最上の旅、次なる目的地は秋田との県境である真室川。大沢地区というところは昔から芋(さといもね)の栽培が盛んだったそうだ。その地域で、在来品種「甚五右ェ門(じんごうえもん)芋」という里芋があるという。
山形県では、在来品種が大人気だ。山形大学の江頭先生やアル・ケッチァーノの奥田シェフ、そして在来作物に取り組む生産者の苦労が実った訳だ。中でもカブの在来品種についてかなり世間に広まっているけれども、もともと山形では「芋煮」という名物料理があるように里芋文化の色が濃い。里芋にも色んな品種があり、全国的に作られている一般品種は「土垂(どだれ)」というものがあるが、ここ山形では一軒一軒が在来品種を大切にしているらしい。実はこの前日の夜の飲み会で、改良普及員をしていた一戸女史から「あのね、これは悪土芋(あくどいも)っていう芋なんだけど、食べてみてください」と在来種をもらった。いやいろんな芋があるものなのだ。
で、甚五右ェ門芋。これは先述の江頭先生も在来作物研究会の本に採りあげたりされていて、すでに有名な品種。さる料理雑誌でも高評価をえた食材だそうだ。
でもそうした予備知識はまったくなく、ここ佐藤家を訪れることとなった。
大沢地区は紅葉が綺麗に始まっていた。
玄関口から庭を観ていると、かくしゃくとしたおじいさんが「ああっ どうもどうも」と出ていらっしゃった。
そして玄関の中からは若いスキンヘッドの、人の良さそうな兄ちゃんが顔を覗かせた。
「ああ、やまけんさんも写真を撮られるのですね。恐縮です!」
む? ここはじいちゃんが主役なのか?それともこのあんちゃんが主役なのか?
答えは「両方」であったのだ。
ここ佐藤家は、おじいちゃんの信栄さんが奥さんと営む農家だが、数年前から孫である春樹君が会社仕事の傍ら、農作業を手伝うようになった。その頃からずんずんと在来作物の貴重さが見直されるようになり、再評価をえたことにより、春樹君はとうとう専業農家になることを決意。
この佐藤家に伝わる在来野菜は甚五右ェ門芋だけではない。東北で静かに伝えられている「さわのはな」という品種の米、勘次郎胡瓜というぶっといキュウリもある。この勘次郎キュウリ、写真をみるとどうもロシア系の黒いぼキュウリの血が入っているように思うが、苦味が無く爽やかな果実の香りがするという。うーむ非常に興味がある。来年のシーズンには食べに来たいと思う。
さわのはなについては写真のようにデザインした米袋で販売中だ。
それにしても春樹君、、実に好青年である。「あんまり褒めちゃいい気になるからダメ!」とノブさんから釘を刺されるけれども、いいじゃないかとてもいい取組だと思う。
だって、春樹君が継いでくれるということからか、信栄さんのこんな素敵な笑顔が炸裂するんだもの!
■オリンパスE-5 14-35mmf2.0 換算70mmF2.0で撮影
今年の人物写真のうち、笑顔部門のベストショットか?ありがとうございました、、、
「さて、じゃあまず甚五右ェ門芋の畑を観ていただきましょうか、、、」
と腰を上げかけたら、「いやもう揚げ物揚げてからダメだ!」と台所から声がかかる。おばあちゃんが腕をふるってくださっているのだ。ということでまずはいただきまーす!
甚五右ェ門芋の芋煮(手前)にコロッケ(奥)、そして原木なめこのダイコンおろし和えだ。
おおっと ここの芋煮は醤油味に豚肉か。内陸では牛肉+醤油味、沿岸部では豚肉+味噌味の芋煮が多いが、この辺はそれが混ざっているようだ。
「あんがい、お母さんが違う地域から嫁入りしている場合が多くて、そうなると折衷になったりするんですよ」
とのこと。
さて早速芋に箸をたてるが、、、驚いた!
すーっと箸がとおり、そしてとろりぃんと透明な粘質の液体がネチィッと伸びる。その透明な粘体を撮りたかったんだけどちょっと一人じゃ無理。里芋のヌメリ物質は、ガラクトンとムチンだというが、甚五右ェ門芋はその含量が非常に高いという。メモし忘れたけれども、たしか通常品種の二倍とか言ってたかな。それが実に納得できる粘体の量だった。
しかしなにより口に入れて驚愕。とろぉぉぉぉぉっと溶ける!それも正体なく溶けてしまうのではなく、その実体性をきちんと保ったまま溶けるというのだろうか、里芋の香りと風味をしっかり残しつつ溶けていくから、食べ応えが残るのだ。
またもう一つの特徴は純白さ。豚バラ肉から出た出汁と醤油の甘辛い煮汁が、里芋の周り3ミリ程度にしみこんでいるけれども、それ以降は真っ白。それも甚五右ェ門芋の特質だという。
芋の形状は片方が太った楕円形というのを最上とするそうだ。そして、地上部に近いところは日光が当たるのか、少し青みがかかった状態で収穫される。ジャガイモなら緑化した部分は毒素が生じるので生食用には適さないが、甚五右ェ門芋の場合は「青くなると特に柔らかくなる」そうである!
確かに、青みがかった芋は、周りの部分はしっかりした食感で、中身がトロンと柔らかい。なるほど、なるほど。
「このコロッケも、まずはお塩だけで食べてみてください」
コロッケを割ると、やっぱりトロトロ質の糸がねとぉぉぉぉおっと伸びる!その様が上の写真で見て取れるだろう。里芋をコロッケにしたものはつい数日前に愛媛県大洲市で食べたばかりだけれども、ネトネトの粘度についてはこちらのほうがすごい。美味しいコロッケだ、、、
そしてご飯は、例「さわのはな」という品種である。ササニシキと同時期に産まれ普及された品種だが、ササニシキの方が収量がよかったこともあり、だんだんと廃れてしまった品種だ。しかしその味には熱狂的なファンが居て、作り続けている農家も密かにいる。
確かにコシのような派手な香りや粘りはないが、逆にそれが和食によりそう味で素晴らしい。この品種を残そうという人たちが居るのがよくわかる。
これは親芋の天ぷら。
「里芋には親芋と子芋があることを知らない人も居るんですが、親芋が美味しいって言うのを知って欲しいんですよね、、、」
そう、里芋は栄養繁殖といって、種芋を植えるとそこから茎が伸びて地上部ができ、肥料分の吸収と光合成によって地下茎に養分をため、そして子芋を作り出す。でも、その基部となった親芋も大きく肥大し、美味しく食べることができるのだ。
親芋の食感はあまりネチネチせずしっかりしていて、火の通し方を短めにするとさくっとした歯触りとなる。これを塩でいただくのも佳い感じ。
ちなみに原木ナメコもまた最高のヌメ感と味と香り。と言ったら「お土産に持ってって!」とものすごい量が出てきてしまった、、、
いや、素晴らしい食卓!
春樹君のおばあちゃん、名料理人である。ごちそうさまでした!
畑に行く前に里芋の貯蔵・選別所へ。
こちらは親芋。
甚五右ェ門芋には「らしい形」があって、それはこのような形状だという。
なるほど、ころころ丸い里芋ではないのだね。いまが収穫の最終時期。運良く圃場を見ることができるのが有り難い。
おそらく元々は田圃だったと思われる場所。おじいちゃんに聴くと「甚五右ェ門芋は粘土質の赤土で栽培するのが一番うまくなる」とおっしゃっていた。やっぱり!僕の知る土もの生産者はみな粘土質の赤土がいい、というのだ。甚五右ェ門芋も同じであった!
地上部は通常の里芋と同じだ。「じゃあこれ、引っ張りますね!」
えいやー とう!っと引き抜くと、子芋がワラワラとついて掘り出されてきた。
その芋の形は、あの細長い形状だ。
「今年は割と芋の作柄が佳くて、子芋がたくさん着いてるんですよ。」
うん、そうだろうな。農業の師匠から僕も教わった。稲が不作の時はだいたい里芋は豊作になるから、両方植えておけよ、と。でもあまり芋類を喜んで食べない僕は聞き流していたが、、、こんな里芋が作れるのならちゃんと教わっておくべきだった!
僕らに持たせる親芋を収穫してきてくれたおじいちゃん。御年78とは思えない、実にしっかりした足取りである。
こういう篤農家(とくのうか)が全国で農業を支えてきた。そしてここ10年くらいで静かに消えていこうとしているわけだ。消えて欲しくない、と思うでしょう? そう思った春樹君が、じいちゃんの技術を受け継ごうと決意し、農業の道へと進むことになった。ぜひ邁進して欲しいと思う。
「じいちゃんも、子供には厳しくなるけど、孫だから優しく教えてるんだよ」とノブさんがにやりと笑う。そうだろうね。でもこんな孫、本当にじいちゃんばあちゃん孝行だな。ガンバレ春樹君。
この素晴らしき笑顔との出会いを感謝しつつ、次なる出会いに向けて圃場に別れを告げたのである。