秋田県の由利本荘市を訪れることになった時、どこからそれを聴いたのか、にかほ市の土田牧場さんから「ぜひ足を伸ばして遊びにおいでよ」というお誘いをいただいた。
土田さんとはどこで出会ったのだっただろうか、、、たしか奥さんと、中央畜産会のイベントでお会いしたのではなかったっけ、など、最初の出会いがさだかでない。けれども、小糸言われて行かないわけにはいくまい。
しかも、だ。ここ土田牧場では、珍しいジャージー牛の肉をいただくことが出来るのである!事前に連絡すると、「今の時期は雪でお客さんもあまりいらっしゃらないので、焼肉の食べられるところもクローズしてるんですけど、やまけんさんが来てくれるなら開けます!」と言うお言葉。ありがたい、ということではせ参じたのである!
由利本荘のホテルに、しょっつるの諸井醸造所の諸井社長が来るまで迎えに来て下さる。
「ぜひ一緒に行きましょう!」ということで車を出して下さる。ありがとうございます!
これ2月の写真です。まだまだこんな雪に埋まる山でした。 本当仁山の頂上といった感じの場所で、夏にはさぞかし涼やかだろう!けれども冬は、、、すげえな、本当に!
土田牧場の皆さんと僕。左が土田ご夫妻で右側が息子さんご夫妻。ちなみに家族内でも、職場である牧場内では「父ちゃん、母ちゃん」ではなく「工場長」とか「牧場長」などと職名で呼び合っている。しばらく前から農業経営の世界でも、生業としての農業経営の中ではちゃんと「課長」とか「部長」とかを呼称とするというのが流行ってきているのだけど、目の前でそれがやられているとなんだか観ていてくすぐったい感じだ。
「工場長がいまチーズ工房にいるので、呼んできますね。あ、牧場長、ちょっと工場長に連絡してくれます?」って感じ。
工場長! 絵に描いたようにパワフルなひとだ。この牧場ではジャージー牛のみを飼っているのだが、流行でやっているわけじゃない。この国におけるジャージー牛黎明期からずっと続けている方なのだ。
明治後期から昭和にかけてはこの国にとって未曾有の家畜改良のシーズンで、特に牛については海外から様々な品種を導入し、日本に在来していた牛に掛け合わせたりして新しい用途に向く牛を造成していた。黒毛和牛や短角和牛といった「和牛」が成立する昭和30年代であり、まだまだ歴史は浅い。
で、明治期にはすでに日本に上陸を果たしていたジャージー牛もこのころに国の事業があり、ドカンとまとまって海外から導入された。昭和20~30年代は物資欠乏と国民の栄養状態向上への渇望があったため、少しでも乳脂肪分の高い品種が有望視されていたらしく、ジャージーの生乳は当初、ホルスタインのそれよりも高く買い取られていたらしい。ただ、ホルスタインのほうが圧倒的に乳量が多いため、その後は評価が低くなっていく。
そもそもジャージー種は小柄で腰高、つまり山岳地帯で放牧して飼うのに向いている牛だ。そこに生産性を求めるのはちょっと酷な話である。第一、いまや牛乳は余っている。みんな飲まないんだから。そんな中で重要なのは「どういう味の牛乳なのか、どういう育て方をしているのか」ということだろう。
土田牧場は鳥海山にあるが、ここは昭和30年代に国の事業でジャージー牛を導入した農家が多くいる地帯だ。同じく国の事業でジャージーを大量導入した岡山の蒜山高原と同じような立場と思えばいいだろう。土田さんはご両親が導入したジャージーをひきついで、農場も新しく取得しリニューアルして、今の経営を築き上げてきた。
正直、話をきいていてビックリしてしまった。やってることが無茶苦茶に幅広いのに、それをほとんど家族だけ(繁忙期にはあと二人を雇用)で回しているのだ!
「うちはね、ジャージーが180頭くらい。その生乳絞って、殺菌も自分たちでやって直接販売して、チーズも俺が作って、あとジャージーの肉も肥育してるんだよね。いろいろやることがあるんだよ!」
なんと、自分たちで肥育までやっている!
ちなみに識らない人も多いと思うが、乳用に飼う牛は、メスだけが乳を出すので、オスが生まれてきたらすぐに去勢して肉牛に回す。しかし通常は市場に出荷し、肉牛肥育を行う農家に買われていく。酪農経営と肉牛肥育経営はまったく違うから、同一経営体内で(しかもこんなに小さな経営体!)やっているとは驚きだ。ジャージー種は肉牛としては特殊すぎて、よい市場価格がつかないのかも知れない。
それに、ジャージーのチーズやソフトクリーム、焼肉を食べさせる施設まで運営するのだ!もう本当に独立型酪農経営の鏡と言っていいだろう。
さてまず息子さんの浩治さんに、牛を見せていただく。
「いまはご覧の通り雪が積もってるんで、放牧はしてないんですよ。」
うんそれはわかるよー、 すげー雪だもん!
ここが搾乳場。この奥にジャージーたちが居るのである。牛舎に通じる扉を開けた途端に、人なつっこくて好奇心旺盛なジャージーちゃん達が「ん? なに?誰?誰誰誰誰誰誰?識らない人がいるよーーーーーーー!」と殺到!
ええいっ!
ほんと、ジャージーとブラウンスイスは人なつっこい牛だ。
土田君と色々話す。彼らは昔からジャージーを飼っている(というより生まれてすぐジャージーのそばで育っているわけだ)ので、この品種の牛の生理がよくわかっている。
その観点から見ると、最近いろんなところで出てくる山地酪農にも、中には「これは牛の健康度合いを損ねているだろう」というようなものも散見されるそうだ。有名な山地に視察に行って牛の状態をみると、経営者本人がいうことと健康状態が全く違うということがかなりあるようだ。
「じゃあ、僕はこれから牛の世話があるので、工場長が対応します!」
と牛舎で分かれ、今度はチーズ工房へ。
うーん この親子、そっくりだ(笑) 話し方や意気込みまで似てる。DNAってスゴイ、、、
土田牧場の牛乳は殺菌工程からボトリングまで自分で行っている。もちろん味を損ねない低温殺菌。
後日送っていただいたこのミルクを、行きつけのコーヒー屋であるカフェ・デザール・ピコのマスターにあげたら、すごく気に入ってくれて、速攻で注文してくれたらしい。
「まあ、飲んでよ」
と、ハイシーズンにはお客さんをいれる牧場内のレストランで、試飲させていただく。
正直、ジャージーの牛乳はベタベタと乳脂肪分が多すぎて好きじゃないんだけど、ここのはスッキリした味で美味しくいただける。
「これもたべてよ、できたてのチーズ。旨いよ!」
おおおおおっ こいつぁ 美味しい! いわゆる「裂ける」チーズ。適度な酸味、深いコク。つまんでいると指にしっとり乳脂が滲む。
「これをトーストにしたやつが美味しくて、うちの看板メニューなんだよ。あとで作るから。でもまあそれよりまずは肉だな! ジャージー牛の肉、用意したから食べてってよ!」
やった! これを楽しみにしてたんだ!
じゃーん!これがジャージー牛の肉だ。ここでは自分のところで肥育したジャージーを食肉センターでと畜し、部分肉になったものをスライス加工して冷凍にかけておくようだ。
とてもよい肉ですな。脂肪の黄色みに注目。乾草など粗飼料を一杯食べさせて健康的に育てているのがわかる。その割に粗めのサシがけっこう入っているので、肉として食べて美味しいのではないか、と期待してしまう。
これを焼くのは、炭の粉を固めたいわば炭板。素材が炭だから、ガス火で下から炙ると遠赤外線を輻射してくれるのだろう、よく焼ける。
うん、佳い赤身肉! 焼き上がったのを塩のみでいただくと、なんともマイルドな、やっぱりミルキーといってよい丸いふくよかな味の牛肉だ。黒毛のようなブワッとくる香りではなく、まろやかな香り。そして非常に凝縮された旨味が詰まっている。十分な期間を肥育して、肉自身が熟成した印象をうける。
特製のタレにつけたら ハイ、白飯ガンガン行っちゃいます!
「やまけんちゃん、あのさ、いつもあるとは限らないんだけど、ヒレを用意してあるからさ!絶品だからくってみてよ」
真ん中のやや厚めのものがヒレ肉だ。ヒレはほんとに一頭から獲れる量が小さいから貴重な肉だ。しかも、赤身部分の味の違いはよくわかる部位とも言える。
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
こ、これはうめぇええええええええええええええええええええええ!
柔らかな、唇で噛み切れてしまいそうなくらいに柔らかな肉の繊維から、しっとり落ち着いた肉汁が染み出る。ロースやバラといった部位よりももっと凝縮されたミルキーな香りが口中に満ちる!
すげー旨い肉じゃないか!
「これはねぇ、レストランのシェフとかからも『欲しい!』っていわれるんだけどね、なにせ量が少ないから無理なんだよなぁ」
ということは、たまたまと畜解体したばかりの時にこの牧場を訪れたひとしか食べられないということか!?うーん これは忘れ得ない味になりました。
「じゃ、喫茶室に移動しよう!チーズトーストが出来てるはずだから!」
ここがチーズや生乳、ヨーグルトの販売をしているスペース。奥様が切り盛りしている。
ここでしか食べられないのが、くだんのチーズトースト。こいつがまた絶品なのだ。
「なーんも手を加えてないよ。厚めのパンにさっきのチーズ乗せて焼いただけ。」
でも、これがこの牧場でいちばんに近い人気を呼ぶメニューらしい!
えー これ、ヤバイ美味しさです。焼けたチーズって本当に美味しいね、、、もう草としか言えない。チーズに焼き目を入れるため、他の部分が焦げないようにホイルで覆っているのがミソ。いや、これはホントに素晴らしい。
それにしても、家族中心の経営で、生乳生産と肉牛生産、牛乳とヨーグルト・チーズの加工と販売、焼肉レストランの経営とあらゆる事業を自分たちで行っている土田牧場、スゴイ。しかも心からすばらしいと思うのが、一人一人の顔が活き活きと明るい!
東京から嫁いだ嫁さんからして、顔から幸福と希望がこぼれている。このとおり後継者(?)候補もすくすくと育っている。
日本の酪農はほんとうに転換点を迎えているのだけれども、一つの方向としてあるのは、こうした「ぜーんぶ酪農家がやる」方式の経営だろう。野菜などと違って乳製品には牛乳からチーズ、スイーツまで幅広い。ここのように肉までやれば最後まで行けるという感じだ。ただし、それをやりきるのは本当に大変なこと。土田牧場は夏のハイシーズンは客がひっきりなしに訪れるようだが、それは高いレベルのアウトプットを出しているからだ。
このような志の高い経営は、正直言って株式会社よりも家族経営をベースにした経営の方がうまくいくものだと僕は思っている。市場原理に揉まれ効率を追求しなければならない経営体が、佳き志を貫徹できるものだろうか。しかし家族というまとまりは最初から、家族であるという倫理と志のモチベーションを内包しうる(全ての家族が、とはいわないけれど)。
そんな、僕が常々考えていることを裏付けてくれるような素晴らしい牧場だった。
土田牧場の皆さん、どうもありがとうございました!
あ、最後に一言。
詳しくは書かなかったけど、この牧場のヨーグルトは他のものとは一線を画すものだった。それについて僕はあまり知識がないので書けないけれども、、、関心のあるひとは、雪解けを迎えるこれから、ぜひ土田牧場に足を運んでいただきたい。
仁賀保高原、また再訪したい場所である。