高校時代からの親友であり、和太鼓を一緒に打っていた石坂亥士の家に10数年ぶりに泊めてもらった。亥士(がいし、と読む、もの凄い名前だが、読んで字のごとく僕と同じ亥年生まれなのだ)は、群馬県の桐生市をベースに活動している和太鼓奏者だ。
■石坂亥士 ”dragontone”
http://www.dragontone.org/profile.html
高校時代、放課後は一緒に数時間にわたって和太鼓を叩きまくっていた亥士は、和太鼓を続け、ピーター・ブルック劇団の音楽をしていたことで有名なパーカッショニスト・土取利之さんに弟子入りしていた。自分のルーツである桐生の神楽なども交えた演奏を展開しているようだ。なんだか日本人離れした濃い顔なのだけど、れっきとした日本人。群馬と青森のハーフだけど。
「 あのさ、うまいうどんやがあるんだよ!」
と連れて行ってくれたのは、なんと桐生から1時間半以上かけて車で行く富士見村というところにある「だんべ」という店だ。
■うどん そば処 「だんべ」
富士見村時沢860ー3
027-288-6857
店内をみると、厨房の横には石臼がどでーんと構えられた粉ひき室がある。 そう、ここは自家製粉のうどんを出してくれるのである。小麦の製粉は細かい部分が蕎麦とは違うはずなので結構大変だとおもうが、、、
10分ほどで運ばれてきた「だんべ肉汁」の勇姿は、期待に違わぬものだった! 実にストロングっぽい地粉麺ではないか!
真っ白な麺はなんだか物足りない。関東はかつて小麦の大産地だった。埼玉から群馬にかけて食べられていたうどんは、地粉を遣って各家庭で打たれるもので、黒々としてもっさりとした、噛みしめながら食べるうどんだった。
この「だんべ」のうどんを一本、何もつけずにすすりこんでみると、ブンッと強い小麦の香りがする。その香りはストイックにミルキー。穀類特有のナッツ的な奥ゆかしい香りが内在されている。 これを肉汁に絡めて食べる。肉汁は程よい塩分濃度だが、亥士によれば「七号を頼むと、ちょっと最後の方は薄まっちゃうんだよね」ということだった。しかし、うどんに強い個性があるので、つけ汁の強さが無くとも美味しく食べられる。 肉汁というだけあって肉片が一杯入っている。滑らかな歯触りに、薄切り肉ではないブロックから包丁で切り出した感のある肉。豚っぽくないが豚肉である。 実はこれ、近くにある赤城の養豚グループが商標を持つ「もち豚」を遣っている。
よくスーパーなどで「○○もち豚」というのを見かけると思うが、赤城のグローバルピッグファームという養豚グループの豚肉だ。ここの養豚は極めて面白いやり方をしているのでまた改めて書きたいが、さすが品質のよい豚肉で、汁に全く豚くささが満ちていない。
しかも、面白い趣向が盛り込まれている。一緒に着いてくる、なんとも野趣溢れるゴロゴロとしたきんぴらゴボウ。このまま単体で食べても旨いのだが、、、
なんとこれを汁に投入するのだ!
こうすることで、きんぴらの塩分、醤油の甘辛さ、そしてゴボウの土っぽい香りに油が汁に溶け込んでくる。また肉汁に変化がついて、文句なしに旨い!ていうか、すげええええええ旨い!
久しぶりにこんなに旨いうどんを食べた、という気分。ああ、やっぱり大人っぽい抑制などせずに、七合盛りを頼むべきだった!大後悔の嵐である。
そうこうしている間に、蕎麦も出来てきた。端正な顔立ちの蕎麦。こちらは北海道産だそうだ。蕎麦も、まあ旨い。けれどもやはり、うどんのインパクトを超えるようなものではないかな、とも思った。7合盛りを食べてまだ行けるぜと言う人は追加するのもいいだろう。
写真をとらせていただいていたのでぽつりぽつりとお話しをしていたのだけど、ご主人と奥様が脱サラでこの店を始めて、もう8年になるらしい。
「もうね、全然お客さんがはいらなくて、辞めちゃおうかっていつも主人にいうんですよ」
と奥さんが笑う。ご主人はやはり素材にも製法にもいろんなことにこだわり、自分のうどんを追求してきたそうだ。
「本当に佳い材料をつかって出しているのに、なんでお客さんが来てくださらないのかなぁ、と思ってるんですが、、、場所ですかねぇ」
場所ですよ、、、 第一、この辺の人たちからすれば「ああ、うちらが食べてるうどんだね」という感覚らしい。そう、この店のうどんは、おそらく都市部の人たちが食べてドカーンと衝撃を受けるような味なのだ。地方の人からすれば「うーん懐かしい味!」となるのかもしれない。
それでも回を重ねるごとにファンになってくれるお客さんが増えてきてはいるそうだ。
粉は、群馬県藤岡近隣の地粉を使っている。
「もうね、私のうどんにはあの辺のが一番美味しいんです。蕎麦用の臼とは違う目のものが必要なので、粉から挽くのは大変なんですけどね。」
というが、この店のうどんの生命線はやはり石臼挽きの地粉である。文句なしに説得力のある粉であった!
ご主人はなんと「dancyu」と「専門料理」の購読者であった。そこに書かせてもらってるんですよ、というと「ほんとですか!?今日は佳い日だぁ」と喜んでくださったが、それはこちらの台詞。素晴らしい店に出会ってしまった!東京からここを目指してきてもいいくらいの満足度である。
「いまはあまりやっていないんですけど、カレーうどんは本当に美味しいですよ!ルーからうちの主人が一生懸命つくりますから」
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
喰いてええええええええええええええええええええええええええええ
次回の最大の楽しみにとっておきたい。
群馬の素晴らしいうどんは、関東が誇って佳い文化だ。いま、もの凄い勢いで世界の穀物相場が高騰している。投機筋による価格操作もあるから、これがずっと続くものではないだろう。けれども、国内の小麦生産が微々たる量しか行われていない現状はやっぱりおかしい。
日本の粉は旨い。それはこのような店のうどんを食べてみればわかる。さぬきうどんブームで小麦の楽しみ方の素地が全国的に根付いた。次は、その最大の素材である粉への探求と、地物への回帰だ。
まだまだ美味しいうどん、地粉は地方にあるはずだ。またの出会いが楽しみだ!