じゃこカツという食べ物をご存じだろうか?最近、首都圏のテレビでも扱われているらしいので知っている人もいるだろう。愛媛県の主に南の方で愛されている「じゃこ天」のすり身に衣を着けて揚げたものと考えるのが普通だけど、でも文法が微妙に違う。
初めてじゃこカツを食べたときはぶったまげた。 う、旨いじゃないか!ということなのだけど、じゃこ天が持っているクセやとっつきにくさがまったくなかったのだ。
愛媛県の南予地域のじゃこ天は、ハランボ、ホタルジャコと呼ばれる宇和海特有の魚種を使ったすり身揚げだ。特徴は、頭や内臓をとったものを骨ごとすり身にすることだろうか。だから骨のかけらがザリッと歯に当たったりするのが愉しい食感になっているのだけど、それが取っつきにくさになってもいる。また、揚げたては膨張してふんわりとした食感なのだが、冷えると収縮してミシッと凝集した状態になり、食感がハードになる。おそらく県外から来た人の評価は分かれるだろう。
そのじゃこ天の持つ取っつきにくさを全くなくし、ユニバーサルに愛される魚食(ぎょしょく)界のニュースターとなりうるのがじゃこカツなのではないか、と思うのだ。
「そう、じゃこカツはこれからまだまだ伸びますよ!」
と確信に満ちた声を出すのが、大洲市に工場を構える「城本食品」の城本社長だ。
今回、 市の方々が別件で訪ねていたところ、城本社長が「やまけんさんにもぜひ食べに来て欲しい」と言ってくださったようで、急遽招集がかかり行ってきた。
いや、お会いできてよかった! わりと外への攻め口が見えてこない愛媛の食品群の中で、こいつは期待できると盛り上がったのだ。
「うちは冷凍食品の分野で勝負をしています。伝統的なじゃこ天製造をしてきたわけじゃないので、じゃこ天商品についても南予の考え方ではなく、どうやったら県外の人に向けて食べてもらえるかを考えました」
社長と同い年の開発部長さんとともに開発したじゃこ天は、「県内では評価されない味、だけど県外の人たちに喜んでいただける味」だという。
それがこれだ。
ふぅむ、比較対象品がなかったので単なる印象になるけど、すり身が全くじゃりじゃりしていない。原料を石臼挽きしているらしいが、非常に細かくなるように目の調整をしているのだろう。それだけじゃなく、伝統的なじゃこ天からはグアッとたちのぼってくる魚の香りが非常に押さえられている。
「そうなんです、なにかは言えませんが匂いをマスキングするように他の材料をつかっているんです。」
このじゃこ天、県内のじゃこ天業者が集まる会で出品したところ、けちょんけちょんにけなされたという。
「あんたら、じゃこ天の造り方しらんの?」
「これ、愛媛のじゃこ天と違うよ」
とまで言われたらしい。でも、城本社長は心の中でこう呟いていたそうだ。
「愛媛県内でしか通用しないじゃこ天を造ったんじゃないんだ。うちのは、県外に通用するじゃこ天を造ったんだ。愛媛の人にわかるはずがない」
と。
そして結果、県外向けのじゃこ天販売ではトップの位置にいるという。
「とある生協さんむけに出荷していますが、お客様のご要望をきいて味に改良をかけていくうちにこういう味になったんです。取引量は当初からは考えられないボリュームになってます。」
そのじゃこ天から、じゃこカツの世界へと進化したわけである。
「うちは直営の飲食店を持ってまして、そこでずっとこのじゃこカツを出してきました。社長の私の名前をとって”嘉っちゃん本舗”と言うんですが、、、最初は県内のイベントにフライヤーを持参して対面販売で宣伝してましたが、これが一昨年辺りから火がつき始めて、ものすごいブームになったんです。」
そう、じゃこカツは近年まれにみるビッグヒット魚食商品として愛媛県内で愛されている。その源流のひとつがここ城本食品というわけだ。
楕円形のじゃこカツを想像していたら、城本食品のそれは長方形だった。これ、冷凍品です。城本食品はこのじゃこカツを、冷凍食品として外販することを最初からめざしていたのだ。
「いまよくあるじゃこカツは、すり身にパン粉を着けたものを持参して、フライヤーで揚げたてを食べてもらうというものです。これを家庭でも試して欲しいので、衣着きの冷凍にこだわりました。冷凍でこの味を出すにはいくつもノウハウがあって、難しいです。おそらくうちにしかできないと思います」
で、いただきました。
食感がとってもふんわり!じゃこカツとじゃこ天の大きな違いは、この食感にあって、じゃこ天はすり身をそのまま揚げるので、外側のタンパク質が加熱によっていわば焼き目の着いた状態になり、アミノ・カルボニル反応だろうか、堅くなり独特の香りが発生する。それが好きな人にはいいのだが、とっつきにくさにもなってしまうのだ。
けれどもじゃこカツのように衣をまとうことによって、すり身の外も中もふんわりしたまま加熱される。タンパク質の変異もない。それにしても城本食品のじゃこカツの空気の含み方は尋常ではなく、ふんわり感が他のものより強い。
「仰るとおり!実はそこんとこが重要なんです。なぜかは言えないんですが、、、」
と社長が嬉しそうに教えてくれた。そう、なんか絶妙な食感なのですよ。すり身がぼそっとなっているのではなく、滑らかに繊維のようなまとまりになっている。
そうそう、じゃこ天とじゃこカツの大きな違いは、すり身に野菜が入っていることだ。にんじんやタマネギといったみじん切り野菜が入ることで、甘く香りもよくなる。じゃこ天に野菜のはいった、いわゆる「野菜天」もあるが、それとは全然違うのである。
「我々は造るのは得意なんですが、あとは売り方がようわからんのですよ、、、いま、工場の増床をしていて、ようやく機械も入れるんですが、、、」
え? いままで手作業ですか?
「そうなんですわ、手作業だったんですよ。さすがにこれはもうパンクするということで機械を入れます。でも、今のやり方からすると、機械を入れた方が旨くなるはずなんです。」
そうなると月産枚数が多くなるので、積極的な外販ができることになる。宮崎県のフーデリーあたりではこれ、受けるんじゃないの?武虎君。
「でもね、うちで嬉しいのは、社員がみんな愉しんでるんですわ。最初、どうやったら社員のみんなが幸せかと考えたんですが、それは自分たちが好きだと言えるものを商品化するってことだと思ったんです。だから社員の意見はどんどん採り入れます。そしたらみんなの顔がぱぁっと明るくなってきたんですよ。」
と社長の言うとおり、他の社員さんの顔が非常に明るく、礼儀正しく僕らを迎えてくれている。増床・増産そして取引量が増大していく中でも、この雰囲気を維持していただきたいものだ。
ちなみにこれは宇和海の名物であるタコやじゃこ、この辺の栗や鶏肉をつかったちまき製品だ。
これはわりと高級ラインとして、進物用の通販に使われているらしい。
意欲的な取り組みを続ける城本食品。ぜひじゃこカツで新天地を切り開いていただきたいと思う。
ともあれ、じゃこカツは全国的に食べて欲しい新・魚食料理である。日本人は魚文化というのはもう過去の話で、スーパーに並ぶのは限られた魚種になってしまった。本当はもっともっと細かな魚、つまり雑魚を食べる文化があったにもかかわらず、流通合理化の中でビジネスの俎上に乗るものだけが選ばれ流通しているのが現状だ。
しかし、じゃこカツはそうした雑魚を活用するいい料理法だ。雑魚のすり身製品は全国どこにでもあるが、そのほとんどが素揚げしたいわゆる「天ぷら」。それがフライになるだけでこれだけ違うかと驚くばかりだ。
僕はじゃこカツに期待する。関心のあるひとはぜひ、城本食品の通販で買い求めて、自宅で揚げて欲しい。その際は、揚げたてをまず何もつけずに一枚食べて欲しい。あげたてのじゃこカツは、そのままでむちゃくちゃに旨いのである。