「やまけん、日曜日の午前中は家にいる? あ、いるの。じゃあ、うちのおばちゃんが漬けた、超ド級に臭~いなれ鮓、送るわ。」
と和歌山から連絡があった。
なれ鮓は、塩をした魚をご飯に載せて、醗酵させたものだ。ご飯には酢をしない。しばらく漬けておくと乳酸発酵が始まり、自然に酸っぱさが出てくる。これがお寿司の起源といわれている。
以前、和歌山でなれ鮓の食べ比べという無謀なことをした(笑)
■2004年02月05日
和歌山が世界に誇る発酵食品 「なれ寿司」7種を食べ比べた県外人は俺ぐらいだろう。
https://www.yamaken.org/mt/kuidaore/archives/2004/02/7.html
ずいぶんと尊大なタイトルで、我ながら恥ずかしい。ここでたべたなれ鮓は、市販の物ばかりだったから、実はこんなに偉そうにいえないのである。なれ鮓とは、そもそもご家庭一軒一軒でつけ込む、庶民の保存食であった。だから、店売りのものをどうこういったってしょうがないという部分があるのだ、ということは、この後に勉強することとなったのだ。
それにしても和歌山のなれ寿司は鯖(サバ)を使うので、滋賀県の名物・鮒(フナ)寿司とは全く味わいが違う。鮒寿司は実に美しい、女王様のような味だ。それにくらべてサバのなれ鮓は暴力的に男性的な味だと思う。フナとサバとを比べてみると、なんとなくわかるではないか!
その和歌山でも、最近は本当のなれ鮓ではなく、「早なれ寿司」というものばかりが食べられている。略して「早寿司」。和歌山で中華そば(普通、和歌山ではラーメンとは呼ばない)を食べる際に、必ずといっていいほど、卓上に乗せられている。
上の写真は 、いま和歌山で最も旨いと僕が思っている中華「丸三」の卓上。左下が海苔巻きで、右上の笹紙に包まれているのが早寿司だ。
こんな風に、鯖の切り身を〆たものに、ショウガの甘酢漬けが一片乗せられている。邪道だけども、僕はこの早寿司を中華のスープにつけながら食べるのが堪らなく好きなのだ。
さて、この早寿司はまあ、いってみれば実にソフトな食べ物だ。醗酵させてないから、普通の押し寿司的な感覚で食べることができる。しかし、なれ鮓をこれと同じような味だと思っていたら、大間違いである。先に挙げた過去ログを見てもらえればおわかりの通り、サバというストロングな魚を醗酵させると、実に強い香りというか臭気が発生する。
よく、和歌山のご年配の農家さんと話をすると、笑い話のように出てくるのが
「母ちゃんがなれ鮓の桶から出してきたやつを開けたら、匂いで涙が出てきた」
というものだ。でもこれ、オーバーな表現じゃない。なれ鮓も、つけ込んで2~3ヶ月で食べることもあれば、半年以上漬けた物、すごいのになると数年モノまであるという、実に期間的レンジの広い食べ物なのだ。できれば「年」以上の単位のを一度食べてみたい、、、と思うけれども、怖い。
このなれ鮓、もう和歌山市内の家庭ではあまり作られていないそうだ。30代以下の若い世代は滅多に食べないという。
「ばあちゃんの家で出てくるけど、食ったことない」
というようなことが多いのだ。そんな中、和歌山市内で一県だけ、このホンモノのなれ鮓を製造販売する店がある。「弥助寿司」というこの店、2006年の12月、週刊アスキーの取材で行ったことがある。目の前で見せていただいた漬け込みは、実に感動的だった。
ご飯をギュッと握り込む。なれ鮨では、ご飯はギュギュギュと密度濃くしないといけないそうだ。
ここにサバの切り身を載せる。おそらくこの時点でサバには塩をしているのだろうと推測する。
サバとご飯が密着するように力を入れて握り込む。
こうしてできたサバのご飯握りを、アセの葉という、和歌山一帯に自生する笹の一種に巻いていく。これが実に美しい技なのだ。
これがアセの葉。
こうやって巻き終わったモノを、樽に隙間無く入れる。
入れたら、重しをして寝かせる。
おそらく寝かせっぱなしというのではなく、いろいろこの過程でやるべきことがあるんじゃ無いだろうかと思う。そして、3ヶ月経ったのがこれだ。
断面を観ると、ご飯がギュギュギュッと締め込まれているのがわかるだろう。こうしておかないとトロトロに溶けてしまうのだろう。
これが、なれ鮓である。
アセの葉から、発酵臭が立ちのぼる。苦手な人は苦手だろう。僕も一瞬、たじろぐ。
けれども、これを突破して、一片のなれ鮓を口に放り込んだ瞬間に、全く違う味覚の世界が拡がるのだ。
「うおっっ! なんだこのうま味は!!!!!!!」
そう、普通のご飯に出汁を抱き込んで炊いたとしても、こんなに濃く深いうま味は発生し得ないだろう。ご飯と魚の乳酸発酵によって、強烈なアミノ酸が増幅発生しているのだ。こればかりは食べてみないとわからないだろうな。
さて、
本題からずいぶん脱線して懐かしい過去ログから写真まで掘ってしまった。津田君から送られてきた、おばちゃんが漬けてくれたなれ鮨だ。
ご家庭で漬けたとは思えないほどに美しいアセの巻き方! 上に載せた木の葉も、送られてきたときのままだ。美しいなぁ、ほれぼれする!
しかし、津田君が言うようにこの時点でものすごい香り、いや臭気が立ちこめる!
もうこの時点で、うちの嫁さんの鼻がちょっと曲がっているくらいだ(笑)
僕もちょっとたじろぐが、アセの包みを開ける。
よーく熟れたものだと、ご飯がどろどろになっているようだが、これはそんなことがない。サバの身も崩れて居らず、丹精な佇まいである。
ご覧の通り、断面はギュギュッと隙間無く握り込まれている。
さて、お味の方は、、、
パクリ! と一気に頬張ると、おかしなことにあの臭さが周囲から消え去る。ああ、そうか、きっとその臭気が自分の口中から鼻腔にまで抜けているから、鼻が外から吸気する空気のなかにはまったく臭さを感じないのだろう。そう、きっと僕自身が臭くなっているのだ。
そして、硬く握り込まれたなれ鮓に歯を立てると、ポロッとご飯の粒子が崩れていく。その一粒一粒から、豊穣な酸味とうま味が溶け出してくる! 鯖の肉の味は生のときほどのクセを感じない。醗酵段階を経て、文字通り馴れているのだろう。
ああ、美味しい、、、
相変わらず顔をしかめている嫁さんに、サバの端っこを無理矢理食べさせる(笑)
口に含んだとたんにしかめっ面は消え失せ、「あら、美味しい!」という声が。臭いものを食べるときには、自分が臭くなればいいのだ、ということがわかった。
それにしても、このなれ鮓は、僕が今まで食べてきた中でもっとも美味しいものだった!とうとう、家庭のなれ鮓を食べることができた。実に嬉しい! この後、和歌山人がよくやるという、なれ鮨を茶漬けにして食べるというのにチャレンジ。クセが全く消えて、上品な素晴らしい美味しさだ!感動してしまった。
津田君、ありがとう!おばちゃんによろしくお伝え下さい。次回は、年を越したモノが食べたいです、、、