さて山形は庄内編である。
14時から、山形在来作物研究会、略して「在作(ざいさく)」の公開フォーラムである。
農家レストラン「菜ぁ」(←何人かの知人から「なんて読むんだ?」と聴かれたが、おそらく「なぁ」で佳いと思う)から山形大学の鶴岡キャンパスまで、小野寺美佐子さんの夫である喜作さんが車で送ってくれた。もちろん彼も在作のメンバである。
在来作物とは、地方に固有の農産物品種のことをいう。日本ではかつて、どこの地域にも在来の作物が存在していた。植物は、その土地で生存し、子孫を残すために、姿や形、または性質をだんだんと変容させる力を持っている。だから、中国から渡来した野菜があったとしても、それがたどり着いた土地の性質に影響され、まったくオリジナルのものと違う形態・性質になるものなのだ。
しかし、高度経済成長期を経て在来作物は大幅に減少した。在来作物は、土地固有の条件で性質が変わるから、すなわちそれは一部の地域でしか作れず、量が少ない。高度成長期に主流となった、高速道路を駆使して消費地に大量の荷物を運ぶという農産物の流通スタイルでは、どの地域で栽培しても同じ形・性質になる作物が歓迎され、在来作物は姿を消していくことになったのだ。
かつてはキュウリや大根は、谷を越えれば品種が違う、一つの村に一品種などと言われていたらしい。いまではそれは望むべくもない。在来作物は一方で病気に弱かったり、収量がすくなかったりと様々な欠点を持っているのが普通で、選抜育種され、強い性質をもつものと交配させた品種が出回るようになった。そうして、だんだんと在来種が消えていったのである。
そうしたものにスポットをあてる取り組みが各地で行われている。過去にも紹介した巾着なすで有名になってきた、新潟県中越地方の長岡野菜などもそのひとつだ。
そして最近注目を浴びているのが、この山形県庄内地方の活動だ。テレビなどでも最近よく取り上げられるようになった「アル・ケッチャーノ」というレストランがある。この店のシェフである奥田さんは、庄内地方の在来種をふんだんに使ったイタリアンを展開し、予約の取れない店になっているわけだ。実は、この奥田シェフが在来作物を使うようになり、タッグを組んで生産者との関係をコーディネートしている人がいる。それが山形大学の江頭先生だ。
この人が庄内の在来野菜ブームの立役者のひとりなのである。
シャイな語り口なのだが、いちど在来品種の話になるとテンションがあがり、一気に夢中の人となる。すばらしき在来作物野郎なのである。
さて今回のフォーラムのテーマは「在来作物の種とりを考える」だ。つまり作物の花を咲かせて、種を自分で採る技術のことだ。兵庫県で在来作物を保存するための活動をしている山根成人さんが講演をしてくれた。
会場には山根さんが持ってきてくれた兵庫県のおもしろい在来品種の種と、地元庄内の在来野菜が並べられていた。
山根さんのお話を受けて、庄内の平田赤葱、宝谷カブ、そしてだだ茶豆の生産農家さんが種採りについて論を展開してくれた。おもしろかった、、、
印象的だったのは、質疑応答の活気だ。
東北の農家さんは口べただといわれることが多いし、自分でもそういう人が多い。しかし、ここでは参加する農家の方々がびゅんびゅんと意見を交換していたのだ。強い活気を感じた!
さて
終了後は懇親会。なんと、「アル・ケッチャーノ」で奥田シェフが在来作物を料理してくれるのである!
(この写真は隣接してできた「イル・ケッチャーノ」。こちらが会場になっていた。)
実はぼくもかねてからこの店に行きたかったのだけど、予約が取れない!で、初めてだ。
ただ、奥田シェフとは、山形県の米の新品種である「山形97号」の戦略ブランド会議のメンバーになっていることもあり、面識はある。
この日の懇親会は人数限定で、在来作物をメインにした料理を造ってくれるということですぐさま応募した。やはり速効で人数が埋まってしまったと聴いて、ほっとした次第だ。
キッチンスペースには、庄内の在来野菜がうずたかく積まれている。隅に見えるのが奥田シェフ。
この写真の手前にみえる、なんとも美しい色合いの赤い葱が平田赤葱だ。
「この野菜のなかで、これが食べたい!ていうのがあったら言ってくださいね、ささっと料理します!」
と奥田シェフ。写真をみるとおとなしそうな方だが、基本的に淡々とした陽性のタイプとお見受けした。マイペースを崩さない、実に好印象なシェフだ。
さて料理についてはドドドドッと出てきたのでいちいち解説はすっ飛ばします。
これ、肉の間でジャガイモのようにみえるものが実はそうめんカボチャ。そうめんカボチャを加熱して麺状にほぐさず、固まりのまま出すのは珍しい!
この綺麗なツートンは、カッテージチーズにガーリックなどを混ぜたようなものと、なんと柿。絶品の相性だった。
豚の耳やタンなどがはいったテリーヌの上に乗る赤いキューブは、藤沢カブの漬け物。美しい!
たしかワラサ。もちろん庄内の海の幸だ。
鮭。てことは村上かな?
食用菊「もってのほか」と、軽くあぶった魚。なんだっけな、、、
菊は酢の物にするのが定番だけど、ここでは酢は使わず仕上げていて、これもまた予想を楽しく裏切ってくれた。
「じゃあ次、これを料理しますよ~」
と笑いながら楽しく料理していく奥田シェフ。通常の営業ではみられないだろうこうしたやりとりが、会場内を明るく暖かくしてくれた。
もう、皿にどかんと載せてしまう。
いま、奥田シェフとアル・ケッチャーノという名前はメディアに氾濫しているけれども、そこでみかけるのはわりと「野菜にできるだけ余分な手をかけずに、シンプルにあっさり仕上げましたぁ」風のイメージだ。先日、仲のいい編集者さんと話をしていたときにも「どうも優しい味、っていうか、あまりインパクトを感じない」というようなことを言っていた。僕も写真やメディア上で見る限りではそう思っていた。
しかし!
事実は違った。けっこうガツンとくる!
あたりを利かせるべきものには利かせ、柔らかくシンプルに仕上げるべきものにはそうしている。メディアに載せる時には、野菜の姿がそのまま見えるもののほうがイメージが伝わりやすいから、そういう皿を選ぶと、必然的にシンプルな料理法のものになってしまう。それでなんとなく、柔らかい味主体のレストランというイメージを持ってしまっていた。でも、実際にはどれも印象が強く、食べ応え抜群な料理群である。
これは傑作、里芋の在来品種である、からとり芋のグラタン。タロイモのような甘い風味のからとり芋のねっとりした食感と、チーズベースのソースが絡んで美味しい。
宝谷カブのピッツァ。こちらはむちゃくちゃシンプルに、薄くスライスしたカブを散らしたものだけど、カブに軽く振られた塩の粒がそこここでビッと味を主張している。
こちらは藤沢カブと庄内豚のグリル。庄内カブは通常、漬け物か汁の具材だとおもうのだけど、こうして焼いたものもこっくりした風味で楽しめる。豚も、うま味十分。庄内豚は、品種は通常のLWDだが、デンプン質の多い専用飼料を給餌し、肥育日数を長めにとっているらしい。写真を見ても、肉質的には十分に熟しているように見える。
この豆についてはどういうものか聴くのを忘れてしまった。が、これを盛りつけていると、奥田シェフが「この一皿にはね、このオリーブオイルが合うんですよ!枯れた風味のオイルなんです!」と、特別なオイルをかけてくれた。産地がどこだったか忘れてしまったけど、イタリア南部のフルーティなものと違い、本当に枯れた藁のような香りがして、豆と豚すね肉の渋い味わいをもっと渋くしていた。
ところで奥田シェフ、僕が専門料理に書いている連載を読んでくれているようで、びっくりした。
「山形97号の戦略会議から帰ってきて、「専門料理」を開いたら、どっかで見た顔だなって、、、あ!あの人だって。びっくりしましたよ。」
光栄なはなしである。
さていよいよお楽しみのパスタ。
平田赤葱のソテーがたっぷり載せられたトマトのパスタだ。
これもパンチェッタたっぷりの濃いソースで、食べ応え十分。平田赤葱も、硬度ととろり感がバランスしていて、在来品種と思えないほど洗練された葱の味だと驚いた。
手前のオイルベースのほうは、宝谷カブのパスタ。こちらはモッツァレッラのようなチーズを散らしただけの、シンプルパスタだ。
そしてちょっと驚いたのがこの一皿だ。
絶妙な火入れで焼かれた肉の上に散らされているのは、アサツキである。
東京のスーパーで売られているアサツキと呼ばれるものは、あれは実は葉ネギだ。アサツキは本来、ユリ科植物で、根茎部が軽く肥大するのをヌタなどにして食べるものだ。さらに新潟や山形ではこれをニンニクのように乾燥させたものをかじったりする。そのアサツキをオイリーに炒めてあるのだけど、肉で巻いて食べてみてびっくりした。とても異質な香りがする。その正体はクミンである。
下の写真をみてもらえれば、アサツキにチョロチョロとまとわりついているクミンをみることができるだろう。
実はこの日の料理ではもう一品、驚くものがあった。先の平田赤葱とハタハタを軽くブレゼにしたようなものがあった。
「おっハタハタ!」と思って皿に盛り、きっとしょっつるのような味をベースにした料理だろうと思って箸をつけると、全く違ったのだ。薄く淡い、おそらく水で軽くハタハタを煮だした、内側からのスープとネギの風味、淡い塩味とともに、やけに異質な香りが立った。それがやはりクミンだったのだ。
「これ、クミンですか?」
と通りがかったシェフに聴いたら「ピンポーン! 合うんですよ、不思議と、、、」と笑ってくれる。
ハタハタ料理といいこのアサツキといい、使い方があまりにも食べての驚きを誘う。その異質さは、一瞬あっけにとられるくらいのものなのだ。でも、咀嚼しているうちに口の中でだんだんと素材の味がしみ出て一体になると、異質さがなくなって同化してくる。同化してしまうと、ハタハタやアサツキという素材とは全く異化された味になる。そう、奥田シェフの料理の楽しさは「異化」の作用にあると思う。だから、料理写真をみるだけではシェフの料理の本質的な部分はみえてこないのだな、と思った(もっとも、どんな人の料理も、写真だけではわからないけれども)。
たっぷり食べて、みんな満腹。それにしても、山形在来作物研究会は、生産者と研究者、それを支える飲食店やジャーナリスト、出版業界などがいい相互作用を生み出している、活気ある団体だと感じた。
この写真で笑いかけてくださっているのは、在来作物研究会の機関誌「SEED」の写真を撮り続けておられる東海林(とうかいりん)さん。この写真群が実にすばらしいのである!
「ん、作品はデジタルだと撮らないよ。四の五とかだね、、、デジタルは眠い画像になっちゃうんだよねぇ」
とおっしゃっていたが、めげずにライティングのことなど教えていただいた。
思いがけない出会いもあった。
「あれぇ、どこかであなたとは会った気がする」
と話しかけてきてくれたお姉さん。
うーん、そうだったかなぁ、と名刺交換をすると、、、
「ああああああああああああ やまけんさんでしょ!? うわー」と派手にびっくりしている。その彼女の名刺をみてびっくりした。東北の山菜のことを調べようと検索をする時には必ずこのサイトが上位にくる、という「山菜屋.com」を運営する遠藤さんその人だったのだ。
山菜屋.com
http://www.sansaiya.com/
アル・ケッチャーノから市街地へはかなり距離があるのだけど、彼女が車で送っていってくれることになった。道すがらいろいろ話を聞いたが、在来作物研の活動だけではなくスローフード協会の支部運営などにも関わっているということだった。うれしい出会いだった、、、
宿は、小野寺さんの農家民宿「母屋(おもや)」。
喜作さんが山菜屋.comの遠藤さんや同宿するほかの人たちとも一緒に、酒を振る舞ってくれる。
この「雪の大地」は、喜作さんらの生産者団体の米で、「くどき上手」の亀の井酒造が醸した酒だ。
飲み口軽くキリッとした酒で、冷やが旨い。
煎りぎんなんと山菜屋.comの遠藤さんが持ってきてくれた栃の実せんべいや干し柿(←うめぇ)を肴に、遅くまで呑んだ。
農政の話、庄内の話、食べ物の話。
まだ雪は降っていない庄内の、いい感じに冷えた空気のなか、暖かい母屋で過ごすいいひとときだった。