地震発生後、実はいくつかの雑誌編集部から緊急の執筆依頼が来ている。それがことごとく
「震災に被害によって食料不足が起きないかどうかを書いて欲しい」
というものだ。残念ながら出張業務中であり、かつ書かなければならない原稿が積み上がっているためお断りをしたものが多かったのだが、関東地方の人たちもスーパー店頭でものがなくなったりしていることで相当に不安を感じていることが伝わってきた。
ここ一週間、僕は中部大学の武田邦彦先生のブログを読むことで、事態の把握と心の平安を持つことが出来るようになっている。僕も為すべき事はなさねばならない。それは、とりあえずたべもののことについて書くことではないかと思うようになった。そこで、計画停電中の首都圏の人たちに対して、少なくとも食料に関してパニックにならないように書いておく。
「食べ物は十分にあるので、無くなりません。いまお手元に届かないのは流通上の問題であり、電力供給と物流システムの復旧が成れば届くので、しばらくの我慢です。」
ちなみに食料と食糧と二つの言葉がある。食糧と書くと通常は穀物などの主食を指すが、今回は広義での食べ物のことを書くので食料とする。食料には未加工の原料である第一次産品と、加工をした第二次産品があるが、まずは日常生活に必要な生鮮品(青果物や卵・肉などの畜産物)について書く。
また、現時点ではなんとも評価のしようがない放射能リスクなどは除外して書かせていただく。僕はその専門家ではないからだ。
まず今回の地震による食料問題は「生産」と「流通」の二つの側面から評価する必要がある。生産に問題があれば、流通が健全でも末端には届かない。そして生産に問題が無くても流通に不具合があれば食べ物は末端まで届かない。今回はあきらかに後者の問題が起こっている。
米など主食穀物: 「十分な備蓄があるので問題ない。ただし2011年度作付け量が心配」
米についてはご存じの通り日本では生産調整(つまり「作りすぎるな」という指示)をしているくらいであり、十分な備蓄がある。ただし、米どころである東北地方が被災したことで、2011年度の稲の作付け面積が相当減少することが予想される。物理的な損壊だけではなく、苗作りなどの作業工程に遅れが生じたりすることが予想されるためである。
従って西日本を中心とした、被災していない産地に対する生産調整の数量を見直し、主食穀物を増産の方向へ舵を切った方がよいのではないかと思う。これについてはすでに農水省で検討しているはずである。
野菜など青果物: 「1~2ヶ月ほど多少の不足はあれども、ほぼ問題は無い」
もともと2月~4月という期間は青果物にとっては端境期(はざかいき)といい、冬から春に切り替わる時期だ。植物は季節変動を感知して花を咲かせたりするため、この時期はどの産地でも品目が切り替わる時期となる。例えばキャベツには寒玉と呼ばれる冬系キャベツと、巻きが弱く柔らかい春キャベツがある。基本的にこの季節は冬キャベツが払底し春キャベツに切り替わってくる時期になる。そういう「切り替え時期」には当然、収穫が出来ない空白期が出てくる。このため青果物の流通業者にとっては2~4月あたりの端境期対応は正念場であり出荷量が少なくなりやすい時期である。
このため、多少の混乱(不足)は想定される。ただしそれはほんの一時期で、気温上昇とともに供給は回復するはずだ。
もともと日本では青果物は供給過剰の傾向があるくらいであり、気象条件さえ味方してくれ、畑をフル稼働状態にすれば、西日本の生産量だけでも十分に日本国民に供給できるだけの量を確保することは可能と思う。
ただし、ジャガイモやタマネギなど、基本的に産地で一年に一回しか作れない主要作物の状況はよろしくない。昨年の気象条件があまりによくなかったため、北海道のジャガイモ・タマネギの収穫量は少なく、現時点で在庫がそうとう少なくなっている。僕が商っているジャガイモ産地も、「あと1ヶ月で在庫がなくなるから」と連絡があった。西日本とくに長崎など九州地方の産地に期待をしたいが、ジャガイモもタマネギも植えてから数ヶ月をかけて収穫するため、すでに植えられている量をこれから増やすことは出来ないからだ。おそらくジャガイモはすこし逼迫し価格が上昇する。タマネギは九州地方の作付面積が多かったらしいので、5月になれば十分な量が確保できるかもしれない。
逆に小松菜やほうれん草といった葉野菜については、種を蒔いて1ヶ月少しで収穫ができる。いまはまだ寒い地方もあるが、気温上昇してくれれば生産力は旺盛になる。またトマト・ピーマンといった果菜類は、多くの産地でこれから定植期を迎えるため、増産できる可能性が高い。そういうことで、「1~2ヶ月ほど多少の不足はあるかもしれないが、気温上昇と共に問題は無くなっていく」という予測をしておく。
■卵・牛乳・肉類: 「餌の問題で一部逼迫、価格上昇の恐れはある」
ジャガイモ・タマネギの部分でも書いたが、一次産品である農産物・畜産物はある程度の期間をかけて育てるものであり、現在出荷可能なものは数ヶ月~一年以上前から需要を予見し生産にはいったものばかりである。そのスタート時にはこのような災害を予見しているはずがないため、すぐに増産できないものもある。
先に青果物についてはそれほど問題がないと書いたが、畜産物についてはすぐに対応できるものではない。例えば鶏であれば、国産若鶏は45日前後で出荷できる体重になるわけだが、豚は170日程度、牛は750日程度かかる。従ってこれら畜産物を早急に増産することは難しいわけである。
しかも、東北は畜産とくに食肉の大産地だ。養鶏、養豚、肉牛生産は九州・北海道・東北が盛んである。畜産で一番怖いのは伝染病のため、全国的に産地を分散しているわけだ。九州地方には鳥インフルや口蹄疫などの災厄があったばかりだが、需給にそれほど影響がでなかったのはそういうわけである。
ただし東北の供給量は多く、影響は大きい。最大の問題は、東北地方で飼料と燃料の供給がストップしてしまっているということである。
東北地方における畜産の餌は八戸港から陸揚げされていたが、これが使えなくなったため、東北全体で餌が不足し深刻な事態を招いている。このため、北海道からなんとか東北部の畜産農家に餌を供給するためのルートを構築しているところである。大家畜である牛ならともかく、豚や鶏は餓死のサイクルが短いため、問題は深刻だ。東北のある養鶏業者はえさが確保できないため「今生産している分は餓死を待つ」という選択をしたところもある。常に餌をやらないとスペック通りの肉が出来ないため、放棄したのであろう。先ほど岩手と話をしていたのだが、今日か明日から飼料穀物の配給が行われるようだ。自衛隊が使用している秋田の港が一部開放され、そこから陸揚げできるらしい。少しでもましな状況になることを祈る。ちなみに牛についていえば、大型家畜であり餓死に至る時間は長く、寒さにも強いため大丈夫。ただし、必要な時期に必要な栄養を与えられないと肉質には影響が出てしまうことはある。
もう一つ燃料の問題だ。牛乳つまり酪農は毎日毎日生乳ができる。これをタンクローリーで集乳し、乳業各社が受け入れて牛乳製品に仕上げる。この連鎖がなんらかのアクシデントで途切れてしまうと、とたんに生産サイクルが壊れてしまうのだ。おそらくいま、東北地方の酪農家はありあまる生乳を捨てていると思われる。集乳する車が燃料不足で動けないからだ。栄養に満ちたたべものがあるにも関わらず、それが届かないというのは非常に切ないことである。
とはいえ、上記はあくまで東北の話。北海道と九州地方の生産力をフルに発揮させれば、供給不足の事態は避けられると考える。
ということで、短期的な混乱や不足、価格高騰という減少はあれども、日本の食料供給が直ちに危機的状況を迎えるということはない。ただし、東日本の生産体制が立ち直るまでには時間がかかる。生産者や関係者の救済措置を真剣に考える必要があると思う。
最後に価格の話。たべものを支える価格をきちんと払おう。TPPはやっぱり考え直そう。
食べ物の価格は需要と供給のバランスで決まる。ということは、品薄になるものは高くなる。これは避けようがない。ここ数ヶ月、国内とくに東日本とそのほか大都市圏では食品価格が上昇する可能性は否めない。ただしそれは速やかに国民生活に危機をもたらすほどの上昇ではない。だから、高くても納得して買って欲しい。現に今、大阪でこの文章を書いているが、まったくもって平静である。島根でも九州でも四国でも、食料に問題は全く発生していない。問題はすべて東日本に集中しているのである。なんとかならないものかと歯がゆく思う。
そして、こういう状況下で、皮肉にもTPP等の自由貿易体制/農業保護のあり方への影響が出ることが予想される。筆者から観れば「それみたことか、食べ物の大切さを思い知ったか」という思いがある。今回の地震が、自由化を進めており日本国内の自給体制が崩壊した後であったら、飢える国民が増えていた可能性は否めない。
現状では西日本を中心に、専業農家のみならず、儲からなくても食料生産をしてくれている兼業農家が多数いるから、深刻な事態に陥っていないのである。農地が、きちんとすぐに生産できるスタンバイがかかっている状態だからなんとかなるのである。これが耕作放棄数年後の土地ばかりだったら、すぐに増産ということはできない。食料生産についての冗長性はやはり国として担保しておくべきということが、今回のことで確認されたといっていいんじゃないだろうか。
以上、出張先であり、情報ソースも限られ、数値情報などすっ飛ばして書いたので支離滅裂なところもあるかもしれない。けど、いまできることをやろうという思いで書きましたので、不備があることはご容赦ください。