前のエントリで書いたとおり、このたび短角牛の母牛のオーナーとなった。
色んな人がメールをくれて、
「肉にするときは呼んでね!」
というのだけども、誤解しないでね、僕がオーナーになったのは母牛ちゃんです。短角牛の場合、メスが産まれると基本的に肉にはせず、母牛として育てます。母牛は順調であれば生涯で10産くらいしてくれます。だいたい一年一産くらいだろうか。では、その産まれた子牛をどうするのか。それを出荷することになるのです。
母牛を育てて子をとり、その子牛を家畜市場の開催にあわせて出荷し、買って貰う。これを「繁殖農家」といいます。
その子牛を買い取り、成体となるまで餌を食わせ込むことを「肥育」といい、出荷に足る体重に達した牛を肉牛として販売する農家を「肥育農家」といいます。
酪農や豚の場合はこの繁殖と肥育を一つの経営体が行う「一貫経営」が中心なのですが、日本の肉牛の場合は通常、繁殖と肥育という二つのステージに分かれています。僕がオーナーになったのは「繁殖」の方です。
では僕の母牛ちゃんから産まれた子牛をどうするつもりなのか、、、ということが重要なのですね。
さて
僕と短角牛との出会いは、岩手県久慈市山形村という、岩手なのに山形という、なかなかに混乱する名前の村との関わりがその端緒となった。この山形村では、こだわり農産物・食品の宅配ネットワークである「大地を守る会」に村ぐるみで短角牛を供給している。山形村の短角といえば、下記エントリに登場したアレである。
実際にはこのエントリを書く前の2005年に、このエントリに出てくる「山藤」の料理長の梅田さんと共に山形村を訪れている。今年も行った。昔からの伝統的な食文化がきちんと残っている素晴らしい村で、生涯お付き合いをしたいと思ったのだ。
だから短角についてもこの山形村で突っ込むことになるだろう、と思っていた。
しかし、面白いことに今年、二戸で講演をした際の岩手大旅行で、大きな出会いがあったのである。それが、短角牛オーナー制度である。
実はこのエントリで、せんだって二戸市と合併した浄法寺という町の短角牛農家さんを回らせていただいたわけだが、記事には書いていないがそこで「オーナー制度」を実施している牛舎を訪れたのだ。
オーナー制度とは、自分の家に短角牛を飼うことが出来ない人が出資し、各種の世話を組合に肩代わりしてもらうことで牛を所有する制度だ。これを実施しているのが、浄法寺の農家さんたちが立ち上げた「大清水牧野農業協同組合」である。
この時、案内してくれた杉澤さんは浄法寺の役場の畜産担当職員で、農家ではない。でも、
「俺もここで一頭の牛を所有しているんですよ」
と言う。
「それって、僕でもオーナーになれるんですか?」
と尋ねると、杉澤さんはうーんと難しい顔をしてこういった。
「一応、市外の方はお断りしています。それと、和牛商法問題とかが過去にありましたので、いろいろとトラブルがあってもいけないと言うことがあるので、非農家の方にオーナーになっていただくのは難しいということになってるんですよ。」
なるほど、それはそうかもしれないな、とその時僕は半分諦めた。
でも、「もし空きが出て、しかも市外人でもいいというご意向が出てきたらぜひお願いします!」と言って帰ってきたのだ。
数ヶ月後、その杉澤さんから「もしかしたら、オーナーになっていただけるかも知れない」と話が来たのだ。杉澤さん自身は、どんどん減少していく短角牛の将来と、協同牧野という組織の今後を考える中で、僕のような人間が短角のオーナーに取り組むということがプラスになるのではないか、と考えてくれていたようなのだ。
「おおまかな考え方としては、組合のキーパーソンに了承してもらいました。もし都合がよければ、母牛候補を観に来ませんか?」
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
マジですか?
と昂奮しながら7月の5,6日に二戸を訪問した。
僕は基本的に晴れ男なんだけど、この日は豪雨。二戸駅から、日本で唯一の短角牛専門焼肉店である「短角亭」の槻木(つきのき)専務が運転してくださる車で、40分ほどの時間をかけて大清水牧野へ登っていく。ぐんぐんと山道を登り、雨でけぶる風景がダイナミックな平原に変わってきたところに、牧野の監守さん達が暖をとる事務所があり、そこに杉澤さんが待っていてくれた。
「そこに、母牛候補の二頭を追い込んでおきましたから、まずは見てください。」
通常は広大な牧野を移動している牛たちの中から二頭、僕向けの牛を二頭選抜してくれていたのだ。その二頭がこの子達だ。
「牛を選ぶ際には、骨格と肉付きを見ます。僕としてはこちらの牛をお奨めします。」
残念ながら僕には素性のよい母牛を選ぶ眼がない。ここは杉澤さんにお願いするしかない!
「じゃあ、この子をお願いします!」
「わかりました!」
この子がその牛ちゃんである。
両耳に耳標(じひょう)が付いている。これは牛肉トレーサビリティ法(本当の名称はもっと長いのですが)によって定められた10ケタの「個体識別番号」を記載する耳標と、10ケタでは覚えられないので、牧野で独自に管理する番号を記載したものだ。
とにかく凄まじくどしゃぶる雨の中、まだまだ実感のわかない対面であった。
でも、別れの間際にこの子の体にそっと触れた手が、実に生暖かかった。体温がある、動物なのだ。この子のオーナーとなるというのは、とてつもない責任を負うことでもあるのだなぁ、と思ったことを記憶している。
「雨じゃなんですから、ちょっと小屋に行って話しましょう」
ちょっと離れたところにある小屋に移動。ふーと息をつく。なぜかわからないがこの時、二戸の振興局の方もご参加。
さてこの人が浄法寺役場の杉澤さんである。
前回案内して貰ったときに比べて、髪を切ったせいか爽やか度が非常にアップしている!
しかしその爽やかフェイスから出た一言は、はやる気持ちをちょっとダウンさせるものだった。
「実はヤマケンさん、昨日までは、本当に昨日までは順調に進んでいたんですが、ちょっと再度、組合内の意見を調整しなければならない状況になりました。」
やはり部外者、それも県外の非農家がオーナー制度を利用することに難渋を示す組合員さんもいるようなのである。
「ハッキリとダメとかそういうことではありませんので、組合としてきちんと話をして決めたいと思います。ですからもう少し時間を下さい。その間に、今回のオーナー制度がどのようなものかを理解していただくことが必要だと思いますので、少々レクチャーさせていただきます。」
(つづく)