このブログでもかなり採り上げさせていただいた、島根県の木次乳業。パスチャライズ牛乳のパイオニア企業である。そして、牛舎でつなぎ飼いするのではなく、牛を山に放牧し草を中心に食べさせる「山地酪農」の取り組みを行う乳業メーカーでもある。
木次の山地酪農の特徴としては、牛にブラウンスイス種という乳用種をつかっていることだ。ブラウンスイスはヨーロッパで育成された品種で、乳糖を多く含む生乳ができ、そうするとチーズに向くのである。だから国内でもブラウンスイスを飼っているところはチーズ工房もやっているということが多い。
で、今回なんで木次にいったかというと、親友の津田君が「牛を放牧で飼いたい、できれば木次さんのブラウンスイスを」という依頼があったからである。
津田君は和歌山の有田でみかんの生産者団体を率いているが、地域の耕作放棄地が荒れるのを食い止めるために、牛を飼いたいという。実は全国的に、耕作放棄地が荒れるのを止めるために牛を放牧することは有効であるという事例が続出している。牛は繁茂している草を食べきり、景観を創り出してくれるのだ。
木次乳業の佐藤社長につないだところ、「ああ、普通はよそへ売ったりはせんけど、いいですよ」とご快諾いただき、晴れて面通しの日である。そしたら、呼んでもいないのに岡山県の高梁市から、これまた親友の徳田君が3人で来るという。なんでかというと、この徳田君のグループは先んじて牛の放牧事業に乗り出している。しかもなんと短角牛が欲しいというので、岩手県二戸市の杉澤君につないで、見事10頭の短角牛を導入。すでに3頭の子牛が生まれているのである。しかも、みるみるうちに景観が回復。荒れ果てた耕作放棄地がみるみるうちに綺麗になることで、地域の人たちの反応が変わってきているという。
本来、牛は放牧させて育てるものだった。はえている草を食べるから、あっさりした乳を出すし、肉もあっさりしたものだった。それを牛舎に押し込め、高カロリーのデントコーンなどの濃厚飼料を食わせることで、泌乳量や肉のサシを増やし、おかしな畜産物を創り出してきたわけだ。日本の耕地面積は狭いけれども、未利用高知が沢山ある。そこは放牧に供してまずいことはない。
さて 木次乳業の佐藤社長は相変わらず話の早い方だった。
「時間がないけん、すぐに牧場に行こうか。 あっと お茶が出てくるんだった。お茶一杯飲んで。あ、チーズが出てきたか。」
チーズをわらわらと食っていると、食い終わらないうちに「じゃあ行こう」と腰を上げる。出雲人はせっかちである(笑)
車に分乗するとき、木次乳業の営業者にプリントしてあるのをみて、津田君が大声を上げる。
「これみてよ、『赤ちゃんには母乳を』だって! 牛乳の会社だから、赤ちゃんにもうちの牛乳はいいよ、っていうのが普通だろうに、この会社はスゴイよ!」
実は津田家は僕の本を読んでくれたのち、木次乳業の製品を和歌山県内のスーパーで取り扱っているのを探してきて、それ以来ずっと買い続けているという。
「うちの子供はもう、木次以外のは飲まないよ、味がわかるんだね。こないだうちの親戚が集まったときにも牛乳の味が違うっていう話をしたら信じないから、色んな銘柄のを買ってきてブラインドで飲ませてみたんだよ。そしたら最後に「これがいい」ってのこったのはやっぱり木次だった。」
そう、飲めばわかる。パスチャライズ牛乳は、身体にいいとかじゃなくて味がいいのだ。
さて木次乳業本社から数キロ、木次が展開している「食の杜」へ。
5haほどの敷地内にはワイナリーを中心に、レストラン、豆腐工房、パン工房などが展開されている。
いま、農業法人などがこうした飲食を核にした複合施設の経営をしているケースが多い。以前、金沢で足を運んだぶどうの木もそうだが、農家の団体が経営しているとは思えないケースも多々ある。そうしたところが、しばらく前まではトントンと言った経営状態だったのが、ここしばらくはかなりいい状態になっているという話を聴く。
時代が荒れてきて、やはり生産者自身の匂いがするところを消費者が選ぶようになってきているのだろうか。
ご飯美味しかった!実はこのランチプレートのかなりの食材が「食の杜」で生産されている。説明がないとすらっと見落としそうだが、すごいことである。野菜や果物、米といった農産物だけではなく、畜産物があると一気に食卓が豊かになるのだ。
ごちそうさまの後、一瞬だけ山地酪農をしている日登牧場へ寄る。あいにく放牧から牛舎に戻っているところだったので、ここはスルー。
「さて、それじゃ山に行きましょう」
そこから小一時間。
島根県は奥出雲町のほんとうに端っこ、広島との県境にある八川の道の駅「奥出雲おろちループ」に「観光牧場」という看板がある。
この「観光牧場」の看板のあたりがまさに牧場。目をこらすと牛が動いているのがわかった。
ここは木次乳業が運営する牧場ではなく、北海道で放牧酪農をしていた成瀬悟さんが一家で移り住んで営む農場だ。面積はざっと20ha。濃厚飼料は一切やらず、粗飼料のみで牛を飼っている。
ブラウンスイスだけではなく黒毛やF1もいる。成瀬さんは北海道では弟子屈にて短角牛の生産もしており、しばらく前まではこの牧場にも短角がいたそうである。
津田君と、現場担当者の上田君が成瀬さんの話に聞き入る。
「餌は草だけだと栄養価が足りなくなるんで、一番いいのはみかんのジュース絞りかすとか、醤油かすも与えることなんです。」
という言葉に「おおっ!」となる。彼らはみかんの生産者団体で、ジュースかすはいまお金を出して引き取ってもらっている状態らしい。また和歌山は醤油の大産地。期せずして条件が揃っている!
さて「観光牧場」のどでかい看板の後ろにいるのが、候補となるブラウンスイス種だということでみにいった。
以降、また牛写真集です。
ブラウンスイスは実に人なつこい。土佐あかうしのことを書いたときに、あかうしは人なつこいので飼いやすいという話があったと思うが、ブラウンスイスも双璧をなすかもしれない。
ちなみに津田君のところでは一頭だけ購入しようと考えていたのだけど、佐藤社長がいうには
「牛は寂しがりやだから、一頭だけだと脱走したり、病気になってしまう。可愛そうだけん、そんなに高くないし、二頭飼いなさいや」
ということだった。成瀬さんもうなずく。牛は団体行動をする動物であり、決して孤独を愛さないらしい。津田君のところも最低限二頭を飼うことで進みそうだ。
本当にこの子たちは、カメラのレンズに鼻を押しつけてくる。フードをつけておいてよかった、、、(笑)
土佐あかうしの放牧写真と同じように、またもや至近距離である。ブラウンスイスの子達はあのときほど緊迫はしない。去勢牛だから子供もいないしね。それにしても眼がかわいい。
はあ、堪能しました。
やっぱり牛はいい、、、本当に佳い。
それにしても成瀬さんの経営はじつに忍耐のいる営みだ。放牧牛の肉は通常ルートではサシが少なく、肉の量も少ないから、買いたたかれてしまう。よくぞやっておられると思う。
さて、津田君はこの子達のオーナーになるのだろうか?楽しみである。
さて実は道の駅「奥出雲おろちループ」の向かい側にある小さい小屋にて、この放牧牛乳を使ったアイスクリームを食べられる店がある。
山地酪農牛乳やその製品をはじめて飲んだり食べたりする人が一様に言うのが、
「きっと濃厚で美味しいんでしょうね!」
ということ。でも、それは間違いだ。山に放って草を食べさせたものは、ごくあっさりとした牛乳になる。それはそうだ、濃厚な餌を与えていないんだもの。だからあっさり、さっぱりした味わいになる。
元来、濃厚なものはハレの日のご馳走である。そんなのを毎日飲む必要はない。いまの日本は毎日がハレの食卓になってしまっているのが問題でもある。米も肉も麺も牛乳も野菜も、インパクトのある、甘い、ねっとりした、コクのあるものがいいとされる。でもそんなのが全てになってしまったら食文化の崩壊だ。
ほんものはあっさり、軽い。
それが真実だと思う。
成瀬さんの奥様。
「でもね、ほんっとうに、やってくの大変ですよ。」
うーん そう思う。本当に本当に大変なことをやっておられると思う。だから、道の駅「奥出雲おろちループ」を通る人は、一瞬足を止めて牛乳を飲み、そしてアイスクリームを食べて一休みして欲しい。お願いすれば山地放牧も見せていただけるはずだ。そうして可愛いブラウンスイスに出会えば、畜産について考える一歩となるはずである。
貴重な体験をさせていただいた、木次乳業の佐藤社長、そして成瀬さんに深く感謝します。ありがとうございました!