当たり前のことだけど、雪が降ろうとしているこの時期、すでに小麦の収穫は全道で終了している。今は、刈り取った麦の貯蔵段階だ。
「この辺ではJAいわみざわという農協が、小麦の生産に熱心なんですよ」
と、北沢さんが連れて行ってくれたのが、JAいわみざわの集荷施設だった。ワンワンと機械がぶんまわされる音が響く中、事務所では小麦大好き職員である瀬尾さんと西飯(にしい)さんが待っていてくれた。
そもそもこの旅の大きな動機が、「きたほなみ」という、新しい小麦品種について識りたいと思ったことである。きたほなみとはどんな粉なんだろう?
「小麦には、大きく分けると春まき品種と秋まき品種があります。だいたい、春播き品種はタンパクが多く、グルテンが強く、パン・中華麺用に向きます。「ハルユタカ」や「春よ恋い」などがそうですね。
これに対して、秋まき品種はタンパクがやや少なく、グルテンの弱い、うどんなどに向く小麦です。「きたほなみ」は、秋播き品種です。これまで、うどん向けの品種として栽培されていた「ホクシン」を代替するものとして期待されているわけです。」
ホクシンは有名な品種だが、うどんにした場合、黒ずんだような色になることが指摘されていた。
「このきたほなみは、ホクシンと比べると明らかに純白です。その上、ものすごいことに耐病性がホクシンより強く、収穫量も1~2割程度上回るのです。農家にとってはこれ以上のことはありません。我々も期待しています」
なるほど。
農家にとって最も重要なのは作りやすさである。病気に強いか、収量が多いかが品種選定のテーマとなる。しかも、うどんにした際に綺麗な純白が出るということで、さぬきうどんに使われているASW(←識らない人は検索してみてね)規格の小麦に迫るのではないか?という期待があるわけだ。
「ホクシンの黒っぽさは灰分(かいぶん)という要素が多いからでした。今回のきたほなみは、灰分の含有率が非常に低い。非常に特徴的です。味がどうなるのか、まだ私も食べていないのでわからないんですが、、、」
と西飯さんが言う。これは実に楽しみだ。ASWに迫るというと、さぬきうどんのお膝元である香川県の試験場がうどん用に育種した「さぬき夢2000」という品種が有名だ。僕もこの粉でうどんをいただいたことがあるが、ASWとさほど変わらない印象で、昨今の穀物高で今年度は引き合いが多かったようだ。
でも、うどんの種類はさぬきだけではない。全国にいろんな食感のうどんがある。その素となる小麦にバリエーションが、しかも国産麦のバリエーションがもっと合った方が、シーン全体が面白くなるではないか!
「うちの管内では、来年度からきたほなみに切り替えます。どうなるか楽しみですね。やまけんさん、このサンプルの麦はどうぞ持って帰ってください」
と、まだ精麦していない小麦をいただいたが、、、
これって、持ち帰って何か使えるんだろうか?
「いや、個人の自宅では全く使えないでしょうね(笑) 皮を剥いて麦芽をとって、粉を何段階かにわけて挽かなければ役に立ちません。石臼みたいなのがあれば、全粒粉として使ってもいいかもしれませんけど、、、やりませんね」
というように、小麦の世界は「製粉業者」なしには成り立たないらしい。
「でもねヤマケン、この麦にどれくらいグルテンが含まれてるかってのは、こうしたらわかるよ」
と言うのは、古くからの友で、この旅に同行してくれた岩崎農場のヒデノリ氏。やにわに、きたのほなみを手のひらに載せ、口の中に放り込む。
「このままくちゃくちゃ噛んで、唾を連続的に飲み込んで粒は残るようにすると、グルテンがまとまってガムみたいになるんだ。その量をみれば、この小麦のグルテンの量や性質がだいたいわかる。」
かなり荒い方法らしいか、そういうことだそうだ。僕もやってみた!
全粒のままの生の小麦をバクッと口に入れて噛みしめる。美味しいもんじゃない(笑)
ゴリゴリと歯で潰すようにしながら唾を貯めてキュッと飲み込む。その際に、麦の粒子は流れないように注意。
5分ほどこれを続けていると、、、口の中にガムのようなクチャクチャしたものが生成された!
汚くてごめんちゃい。
こんなのが口の中に生まれたのです。
「うん、量は多そうだね」
というが、比較対象がないから俺にはわからないよ~
ご存じだと思うが、グルテン量が多く、しかも強い性質でなければ、パンやパスタなどには向かない。日本ではあまりグルテンの強いものができなかったから、、、
「いや、そんなことないですよ! 日本の品種でも十分にパンやパスタができるものが生まれています。」
例えば秋まき小麦の「キタノカオリ」などはとてもグルテンの強い品種だそうだ。
、、、って、さっき昼食で食べたフェットチーネはキタノカオリじゃんか!?
しかも一緒についてきたパンの香り高さ、美味しさは半端じゃなかった。
日本の小麦って、品質いいんじゃない?
「そうですね、外麦と比べると落ちるといわれていた時期もありますが、いまでは差は拮抗してるんじゃないでしょうか」
という力強いお言葉。ぜひ、国産小麦のさらなる品質向上を目指していただきたいと思ったのである。
事務所の外では、大豆の集荷が始まっていた。
ものすごく種類の多い機械群。これを操縦するのもJA職員だ。
うぎゃー
みてるだけで頭が痛くなりそうである。
「うちの施設は大きい方ではありませんよ」
と笑われたが、そうなのかよぉ、、、圧倒されてしまった。
さてお世話になったお二人と、懇親の場に移動。
「近辺の農家さんにも声をかけておきましたので」
といっていたとおり、賑やかな会になったのである。
■旬菜ダイニング GONJI
北海道岩見沢市2条東1
0126-22-7681
北沢さんが、このあたりで醸されているワインを持参してくれた。
山崎ワイナリー。彼の超・お薦めとのことだったが、確かに丁寧に丹精されているなぁ、という のが伝わってくる味だった。
料理にはもちろん、岩見沢の食材と、小麦がたっぷり使われている!
キタノカオリのパン、やっぱり美味しい。
サンマを軽く燻製にしたモノを生ハムのように切って、サラダに。このサラダが、写真ではレタスに隠されているけど、 いろんな野菜が入っていて美味しい。もちろん道産野菜ばかりだ。
はい出てきましたフェットチーネ!
道産小麦の手打ちパスタは、きっとやわやわと柔らかいんだろうなと思ったら、 そんなことはなくて適度な弾力が生まれている!
「いや、道産小麦はコシがないなんてことはありません!粉によっては、それ一品種だけで麺を作ったら、硬すぎて喰えないっていうくらいのもありますよ!」
という。そうか、そうなのか、、、僕はいままで北海道産小麦を過小評価していたのだな、と思ってしまった。
ジューシーに焼き上げられた豚肉の下は、ジャガイモのニョッキ。チーズの薫りがふわっとして美味しかった。ほとんど全ての食材が道産。北海道は、食についてはすぐさま独立しても自給率100%以上で食べていける独立可能国家だ。素晴らしい。
それにしても、この席に集まってくれた農家のみなさん、皆若くそして自立した経営をしている人達ばかりだった。
小麦農家の片岡さん。しばらく前までJA職員だったそうだ。この片岡さんの父上が、小麦の「初冬播き栽培」という技術を開発した偉大な人だという。
初冬播きとは、本来は春播きの品種を、雪が降る少し前に播いてしまい、雪の下でジッと越冬させる方法だ。こうすると、融雪後すぐに成長が始めることができ、生育期間が長くなり、収穫量が安定するという。ちなみに片岡さんの小麦製品は、札幌駅前の大丸の中でも販売コーナーがあるらしい。
渡辺さんは、先に「札幌黄」というタマネギの名品種を紹介したが、その栽培をしている張本人だ。80Haもの大規模で、タマネギと小麦、野菜の輪作をしている。輪作体系のなかにクローバーを入れて緑肥にしているのが、彼のスタイルらしい。今度ゆっくり書くが、送っていただいた札幌黄、非常に旨い品種である!
手前が、新規就農数年目の野見山さん。なんと九州からこちらに入植してきたという。北海道といえば、大規模農業かとおもいきや、なんと彼は多品種栽培の野菜販売で頑張っている。こちらではけっこう珍しいスタイル。頑張っていただきたい!
そしてさきほどまで対応していただいたJAいわみざわの瀬尾さんは、北海道フードマイスターという地域検定に見事合格した方だ。この北海道フードマイスター検定の教科書がなかなか充実していて、道内で獲れる農産物や魚介、肉類などを細かく解説している。帰りの千歳空港の書店で見つけて僕も買いたかったのだが、荷物が多すぎたのであえなく断念。それにしても瀬尾さん、いつも岩見沢の食材の売り込み、用途開発に余念がない。この店のシェフと仲良くタッグを組んでいるのも瀬尾さんなのだ。
西飯さんは「米穀部」という所属で、文字通り穀物専門だ。さきほど観た圧倒的な機械類を動かし、農家の収穫した穀物を安定した環境で貯蔵する。そうした装置産業的な側面に加え、 販売するという商行為もしていかなければならない。JAは大がかりな装置企業であり、商社なのである。
ちなみに、おどろいたことに、西飯さんの娘さんが今、僕の母校(高校)に通っているという!
「まじですか!」
「私も、やまけんさんが先輩だって北沢さんに聴いて驚いたんですよ、、、」
世界は不思議な縁で繋がっている。
そして、我が友・イワサキ氏。今は高糖度トマトがメインだが、彼にまた紅肉メロンを作ってもらう日が来ることを、願ってやまない。
さんざん話し、店を出ると、雪が降っていた。これが札幌・岩見沢の初雪だという。
麦を巡る物語は、みえるようでまだみえない。明日はJAカレッジという、農協が運営する学校にて講演。宿でベッドに入ると、もう暖房が入れられていた。ここはやっぱり北海道だ、、、
(つづく)