長野にもいよいよ稲刈りシーズンが到来しようとしている。東御(とうみ)市にある永井農場では9月25日頃から、主要三品種の稲刈りが始まるそうだ。
稲穂にぐぐっと寄ってみると、産毛がうぶうぶと生えているのがわかる。籾(もみ)は意外にしっかりした構造物なのである。
畦に綺麗な白い花が咲いている、、、どこかで見た花だと思ったら、これはニラだ。
「この辺じゃ、田んぼの周りにニラを植えてよく食べているんですよ。もう野生化しちゃってますけど、、、うちの親父もたまにニラを刈ってきて、味噌汁に入れたりしてます。」
とのこと。そうか、ニラを植えておくのか。ニラはユリ科植物の宿根草なので、植えておけばずっと自生してくれる。だんだん細く硬くなり野生化していくが、その方が香りがワイルドで旨かったりする。
今回の永井農場訪問は、雑誌「専門料理」の取材だ。11月号を楽しみにしていて欲しい。永井君の農場では、実に希少な米を栽培しているのである。 それにしても同い年の永井君とは初対面から気が合ってしまい、この数ヶ月の間にかなりの頻度で会っている。 これからの農業を支える実力を持った、でかくて優しくて頼もしいオトコなのである。
さて
東御市から最も近い地方都市は上田らしく、宿は上田駅前にとった。
「やまけんが地のもの、ローカルなものを食べたいっていうんで、僕らにとって本当に日常的なものを食べてもらおうと思って。」
といって夜のはじめに連れて行ってくれたのが、ここだ!
肉うどん「中村屋」。
「あのね、ここでいう”肉”っていうのは、馬肉なんですよ!」
おおっとそうか、そうなのか!
信州は、昭和の中頃くらいまでは馬に荷役をさせていた地方である。その農耕馬をつぶして食べる文化が当たり前のようにある、ということなのであった!
「もうね、この辺の人たちは本当に当たり前にここにきて肉うどんを食ってます。おれも米を配達するときに娘を連れてここで食べたり。ごくごく普通なんですよ。」
なるほど確かに店内も大衆食堂の造りで、格式張ったところは全くない。現場仕事系の作業服来た男達、ご老人夫婦、おばあちゃん、など本当にごく一般の人たちが、肉皿と呼ばれる馬肉の煮込みをつつき、肉うどんをすすっている。
「まずは肉皿!これがうどんにも載るんですけどね」
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
なんとも頼もしいプレゼンテーション!これ一皿で相当楽しめそうである。
馬肉は大好きだ。繊維が柔らかく、ホックリあっさりしていて非常に旨い。複雑な旨味をまとった牛肉よりも、はるかに健全な味がすると思う。
「はい、じゃあお約束の馬刺しです」
ううむ 美しい。
熊本などで馬刺しを食べるときに、仕上げに穀物で肥育をかけたのでろう、びっしりとサシが入ったものを見かけることもあるけど、これくらいの程よいサシがいい。しかも馬肉の脂はさらっと溶けて実に美味しい。上田と熊本との違いは醤油。甘さのないたまり醤油みたいだ。これでいただくと実にすっきり。ショウガを乗せてもっとシャッキリ、ピンと背筋が伸びる。
「はぁ~い 肉うどんで~す」
といって運ばれてきたのがこいつだ!
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
旨そおおおおおおおおおおおおおう!
小ぶりな丼いっぱいに入ったゆで麺に、最近の讃岐うどんブームによって関東ではもはやあまり観られないような醤油色の、濃い汁が絡んでいる。そして容赦なくのせられた馬肉は、薄切りではなく「馬肉片」とでもいうべき存在感である!
ぐあっ やられたっ
俺の大好きなプレゼンテーションである!
写真を撮るのももどかしく、汁に麺をよぉくからめて啜り込む。
うんっ 甘辛い! 厳しい冬の季節を堪え忍ぶためのスタミナ食であることがわかる甘辛さである。上品な関西風の透明ダシでは絶対に出し得ない野太さ。この汁で白飯が食いたい!
馬肉の煮込みで染み出てきた、肉が濃縮された煮汁がこのうどんつゆにも使われているのだろう。馬肉片と葱、うどんを絡ませながら
ズバババッ ズビビブッ と一心不乱に麺を啜り込む。
「うまいなぁ、 うまいよぉ!」
と漏らしながら。
「僕らにとっては本当に普通の食べ物なんだけどね。やっぱり他の地域とは違うものがあるんだね。」
そう、この日本、どこに行ってもまだまだ食べたことがないものに出会うことができる。そういう意味では日本は広い。地方都市には判を押したようにファーストフードのチェーン店が建ち並ぶけど、まだまだ地方文化レジスタンスは健在である。
それにしてもこの店、価格も大衆店である。
気に入った!次回は昼間に、うどん大盛りとさくら丼(←謎)で攻めてみたい。
ごちそうさまでした、、、
「さてと、、、地のものが食べられるかどうかわかりませんが、気の利いた小料理屋とかがある繁華街があるので、ちょっと足を伸ばしてみましょう。」
どこもそうだけど、鉄道の駅の周辺には繁華街はないのである。ちょっと足を伸ばして上田の繁華街へ。いろいろ歩いてみる。洋食「ベンガル」のカレーに惹かれるが、あいにくもう閉店してしまっている。夜が早いなぁ。
「じゃあ、ほんとに小料理屋にいってみましょうか。」
と入ろうとしているのが、ちょっと敷居の高そうな店である。おいおい永井君いいのかよ。
迎えてくれたのはほんとに素敵な女将さん。
「地のものねぇ、、、今日はあんまりそういうのがないんだけど、鮎せんべいと、バッテキでも食べてみる?」
バッテキ? 何ですかそれは、、、あああああ 馬のステーキね! 食べます食べます!
環境保全型農産物の基準で栽培された信州産の美山錦で醸された純米酒をいただきながら、美味しい酒肴をいただきました。
ぱりぱりの鮎の干物を骨まで食べられるように炙った鮎せんべい。小さな一枚で酒がグイグイと空いてしまいます。
刺身も美味しゅうございました。黄金アジ、コチ、赤イカ。
永井君と、カメラマンの大山君もニッコニコ。
だって女将のなおみ姉さん、実に知性溢れる方で、話しが面白い!
「はい、これがバッテキ。」
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
またまたナイスなプレゼンテーションである!
馬肉ステーキ、ホックリ柔らかくて落ち着いた味で、ソースと絡んでうまい!
牛肉の柔らかさはサシの脂が溶けることで得られるものだけど、馬肉は肉の筋繊維そのものが柔らかいのだろう。実に旨し。白飯喰いたし、、、
さてこの女将・なおみ姉との会話の中で、大盛り上がりになっちゃったことがある。
「今回はどういう取材だったの?」
「柴田書店っていう料理の本ばかり出しているところの取材なんですよ」
「あら、柴田さん?そうなの、、、 私、柴田さんの方々、何人か知ってるわ。」
ふううん
こういう話しになった時点では、まあ柴田書店の人がこの店にきて名刺交換したりとか、それくらいなんだろうなぁ と、たかをくくっていたのだが、、、
「●●さんっているでしょ?」
「ああああ それは僕が入社する前に「専門料理」の編集長だった方です!」(大山君)
「△△さんは?」
「あ、現社長です、、、」
え? すげぇ人たち知ってるのね、、、何で?
「うちの父がいろいろ仕事でご一緒してたのよ」
「え、なおみ姉のお父さんってどんな人?」(やまけん)
「あ、たしか中村屋っていうカレー屋さんの料理人さんですよね?」(永井君)
え?
中村屋って、、、
えええええええええええええええ 新宿の中村屋かぁ???????
「そうなのよ。今もまだ総料理長やってるのよね。」
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
なんだそりゃぁあああああああああ!!!
目の前におわすのは、あのカレーの聖地の一つ、新宿中村屋の総料理長の娘さんであったのだ!
僕とカメラマン大山君は開いた口がふさがらない。大山君は柴田書店から出ているカレー本の撮影を全編手がけたこともある人で、自他共に認めるカレー好きである。そして僕はもちろん、新宿中村屋2Fのカレーが大好きなのである!
「あらそうなの。でもね、私は中村屋のカレー、食べるとおなかが痛くなっちゃうのよ。スパイスが強いのかしらね。そうそう、いいものがあるからあげるわ。」
といって奥から持ってきてくれたのがこれ!
えええ? 中村屋のレトルトカレーは最近よくみかけるけど、コールマンカレーのレトルトなんてあったっけ?
「これ、あまり流通してないものみたい。私は食べないから上げるわ。仲良く分けてね」
マジスカ!?
もう、どうなっちゃってるのって感じである。
「『専門料理』ってこの本ね。この号にうちの父が載ってるわ」
いまのしつらえと全然違う「専門料理」。なんと1996年である。もちろん大山君も入社前。いやーそれにしてもすごい。なおみ姉の口から出てくるのはアラン・シャペルや村上信夫さんだとかの逸話である。うーん どこにどんな人がいるのか、全くわからん。それにふと出会えるのが人生の楽しさというものだろう。
笑えたのは、ここまで僕らを連れてきてくれた永井君が
「で、中村屋のカレーって、旨いんですか?」
なーんてのたまったことだ。いいよいいよ、次回、連れてくよ!
なおみ姉、いい酒、いい料理、そしていい話をどうもありがとうございました!
また、来よう、、、
この後、〆のラーメン「こうや」。こってり塩ラーメンとスパイシーカレー(すっかりカレーが食いたくなってしまったのだ)にて〆ル。
こうして夜は更けていったのだった。