昨年後半、不動産大手であるアーバンコーポレーションが経営破綻したというニュースは、実は飲食店業界にも少なからず影響があった。同社がオーナーになったり、物件を貸したりしていたレストランがかなりあったのだ。アラン・デュカスグループのレストランであるブノワもその一つだった。
ブノワは、なんと支配人を務めるKさんが僕のブログの読者(本まで買ってくれている)で、これまで数回、オフ会に参加していることもあって、何回か食べにいかせていただいたのは、過去ログにもあるとおりだ。
そのブノワにあのケイ・コジマシェフが着任するという報を聞いて、「おおおっいよいよか!」と思って楽しみにしていた。
辻調理学校の小山先生の引き合わせもあって、ADF+Tsujiというハイクオリティなクッキングスクールで、ケイ・コジマシェフの妙技と、求道者のように素材と料理に向き合う姿に感銘を受けていたのだ。
■2006年12月07日
ADF+TSUJI・三ッ星レストランの料理学校を体験したゾ! そこにはあまりに緻密・精妙な世界がひろがっていたのだ。
https://www.yamaken.org/mt/kuidaore/archives/2006/12/adf.html
そんな中に、アーバンコーポの一件があり、なんとブノワが閉店という連絡を受けた。青天の霹靂とはこういうことか。あまりの成り行きに唖然としてしまった。まったく飲食店業界は恐ろしい世界だ、と。
しかし、
そんな中でK支配人は「でも、これだけの店ですから、このまま潰してしまうのは本当にもったいない。私は最後まで、新しい引き受け手が見つからないか、奔走するつもりです」とネバーギブアップ精神を僕に告げたのだ。
そして、、、
ブノワは新しい経営体制になり、よみがえった!
もちろんシェフはケイ・コジマ氏である。
満を持して、彼の料理を味わうために店に伺った。
ちなみに写真は前回と同じく、テーブルに運ぶ前に、特別にスタッフルームの端に入れてもらい、ストロボを使って撮影させてもらっている。K支配人との関係の賜である。ありがとうございます、、、
■Pisaladiere ピサラディエール
ニース風のタマネギピッツァとも言うべきピサラディエール、生地にタマネギペーストの旨味がジュジュッと染み出ていて、ウェットで無茶苦茶に美味しい。実はこの日、体調が万全ではなかった。最後まで食べられるかなぁ、と心配だったのだが、そんなの全く無用だった!この一口でいきなり食欲が喚起され、内臓がリセットされてすっきりしたのである!
■SALADE DE HOMARD, radicchio,vinaigrette à la truffe noire
オマール海老のサラダ ラディッキオとアーティチョーク 黒トリュフのヴィネグレット
ペリゴール種のトリュフ入りのヴィネグレットソースをちりばめたオマール。
オマールの火入れがギリギリで絶品である。残念だったのは、体調が今ひとつだったせいで、トリュフの香りがそれほど感じられなかったことだ。ああ、もったいない、、、
ちなみに、この店の野菜の多くが長島農園の勝美君の手によるものだ。ケイ・コジマシェフはかなりの頻度で長島農園に足を運んでいる。ちかじかその辺の話が、テレビの密着取材で放映されるようだ。
■RISOTTO DE POTIRON et oignons caramélisés
クルジュのリゾット オニオンのキャラメリゼ
結果的に今回最もガッツリ美味しくいただいたのがこの一皿。芯の残り方がこれまた絶妙なチーズリゾットに、こゆいソースがかかって贅沢な味わい。それにアクセントを添えているのが、まるで大根のおでんのように半月状に横たわる野菜だ。
これ、実はかぼちゃである。
かぼちゃとはいってもペポカボチャの種類だ。かぼちゃにはポクポクとした食感で甘い西洋かぼちゃ、 甘くなくてさっくりした歯ごたえの東洋かぼちゃ、そしてへんてこな形のものが多いペポかぼちゃの三種がある。ズッキーニはナスのようだけど、ペポだ。
で、この料理に使われているのもペポだ。
「実はこいつです。」
と、サービスについてくれたS巻さんが、実物を持ってきてくれた!
テーブルの大きさは、普通のデカサ。つまり、このかぼちゃ、どでかいのである!
実はこれ、僕も学生時代に栽培したことがある。フランスかイタリアの種だったが、興味半分で植えて、立派に実が生った。もちろんこんなにでかくはしなかった!ナスよりちょっと太くなった段階で収穫。グラタンなどにして食べた。けど、なんだか頼りない味で、気に入らなかった。まさかこう使うとはなぁ、、、
おそらく茹でてから焼き色がつくまで焼いたこのかぼちゃ、実に独特の風味が立ちのぼって、リゾットにコクと変化の香りを添えている。絶品だった。
■TRONÇON D'HIRAMÉ rôti, poulpes, pistes et palourdes, pistou d'herbes amères et artichauts
平目のロースト 魚介とアーティーチョーク ソースピストゥ
イタリアンにおけるジェノヴェーゼのような緑色のソース、ピストゥ 。ヒラメや貝の身にからめて食べると、緑の香りが匂い立って、魚介の平らな旨味に起伏をつけてくれる。
アサリのブイヨンが全体に行き渡って、強い旨味を添加している。ヒラメの火入れもふんわりしていながら余分な水分が抜けて、ホコホコ凝縮された身肉の香りを感じる。文句なしの一品だ。
そしてメインは、シェフが最近ご執心だという、十勝の牧場の仔牛肉。
■COTE DE VEAU roti en cocotte, legume en beaux morceaux
仔牛のココット焼き 野菜のブレゼ
肉が3片にカットされているのは、部位が分かれているからだ。
奥がロース、真ん中がフィレ、右がリブの脂身の部分。
フィレの食感はまるで絹を2cm以上の厚みにしたものを噛んでいるかのように官能的なクニュクニュ。ロースは綺麗な繊維感を感じる食感、淡い繊細な旨味 。そして脂身の部分はギュッと汁気が出てきて、仔牛肉のストイックさを払拭させる。
そしてなによりブレゼされた野菜が旨い。チコリや人参などが、脱水されて旨味を凝縮され、ブロードによって新たな旨味まで添加されている。ガルニではなく、この野菜もまた主役の一つだ。
「最近では、コジマシェフにとって重要なのは スタッフ<お肉<野菜様 という順序なんですよ!」
とK氏が笑うが、確かにそんな感じのする気の入れようだ。
■BENOIT CHOCOLAT caramel, glace au lait et à la fleur de sel
チョコレートとキャラメルのブノワ風 牛乳のアイスクリーム
デザートは、店名を冠したチョコレートケーキ。
この棒の中にはなんとネットリしたミルクキャラメルが仕込まれている。 ネットリ層をぐーんとナイフで切開し、下のサクサクなビスクに絡めて口に運ぶと、ネトォ~っと歯にまとわりつきながら甘みがほどけて、圧倒的なチョコレートの香りをまき散らしながら溶けていく。んー しばらく甘いものはいらんな、、、
いやー 堪能しました。撮影の手伝いまでしてくださったり、心地よいサービスをしてくれたS巻さん、どうもありがとうございました!
こう書くと誤解されそうだが、あえて書く。ケイ・コジマの料理は、人をダーンと圧倒することを全く狙っていないようだ。もしそれを狙うなら、きっとメインのソースはジュだけではなく、フォンドヴォーを足して濃厚なソースにするだろう。彼は意図的に、構成する素材がもともと文脈として内在している味の範囲で、料理の味世界を構成しているように思えるのだ。だから、圧倒ではなく、親和と言った方がいい。子牛肉が持つ繊細な味と食感が十二分に味わえるのは、ジュによる身の丈の味付けだからだ。その他の料理も同じで、誇張されたりデフォルメされたりした表現が感じられない。
これを好ましく思う人は、新生ブノワの味を心から楽しむことができるはずだ。一方、フレンチにパワフルな衝撃を求める人は、もっと修飾的な表現を好む店に行く方が満足できるのではないかと思う。僕はどちらも好きだが、ケイ・コジマのこの料理の世界は、彼自身の求道者のような外観のごとく、とても背筋が伸びて、好きだ。
新生ブノワのスタート、おめでとうございます。これからのコジマシェフの快進撃を祈りたい。