実は大学生の頃、パン焼きが大好きだった。中古の電気オーブンを友人からただでもらってから、かなりの回数、パンを焼いていた。きっかけは、当時好きだった女の子が「私パンが好きなの~炊飯器も持ってないのよ」というのでそうかそうかじゃあ俺がということが始まりだったのだけど(笑)、その後、パン作りの深淵にどんどんはまってしまったのだ。最初はイーストで粉はカメリヤだったけれども、大学の教授でもありコンピュータグラフィックアーティストでもあり僕の畑サークルの顧問でもあった藤幡正樹さんの奥様の天然酵母パンを食べて、ガツンとショックを受けた。とんでもなく旨いのだ。彼女はホシノの酵母を使っていたと思うけれども、発酵にも気を配り焼きもきっちりだったので、それはもうお店のパンのような完成度だった。
僕はと言えば、最終的には当時は入手経路が限られていたオーガニックの全粒粉を1割程度と国産の強力粉を使い、ホシノの酵母、バター、塩、粗糖という布陣での焼きに行き着いた。ただしかなりの手抜きで、夜にでかいボウルで捏ねた後、冷蔵庫にいれてそのまま眠る。朝、大々的にふくらんだのをパンチングしてガス抜きをし、二次発酵はしないで3玉に分割し、食パン型に入れてしばらくベンチタイムの後に焼き上げるという超・手抜きパンだった。それでもまあ食える味にはなった。148円で売ってる大手パンメーカーの、原材料の一括表示欄に「これは本当に食品なのか!?」と声を上げそうなくらいに添加物が行列する食パンよりはよっぽど旨いと思いながら食っていた。
卒業後、会社の寮に入ったのでオーブンは手放した。その後も、僕の家にはオーブンレンジしかないので、食パンは焼いてない。そもそも、食べたいと思う食パンがあまりないので、我が家では嫁さんがたまに買ってくるパンくらいしか存在していなかった。
最近ではパンの世界も多様化していて、技術的にも素材的にも相当にこだわりのある人達が多いようだから、パンを語るつもりはまったくない。けれども、なかなかに心打たれるパンに出会ったので一筆。
藤花(とうか)という、オンラインのパン屋さんがある。齋藤利恵子さんという型が秋田県の湯沢で営む小さな規模のパン屋だ。きっかけはこれまた大学時代の同期の友人が、
「涙が出てくるような味の、身体に優しい高品質なパンなのよ」
と教えてくれたことだ。
■藤花
http://shop.syokupan-tohka.com/
Webの会社紹介をみればわかるが、材料は全て理由があって納得できるものばかりだ。
小麦粉は国産の「ゆきちから」。北海道以外の都府県で栽培されている品種だ。そして酵母は、レーズンから培養した自家培養酵母。砂糖はてんさい糖に塩、地元湯沢の低温殺菌牛乳、そしてモルトとバター。
これだけだと何がこだわっているのかわからないひともいるだろうけれども、ひとつひとつに理由がある。バターを使わないのはおそらくショートニング等に含まれるトランス脂肪酸に配慮してのことだろうし、テンサイ糖とサトウキビ糖では風味が変わる。そして、やはり自家製酵母でやっているところだろうか。
天然酵母にもいろいろあって、一般的には粉末状にされたものを買って家で水やスターターを加えて加温し、酵母をめざめさせて使う。けれども、こうした方式の酵母には「天然」といいつつ、いろんな添加物を使用していることが多い。僕はそうした天然酵母のユーザーでもあったので、まあいいじゃん美味しければと思っていたけれども、実際にどういう物質が添加されているかというのを観たときには「ゲッ まじで?」と思ったものだ。まあ、酵母は培養していくものだから、量的には希釈され微々たるものになるので問題はないと思うが、化学物質に対して過敏になる体質の人もいることだし、問題として重大ではある。
で、藤花の齋藤さんのパンは、天然酵母をレーズンからおこしている。レーズンといっても黒っぽいやつではなくて、オイルコーティングしていないグリーンのものだ。これを水に漬けておくとある時点からブドウの周りに付いた野生の酵母がぶくぶくと起きてくる。そこに餌となる小麦粉とかを加えて温度管理をすると、にちょーっとネトネト伸びる天然酵母になる。ま、それは初心者のやり方だけど、これをきちんとやって培養して酵母にしているのだろう。僕ももちろんやっていた。ブドウだけじゃなくて山芋とかニンジンからも作ったことがある。
けれどもね、、、 僕のレシピのせいかもしれないけど、あんまり美味しいパンにならなかったのだ。だから僕は、市販されているホシノ酵母をよく使っていた。美味しい天然由来の酵母ができればそっちを使いたいけどね、、、と思いながら。
まあここまで書けば藤花のパンがどうだったかというのは想像つくだろうけど、ブドウ酵母を使っていて、とっても美味しいのだ!
食パンは、バターを使った通常のものと、奥にあるのが全粒粉パンかとおもったらさにあらず、焙煎した小麦胚芽と亜麻仁(アマニ)を使ったものだ。 パッケージに書かれている原材料名をみて欲しい。二行で簡潔に終了。これがパンだよなぁ。
ベーグルも二種。プレーンとカフェオレ。カフェオレベーグルが意外にもとってもいいお味だった。コーヒー豆についてもかなり厳選されているようだ。
で、食パン。
ご覧いただければおわかりの通り、断面のきめの細かさ、均一性がとても素晴らしい。
僕にはこんな食パンは逆立ちしても焼けない。そしてお味は、本当に華美なものを削ぎ落としたシンプルなもの。でも、発酵の香りがプワンと美しく立ちのぼる。胚芽とアマニ入りのパンは風味とこくがあり、個性の強いおかずを挟んだサンドイッチにするとイケルはずだ。
僕の友人が「優しいパン」というのがよーくわかった。そして、大手メーカーの、さまざまな油脂や添加物が入った食パンに慣れているひとからすると「物足りない」と思うかもな、とも感じた。それほどまでにいま市販されている大手の食パンは人工的な味だからだ。
僕の母校である自由の森学園高校の食堂でも、天然酵母のパンを毎日焼いている。そのパンの味も、実に実直でシンプル。それを食べつけていたら、おそらく大手のパンは気持ち悪い味に感じるのだろうなと思う。そんなことを思いながら、久しぶりに食パンを食べた。
もっとも、僕はたまにジャンキーなものを思いっきり食べたくなる性分であり、事務所で仕事が詰まってくると、コンビニでランチパックのコロッケ&玉子とか買ってきてわさわさと食べてしまう。とことん人工的な味のパンも実は好きだったりする。けれどもさすがに、家では喰わん。家できちんと食事として食べるなら、こういう食パンが食べたい。そう思えるパンに久しぶりに出会った気がするのである。
教えてくれてありがとうね、廣瀬。