だいたい、この写真を見ればもう二人のお熱い仲は了解だろう。というか、本当にすてきに熱いカップルに出会ったのである。
「やまけん~ すっごい美味しい原木椎茸作ってて、いろいろ商品開発してる、すてきな若夫婦が居るのぉ!」
と教えてくれたのは、宮崎県が誇る高級食材スーパーである「フーデリー」の商品開発部長である宮田理恵ちゃんだ。そうか、原木椎茸ですか。実はここ半年くらい、原木椎茸の生産者さんとの出会いが多いのだ。
菌床(きんしょう)椎茸と原木椎茸の違いは果てしなく大きい。菌床とはおがくずやコーンの芯などを粉砕し固めた菌床に、椎茸の菌糸を仕込み、あとは工場のような施設内で適度な湿度で管理していると椎茸が連続的に発生してくる。これを摘み取って出荷するものだ。施設内で管理するため、いつどれくらい出てくるかというのがわかりやすく、また規格も安定しやすいことから、普通はこの菌床椎茸が店頭には並ぶ。
そして、たいていのスーパーではその横に「原木椎茸」というのが並んでいるはずだ。菌床椎茸とは1.5倍程度の価格差があるため、多くの人が「うーん きっと美味しいんだろうけど、菌床でもそんなに変わらないでしょ?」と菌床椎茸を選ぶだろう。
しかし! 全く別物なのですよ、菌床椎茸と原木椎茸は!
原木とは読んで字のごとく、クヌギなどの木(最近では椎の木はあまり使わない)を切り出し、そこにドリルで穴を開け、種駒を打ち込んで一年ほど伏せ込みをしておく。この間に椎茸の菌が木の中にびっしりと菌糸を這わせて、いつのまにやら原木が菌にのっとられていく。そしてある時、気温などの変化によって椎茸が発生する。椎茸をきちんと時期を合わせて発生させるために水につけたり、いろんな刺激の方法があるが、それでも運頼みというか、狙い通りに発生しないことも多い。木を切り出して刻み、駒を打って伏せ込み、そしてほ場に持ち込んで立てかけるという一連の作業がやたらと重労働であるため、原木椎茸に取り組む生産者はおそらくあと5年たつとドカーンと減っていくはずだ。
その違いは天と地ほどもある。ウソだと思うなら菌床ものと原木ものを買って食べ比べてみるといい。さっとトースターなどで焼いて、醤油につけてかじるだけでいい。味と香りの分厚さが全く違うことがわかるはずだ。それはそうだ。おがくずと原木とでは、食事としての質が全く違うのだから、、、
さて、そういうわけで日南は北郷(きたごう)町に、原木椎茸農家の黒木夫妻を訪ねることとなったのだ。
■原木しいたけ 茸蔵
http://www.takezo3.com/
茸蔵は「たけぞう」と読む。きっとご主人は黒木たけぞうという名前なんだなと思ったら全然違った(笑) これは屋号というか荷印というか、ブランド名である。
日南に行く道の途中から山に分け入る。ずいぶんと傾斜の強い山を登っていくと、集落もなくなり「ほんとにこっちなんかい?」と思うようなところに入り込む。と思ったらいきなり作業小屋があった。
「あーーーーーーーーーーっ! よくきてくれました!」
と上の方から声がする!? さらに斜面から二人が降りてきてくれた。
黒木慎吾さんと智美さんご夫妻だ。
「いやー 市内からだと結構遠いのに、よくきてくれました!」
いやいや。実は先々月、彼らが宮崎市の宮交シティの催事場で商品を対面販売しているところをみせてもらったのだ。干し椎茸という、じゃっかん売りにくそうなものを、対面でフレッシュな空気をにおわせながら販売することで、ずいぶんとお客さんを呼んでいるようだった。それがおもしろいな、と思ったのだ。
「さっそく見てください、ぼくらのしいたけほ場です。」
急斜面をあがっていくと、彼らの経営の最大のポイントである施設がみえてきた。
黒木さんのご両親は養鶏農家だったのだ。いまは辞めているが、その鶏舎を原木椎茸の栽培用に改造したのである。
もともと黒木さんは都内のスーパーで青果物の販売をしていたのだが、ある時一念発起して椎茸生産をやろうと志したという。もちろんいきなりではなく、椎茸のことをすこしずつ勉強してのこと。鳥取にある椎茸の種菌を育種・販売している研究所などと近しくなり、これをやりたいと思ったとのこと。
なるほどね。これは作業性が良さそうな施設に仕上がっている。鶏舎として使っている時代には、屋根があって閉鎖系の建物だったはずだが、その屋根を取っ払って寒冷紗(かんれいしゃ)をかけることで、通気性とほどよい採光ができる。地面は実はコンクリなのだが、そこに土を敷いて原木をおいている。
原木に使うクヌギは、この近隣ではあまりないそうで、かなり遠方まで行って切り出し、確保しているそうだ。細身の木が多いのは作業性のためで、あまりぶっといやつはさすがに大変なので使わない。
「食べて見てくださいよ!」
もちろん食うわな(笑)
いや実に繊維のはっきりした、味と香りの強いいい椎茸です。干し椎茸にしちゃうのもったいないじゃん。生で売ればいいのに!
「うーん、そう言われるんですけど、いままだそこまで手が回りません、、、売り先もありませんし、、、」
ということなんだが、この椎茸、うまいど。乾燥したらもっと味は乗るけれども、生でも欲しいな、俺は。
ご両親と夫婦で頑張って生産をしている黒木家だが、実は昨年末から今年にかけては非常に深刻な事態にさらされている。それは、、、新燃岳噴火による降灰だ。
こんなに近くに、新燃岳が見えてしまう。
灰がこびりついているのがおわかりだろうか、これでも掃除した後だという。
「椎茸にまんべんなく灰がかかってしまうと、それを一つ一つ掃除するわけにもいかず、、、商品にならなくなっちゃうんです。頭が痛いですよ、、、今年ようやく生産のエンジンがかかってきたんですけどね。」
もちろん、常に降灰しているわけではないから、生産したものすべてがだめになる訳じゃない。けど、原木椎茸のほ場では出荷間際のものから小さなものまであるわけで、一回灰が降ると1~2週間は満足に収穫ができなくなる。あまりにかわいそうである、、、 菌床椎茸は密閉された空間で生産するからこんな苦労はない。だったら菌床にすれば?という簡単な話ではない。彼は原木で生きていこうと決めた人なのだ。せめて、買う側は原木干し椎茸であると言う価値を最大限に評価してあげるしかない。
「でね、干し椎茸でおもしろい商品ができるなら、なんでもやっちゃえって思って、いろいろ試してるんです。やまけんさん、味見してください!」
ということで作業小屋へ移動。
これが彼らのオリジナルパッケージ商品。月の花、木の香、やまきりなど大きさや椎茸の状態で規格が変わる。
これを加工品にということでいろいろやっているのだが、今回彼らが取り組んでいるのはなんとピクルス!
干し椎茸のピクルスって、すごく濃厚で美味しそうだ!出してもらった2タイプをいただいてみる。
が、、、
うーん
これはあまりおもしろくないな。 何がおもしろくないかというと、普通に安いお酢、塩、胡椒に砂糖、ベイリーフなんかで作ったピクルス液に戻した干し椎茸をつけているだけじゃん、という味なのだ。
「うーん、そうですね、調味料はいちおう地元のお酢を使ったりはしているんですが、、、」
まずこれ、やるなら全部地元産の原料にしちゃうとか、そうした方がいいよ。例えばお酢は酢酸のキツさが出てるから、例えばこの辺で名産になっている柑橘を使う。日南は晩柑類が多くて、例えばレモンや橙(だいだい)、へベスなんかが獲れるでしょ?ああいう柑橘酢を多めにブレンドすると、鼻にヅンとこない、佳い風味になるでしょう。あと、香り付けにベイリーフってあまりに平凡だ。そんなのより、この辺の山に生えてる草でいい香りのするものを入れた方がいいよ。というような話をした。
そうしたら、見事に一ヶ月後に、大きな改善をしたものが出てきたのである! とその前に、美味しかった干し椎茸の天ぷら!
いやーこんな食べ方あったのね! 干し椎茸を水で戻して、そこへ衣を着けて揚げるだけ。干し椎茸からの戻し汁は料理に使えるし、干すことによって出たうま味のおかげで美味しさが倍加している。食感は、乾物だったとは思えないようなフレッシュさがあるのだ!これに日南近辺の海塩があるなら、それをつけていただけばばっちりです。
さあて、くだんの椎茸ピクルス!プロトタイプをいただきましょう。
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
肉厚の椎茸を噛むと、ギュワッとしみ出る香りのよい酸! 素性のよい醸造酢と柑橘酢が、ほどよく合わさっている。まだちょっと酸味が強いので、椎茸を噛むと汁が喉奥の粘膜に飛散して、むせちゃいそうになる。もう少し薄めても佳いね!
そしてなんともいえない香りがするのだ。これ、ベイリーフの代わりに何を入れたの?
「それ、、、○○○○○の葉なんですよ、、、」
ええええええええええええええええええええええええええええ!?
それは素晴らしい! こんな奥行きのある香りになるなんて!
いやこれはあと一歩で完成でしょう! 美味しいです。千葉からこんな山奥まで嫁いできた嫁はん、頑張りましたねぇ、、、
「よーし もう一歩かぁ!」 と気合いを入れる黒木さん。
応援してるから、後一歩頑張ろう!
表題にも書いたけれども、日本はとても環境的に恵まれた国だ。水が豊富で空気は綺麗、土壌も豊かでどんな作物もそれなりに美味しくできる。しかし、山や川、海がいったん汚れてしまったら、そこからの恵みはいともかんたんにその輝きを失ってしまう。それを実感した訪問だった。
来月、とりあえず完成を迎える試作品の出来を楽しみにしたい。