さちの肉の話はまだ終わっていないのでした。さる一日、静岡県の富士宮市へ向かう。精肉店「さの萬」さんに、さちの肩ロース一本をドライエージングにしていただくため預けてあるのが仕上がってきたという連絡があったのだ。
ドライエージングとは、主に米国で行われている牛肉の熟成方法だ。牛肉は1週間以上熟成させなければうま味が出てこないわけだが、その熟成方法が違うことで風味も変わる。
そもそもそれについて話すには、日本での肉の熟成についての状況を知る必要がある。日本では、牛をと畜し部分肉にした後、真空パックで肉を密封した状態で何日か冷蔵しておくことで熟成をしている。これをウェットエージングという。おそらく水分が飛ばない方式だからだろう。
対して米国では、ウェットエージングもあるがもう一つ、真空パックに封入しないで空気に触れさせたまま、風の回る冷蔵庫内でそのまま吊したり置いておくことでそとがわがガビガビにする熟成方法がある。これをドライエージングという。外側のガビガビした部分を取り除くと、中はある種の菌の働きによって見事に熟成が進んでおり、アメリカ人が"beefy taste"と呼ぶ独特の風味、香りが生成される。
僕が以前勤めていたシンクタンクの後輩がいま米国にいるのだが、近所のホールフーズマーケットではドライエージドビーフのコーナーがあるそうだ。ちょっと引用。
やっぱり感心するのはdry aged beefのおいしさです.
ご存知だとは思いますが,アメリカだとちょっと気の利いたスーパーにいくと売っています.ホールフーズだと各店舗でエージングセラーを持っているところが多いようです.カットによってサーロイン,ローイン,ショートローイン等,4種類くらい準備してあって,どれを選ぶかも買い物の楽しみのひとつです.
肉売り場ではシャトーブリアンについでの高額商品なんですが,それでも1ポンド(=450g)が25ドルを超えることはありません.この凝縮した味,本当にたまりませんね.本当に"beefy taste"だとおもいます.きめが細かくて柔らかいので,包丁の入り方も違うようにおもいます.
このドライエージング、数年前までは日本ではほとんど行われてこなかった。おそらく、ガビガビを取った後の肉の歩留まりが30%以上悪くなる(つまり30%以上はすてなければならない)ということが最大のネック。牛肉が安価に位置づけられている米国と、牛肉がごちそうである日本の違いだろう。
もう一つは微生物の問題。米国には、肉の表面について熟成を促す菌が常在しているらしい。そしてその菌は日本では自然状態では着かないそうだ。だから、日本でドライエージングビーフ(DAB)にトライしてきた人もいるはずだが、失敗してきた人も多いはずだ。
「だったら、熟成肉に必要な菌を調べて、作り出してしまえ」
と考えた人が居る。それが「さの萬」の佐野社長だ。
今回、さちの肉の肩ロース一本分はDABにしようと思い、佐野さんに打診をしておいた。と畜解体の際に一本分は骨を外さないままにして富士宮へ送る。スターゼン三戸工場では「骨付きでの発送は前例がない」ということで当初は渋られたのだが、さの萬さんが骨付き肉を扱う許可を持っていることを説明して、了承をもらったのだ。
東京駅からの高速バスに乗って3時間、富士宮へ到着。最近僕がぞっこんの「神楽坂しゅうご」の広瀬シェフも一緒だ。
充実した店内には肉だけじゃなくて数々の惣菜も並ぶ。
精肉のショーケースをのぞくと、うわっと声が出てしまうほどのラインナップ。上段にモツ系のものが並んでいるが、豚モツ・牛モツの品揃えがすごい。しかも生!こんな店が近くにあったらなぁ、、、
「じゃあやまけんさん、肉をみますか?」
と、DAB専用の冷蔵庫に連れて行っていただく。ここから先は本当はあまり見せてくれない秘密の部分。
冷蔵庫内はごらんのようにスチールの棚があり、そこに骨付きロース一本をサラシに巻いておいておく。奥に扇風機が回っているのが見えるだろう。
「これがさちの肉です。なかなかいい仕上がりですよ」
薄暗い中ではよくわからないが、表面が見事にガビガビになっているのがわかる。こちらは、まだあたらしい肉。
通常は40日以上かけて熟成肉にする。さちの肉の場合、都合55日くらいは熟成したことになるだろう。さてこの肉塊を厨房に運んで、いよいよ解体だ!
(続く)