが識りたい方は、食品需給研究センターの仕事で僕が調査・執筆を担当した下記報告書をご覧いただきたい。
■「トレーサビリティシステム導入事例集 第4集」の公開
http://www.fmric.or.jp/trace/h19/casestudy4.html
第6章鶏肉の部分に十文字チキンさんの事例が掲載されています。
これをみれば、養鶏という仕事が、実に大規模にビジネス化されているかがよくわかると思う。そんな中、十文字チキン社では、餌に抗生物質を添加しない商品を世に出したり、動物性タンパクを餌に添加しない、臭みのない銘柄鶏を出したりしてきた。実は僕の母校である自由の森学園の学食で、この菜彩鶏という銘柄鶏が使われていることを識り「おお、やっぱりなぁ!」と思っていたものだ。
さて、くだんの肉をいただいた。十文字社長から、「二日経った頃が店頭に並ぶ通常の堅さになりますから」と言われていた。鶏肉もさばきたてでは死後硬直もあり、肉が固いのである。豚肉は5日間ほど、牛肉は10日間ほどしてから店頭に並ぶが、鶏はもう少し早いのだ。
でもせっかくなので一日目と二日目、四日目というふうにいただいた。それだけたくさん入っていたので、鶏肉週間である。
もも肉も胸肉も、通常よりも大きい!これは、餌が切れていた時期はあれども飼養日数が長く、かつ後半は出荷体重に戻ったからだろう。通常よりしっかりずっしりしている。もも肉の色合いを上記写真で観ていただければおわかりの通り、脂肪の色が実に淡いと思わないだろうか?おそらくコーンなど黄色みがかかる餌の給餌がしばらく切れていたことでこうなったのだろう。
塩をしてソテーするだけという簡単な食べ方をしたが、まず肉の硬度はたしかに通常ブロイラーよりも少し噛み応えはあるものの、「硬い」というようなものではない!逆に、しっかりした食べ応えがあるので、銘柄鶏以上の評価をしたいくらいだ。しかも、予想通り旨みが通常のブロイラーより濃い。地鶏並とは言えないけれども、あきらかに肉単体で美味しいと思える。変なイタリアンで、ブロイラー的な肉がソテーで出てくることがあってげんなりすることが多いが、この肉ならば普通にソテーで出しても大丈夫だ。
驚いたのは割と脂が多かったこと。後半に一気に餌を与えたからなのだろうか?
実は十文字チキン社は生産トレーサビリティがきちんとしていて、この鶏の出荷ロットがどんな給餌をされていたかを調べて教えていただいた。餌の銘柄等のデータは企業秘密のはずなので、そういう部分を外すと、だいたい下記のような感じだ。
3月6日生まれ 11日までは普通に飼育前期用の餌を給餌。
そして11日に被災。ここから24日までの間は、震災時に残っていた前期用の餌を少しずつ給餌。
3月25日~4月4日までは、少しずつではあるが餌の供給が再開されたので、限定的に餌を供給。ただし銘柄鳥向けの特定の餌などを供給できるわけではないため、通常の飼料設計とは違う内容。
4月5日~通常通り餌の入荷が再開。ここから、仕上げ用の餌を5月8日まで与える。
そして5月9日に工場にて処理。64日齢のブロイラーとなったわけだ。品種はブロイラーの代名詞的存在であるチャンキー、岩手県九戸村の農場で育った。
僕はこの鶏が店頭に並ぶなら、これからも買いたいと思う味だった。ぶよぶよしておらず、旨みは十二分とはいわないが、これになんらかのソースがかかれば味の充足度は高い。これはうちの嫁さんも同意見だった。
ちなみに前回、炊き出しに行った際、帰り際に十文字チキン社に寄らせていただいた。
花粉症がひどい状態の社長が対応してくださった(ありがとうございました!)。しかも、生産と出荷をみる取締役の方々までお話しをしてくださった。
でも、、、ここで出た話は、業界内禁止用語の連発でとても書けない!(笑)
ちなみに十文字チキン社は「きまじめカンパニー」を標榜する通り、実に社内の道徳観念が徹底した会社だ。朝うかがうと、ちょうど朝礼前の掃除の時間。社員総出で掃除が始まった。
続いて各部門ごとに朝礼。チームごとに業務目標を読み上げる。
社内の雰囲気は実に明るい。こういう会社が全国でトップ5に入るというお手本のような企業であった。
ちなみに、ここの鶏肉を食べたい!と言う人は多いだろうが、ブロイラーには通常は十文字チキンカンパニーというメーカー名は入らない。どのスーパーでも、仕入れ先を複数持ってリスク分散をしているからだ。そういうわけで、必ず十文字チキンの鶏を食べたいのなら、Webにある銘柄鳥を探してみると佳いだろう。強くお薦めできる商品ばかりである。