登喜和食品は、府中にあるが国分寺から車でも10分かからない場所にある。登喜和食品の建物の二階スペースに蕎麦の看板がかかっているが、なんとこれは社長の息子さんが始めた蕎麦屋だそうで、昼はここで食事をさせていただくことになっているのである。
「いやどうも、遠いところをありがとうございました」
とお迎えいただいたのが 遊作 誠 社長だ。「ゆうさく」という素敵な名字、初めて見た!
ちなみに登喜和食品では、消費者向けの小売・通販は行っていないが、唯一この製造工場での直売だけはやっている。
ここには扱い商品がずらりと並んでいるのである。
僕が溝口さんからいただいた商品以外にも、大豆の違いやパッケージ違いなど含めるとアイテム数が30以上はあるようにみえた。
見ていると、けっこう近所の人や務め人が買いに来ているようだ。納豆製造の現場って、あまり生活に身近なイメージがない。けれども、近所のローカルスーパーで見慣れない納豆商品の裏を見ると、けっこう近くに工場があったりする。いつかそういう、ナショナルブランドではない納豆工場を観たいと思っていたのだけど、今回は本当にそれが叶ったという感じだ。
遊作社長は、元々は土建技術者をしていたが、お母さんが営んでいた納豆工場を継ぐ形でこの業界に入ってきたという。
「やってるとね、すごく楽しくなっちゃってね。どうせやるならどこにもない納豆を作ってみようと思ったんですよ」
ちなみに登喜和食品には、モットーというか約束事がある。
このうち、薫煙炭火造りという製法についてはこの時詳しく訪ねることができなかったのだが、どうやら室で発酵させる段階で炭火を焚くことによって酸素濃度を低くし、納豆菌が胞子の状態になろうとするのを促進する。この胞子が多いほど納豆の食味がよくなるという寸法。そして炭火で燻煙することで、アンモニア臭などのマイナス要因を取り去るという手法らしい。
それはともかく、
いまどき国内産で無農薬・低農薬の原料「のみ」で納豆を作るということを宣言するのは大変なことだ。一般の人はそうしたものがゴロゴロ転がっていると思うようだが、稲作の減反政策で大豆に転作した農家は多いものの、無農薬・減農薬で栽培している良心的な大豆を集めようと思ったらそれなりにコストがかかる。納豆のような日用品的な位置づけの食品をそれで製造するというのはかなり大変なことだ。
「まあ、まずは工場内を見ていただきましょうね。ただし、お見せできない部分もいくつかありますので」
ということで、いよいよ工場内だ。白衣を着て帽子を被り、エアーでホコリを除去し、粘着ローラーで衣服の上からゴミを取り去り、アルコール消毒をした上で内部に入る。
そこで目に入ったのがテンペだ。
インドネシアなどで食べられている、テンペ菌による大豆発酵食品「テンペ」。その健康的な要因から最近かなり有名になってきた食材だ。
「あっ 普通の大豆のテンペだけじゃなくて、黒豆のテンペも作ってるんですか」
「そうなんですよ、これが最高に美味しいんです。あとで食べてくださいね!」
というやりとりをしながら、いよいよ工場内へ!
これが納豆の製造ラインである。
「まず、こちらが豆を煮る釜です。」
大豆は厳密に時間を計って浸水されるが、それがこのフロアの一階上に溜められている。それを、釜に入れて蒸すのである。
ちょうど、別の釜に挽き割り納豆の原料を補給するタイミングになったので、みせていただく。
こんな風に、太い管を伝って浸漬された大豆がゴゴゴッと釜に入れられるのである。
ちなみに、プロの納豆作りでは、大豆を煮るのではなく蒸す。別冊ダンチュウ誌上の納豆作り記事では、一般家庭で簡単に作れるようにと、圧力鍋で煮る方法を採用したが、蒸した方が大豆の旨みが逃げないので美味しいそうである。ということで、プロはだいたい、蒸し器を使っている。
「さて蒸し上がりましたよ、これが熱いうちに納豆菌を振りかけるわけです」
蒸し上がた大豆が盛大な湯気を放ちながら容器に移される。
この蒸し上がり大豆を食べさせていただく。
むむっ!
やはり煮るのとは違い、蒸したものは確かに豆の味が濃い。煮汁に旨み成分が溶けないからであろう。
「そうなんですね、やっぱりこの段階では豆の味をいかにして逃がさないかということを気をつけますね。蒸しでも、流れてくる煮汁には旨みが沢山詰まっているんです。それどころか、大豆を水に浸漬した段階で、旨みはたくさん流出するんですよ。ほら、さっきの挽き割り納豆の釜の下のバケツを見てください。」
おおっ
もの凄い泡にまみれた水である!
この泡は、大豆サポニンを多量に含んでいるとおもわれる。
「この水を飲んだら、美味しいですよ。やっぱり挽き割りにしちゃうと、その分、大豆の旨みが流出しちゃいますね。」
そういえば、先ほどの丸大豆の釜の下にあったバケツにはこんなに泡が流出していなかった。
「ですからね、お寿司屋さんとかでも、本当にこだわっているところは納豆巻きをつくるときに挽き割りで
はなく、ご自分で丸大豆納豆を叩きますよね。私も味の面では丸大豆がいいと思います。ただ、食感が好きとか、そういうお客様が沢山いらっしゃるので、挽き割り納豆も作っているわけなんですよ」
うーむ
しかし加熱するまえの段階であんなに旨みが流出しちゃうとは、、、もったいない!
大豆にはグルタミン酸が多量に含まれている。イソフラボンやサポニンも含まれている。あの浸水の残りを毎日飲んだらスゴイかも!?いや、大豆のアクも含んでるから、そうもいかないか。
さて、蒸された大豆が熱々の温度のうちに、水に溶かした納豆菌をしゅっしゅっとノズルから吹きかける。
一般家庭で納豆を作る際には、この、大豆が熱々のうちにやるというのが最も重要なポイントだ。
納豆菌は強い菌だが、納豆を作る際に他の雑菌が入り込むと、納豆に悪影響が出る。だから、雑菌が入り込めない熱々の段階で熱に強い納豆菌をまぶすのである。
登喜和食品の工場内は徹底的に減菌されているはずだが、やはり蒸し上がった豆にいのいちばんで納豆菌を散布するのであった。
ちなみに、先に蒸し豆を容器に移したときに使った機器なども、なんとこの会社で手作りしているのだそうだ。土木技術者をやっていた遊作社長のキャリアがこんなところにも生きているのである。
さて納豆菌をまんべんなく振られた蒸し豆は、パック詰めの商品については自動充填機にかけられる。
カップ納豆のラインはこうして製造されているのである。
こちらは、例のこだわりタレ&芥子だ。
「芥子につかうマスタード種子だけはね、品質の問題から、カナダ産なんですよ。もちろんきちんと生産者も栽培過程のデータもキッチリ採っています」
ということだった。
こうしてカップ納豆が完成する。もちろんこの後に、カップ納豆を3つ口にしてまとめる工程がある。
ちなみに、登喜和食品では商品製造段階でのトレーサビリティシステムがきちんと構築されている。
出来上がった納豆のパッケージには日時とロット番号、原料番号が刻印される。これによって万が一、事故が発生した場合には、いつの製造ラインでどの原料に問題があったのかを追跡することが可能である。
さて、いよいよ僕が見たかった、わらづと納豆の製造ラインである!
まず、わらづと納豆を作って大丈夫なの?という話しを聴いてみる。
「はいはい、本物の藁を使って製造をする許可はなかなか下りないんですが、弊社は保健所にきっちりと納得していただいて、製造許可を得ているんですよ。おそらく東京ではうちだけだと思います。藁にはサルモネラ菌が付いている可能性があり、これは芽苞菌(がほうきん)という熱に強い菌であるため、消毒技術が必要になるんです。うちではもちろん薬剤を使わず、温度と気圧をかけて消毒処理をするんです。この方法をきちんと保健所にも開示して、お墨付きをいただきました。」
とのことである!
しかしその殺菌処理の段階で、藁に付いている納豆菌まで減ってしまうのではないだろうか?という疑問がある。
「ええ、納豆菌もかなり死んじゃいます。けど、3匹くらいは残るんですよ。少ないッt恵思われるかも知れませんが、それがどんどん2乗ずつ増えていきますから、少し残れば納豆ができるんです。」
なるほどぉ!
昔読んだドラえもんに出てきた「バイバイン」というクスリがある。なにかに掛けるとそれが一定時間ごとに倍になるというもので、マンジュウ(だっけ?)にかけて、地球が埋もれるくらいになっちゃっいそうになるという話だが、それを思い出す。菌の増殖ってとても速いのだ。
殺菌された藁づとは、束の状態でこのように容器の中に湯に浸されて保管されている。ビニールをかぶせているのは「天上からの水滴などにあたって雑菌が入る可能性を避けるため」。本当に徹底しているのだ!
このわらづとをぐいっと開き、中に程よい空洞を造り、そこに計量された大豆をシュコッと入れる。
これが一瞬のことなので、撮影するのが非常に大変!
これを外側の藁をかぶせて包みこんでわらづと納豆の仕込み完成なのである。
こちらは経木(きょうぎ)に包み込む納豆の製造だ。
こんな風にして、機械による充填または人の手による充填作業を経て、納豆菌をふりかけられた蒸し豆がパッケージに収まる。次は、これを納豆菌が繁殖するのによい条件下で、発酵させるのである。
が、その発酵室の写真はありません。
「すみません、ここが一番の機密が詰まっているので、写真はご勘弁下さい」
ということだ。同業者の人にも見せられないノウハウが詰まっているらしい。
ちなみに書いても構わない部分を述べると、醗酵室は複数ある。発泡スチロールの容器や紙カップ容器のものと、わらづと納豆や経木納豆の発酵条件は違う。それぞれの条件にあわせて湿度や温度を管理するため、醗酵室がいくつかあるのである。それだけではなくそれぞれの室には仕掛けがしてあるのだが、、、これは絶対的機密である。僕も見ただけではよくわからなかったが、ものすごい室なのであった。
さて室から出た納豆は、保冷庫で発酵を落ち着かせる(適切な表現かわからないが)処理をして、パッキングされ、出荷となる。
納豆は出荷時点ですでに醗酵が進んでいるわけだけど、正直いって僕は醗酵が一般より進んだもののほうが美味しいと思う。ナショナルブランド品の納豆を買ってすぐに食べてもなにか味気ない。それを1週間ばかりおいて、ちょっと色味が濃くなってからのほうが旨いと思うのだ。アンモニア臭は増えるが、旨みも増える。登喜和食品さんでも、この熟成庫で適切な味になるまでコントロールしているわけだ。
工場内を出た後、資材スペースへ。
「やまけんさん、うちで一番高い資材はこれかもしれませんよ」
といって見せていただいたのが、、、
そう、稲藁である!
なんとこの稲わらも、無農薬品にこだわり、契約農家から買い取っているのだそうだ。
「そりゃそうです、無農薬の大豆を原料につかっても、藁に農薬がかかってたら意味がないですから」
とこともなげに言う遊作社長。しかし無農薬の藁は結構高いぞ、ということを知っている人間としては、聴いててちょっと心配になる。だって一束で50円以上にはなってしまうのだから。
「主には新潟県の上越で無農薬の棚田をやってるところから送ってもらってます。25年くらいの付き合いになりますね」
しかも、藁もいろいろな種類を持っていて、通常の白米を作る藁と、古代米の藁など数種類をそろえていた。なんともマニアックなわらづと納豆なのである。
このわらづと納豆は400円近くしたはずだが、そういうところまでこだわって作られているのだ。納得の価格である。
こんな感じで工場見学が終了したのである。いやー納豆の香りでお腹いっぱい。
「見ていただいた素材の中で、唯一芥子だけが国外のものですが、それ以外はすべて国産品です。そっちのほうが自然でしょ?お金はかかりますけど、生産者と顔を合わせながら信頼関係を結んでやってくってのがうちのやり方です。」
素材だけではない。300平米の工場敷地には、おびただしい量の炭を埋設し、工場内に常に陽圧がかかるように空気も調整している。
「うちの工場内にいると健康になりますよ(笑)」
というが、本当に気を配っているのが見て取れた。
ちなみに今回最も面白かったのが、納豆菌の話だ。
納豆は誰にでも創れるわけだが、商業的に納豆を創る際には、藁などに生息している納豆菌を使っていると安定した品質が出ない。このため、納豆菌を専門に培養している業者があり、日本で代表的なものが3つある(詳しくはダンチュウ別冊を読んでください(笑))。
これはパンで言えば天然酵母のようなものだ。
僕も大学生の頃は自分でパンを焼いていたけど、市販されているホシノ酵母を使うか、バックフェルト酵母を使うか、はたまた自分で干しぶどうを水につけて発酵させ、培養した酵母を使うかで味が全く変わる。
そういう風に、納豆菌も代表的な三種だけではなくいろんなバリエーションがあっていいんじゃないか?ということだ。その質問には、驚くべき答えが返ってきた!
「実は東京都で新しい納豆菌を研究しているんですよ。ある作物から発見した菌なんですが、それが非常にいい納豆を創り出すんです。都の研究が進んでいるので、いずれうちでも製品に使えると思います。それを楽しみにしてて下さい!」
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
それは面白い!
納豆菌は誰でも創れるものではなく、やはり専門的な分離と培養技術が必要らしい。
その専門機関で現在、東京都が研究中ということだったのである。これは楽しみだなぁ、、、
「さあ、じゃあうちの息子の蕎麦を食べてやってください」
ということでランチタイムである!
登喜和食品の建物の2階の一部が蕎麦やさんになっているわけだ。
■そば処 厨(くりや)
http://www.tokiwa-syokuhin.co.jp/mise/index.html
〒183-0046
東京都府中市西原町1-10-1 (登喜和食品 大豆の里2階)
Tel:042-361-3171
明るい店内でメニューを見るが、天ぷら系が非常にリーズナブルだ。
しかも、当然ながら登喜和食品の納豆・テンペ製品を食べることが出来る。
例えばテンペの天ぷら。これが実に旨い!
登喜和食品のテンペは豆の味がしっかり残っていて、大豆食品として非常に美味しい。
なので、テンペも同じく美味しいのである。
こちらは生のテンペ。
このまま食べても全然美味しい。大豆ようかん?という感じである。
さて蕎麦だ!
鴨南蛮そば、美味しゅうございます。
これに加えてジャンボ天ざる。
大海老が二本ついて1500円はリーズナブル。
しかも蕎麦の味がいい。
二八そばだそうだが、粉もきちんと国産、もりづゆの辛さも程よい。
「いやー旨いですよ!」
店主である遊作社長の息子さん(まだお若い!)、「まだまだ研究中ですので」と謙虚である。
デザートに黒豆テンペアイスをいただく。
黒豆のアミノ酸が糖分と乳脂肪とマッチしてこれまた予想外にいける。
いやいや
蕎麦とテンペで大満足である。改めて登喜和食品の志を感じてしまった。
納豆は、毎日食卓にのるような日用品である。
一パック60円程度、もしくは3パック100円という安値が普通という意識になっているだろう。しかしこれは、安い輸入大豆を使う前提の価格だ。穀物の国際価格が高騰している現在、じりじりと値段が高くなっていくだろう。
しかし一方で、まっとうな材料で、まっとうな製法で納豆を作っているところもある。そのばあい、価格も「まっとうな」ものになる。それを高いと思う人もいるだろう。しかし僕から見れば、納豆の基準価格はこちらのほうなのである。もし関心がある人がいれば、お近くの丸井百貨店(食品売り場があるところね)で、登喜和食品の納豆を買い求め、スーパーの100円3パックの商品と味比べをしてみたらいいと思う。いや、ぜひやってみて欲しい。
うーん書いててまた納豆が食べたくなってきた、、、
遊作社長、登喜和食品の皆様、そして丸井の溝口さん、どうもありがとうございました!