明日21日(木)、ニッポン食堂というイベントが開催される。詳細は当該Webをみていただきたい。僕は午後5時くらいまで、別の会議に出なければならないのだけど、夕刻から参加する予定だ。
このイベントは、先日もブログを紹介した、有機農産物流通の世界の師匠である徳江倫明さんから「おーい、ちょっと今後おもしろくなりそうなイベントがあるから、行こう」とお呼びをいただいたのだ。
で、それに先だって、いきなり凄いお誘いがきた。
「あのさ、このイベントで使う食材に梅山豚(メイシャントン)を出すんだけど、その事前取材で茨城の塚原牧場に行くから、一緒に来ないか?」
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
これは何を置いても行かねばならない!と決意して、早朝5時半に、茨城は猿島に向けて、徳江さんの駆るレガシーワゴンに同乗させていただき、出立したのである。
塚原さんとは、数年前、前の会社にいた時代に、ある有機農産物の卸の勉強会でご一緒させていただいた。
「あの頃は暇だったんですよ」
と笑っておられたが、その時の、にこやかなスーツ姿の塚原さんからは養豚業者っぽい雰囲気がみじんにも感じられなかったことを思い出す。
さて、梅山豚(メイシャントン)をご存じだろうか?
梅山豚は、あの金華ハムの原料として有名な金華豚と同じく、中国で育成された豚である。当然ながら肉質美味なものだが、原種100%の個体は日本国内には100頭前後しか居ない。それも、農林水産省管轄の牧場の他には、茨城の塚原牧場でしか営利生産されていない。
塚原牧場の梅山豚で注目すべきポイントは3つある。
まずは何より、品種として稀少であるということが第一だ。以下、塚原牧場のWebから引用させていただこう。
梅山豚は、中国太湖豚系の原種豚で、その味わいとさらりとした上質の脂肪分から、最高級の豚肉とされてきました。
この梅山豚を私共がはじめて日本に輸入してきたのは、平成元年のことでした。その後、中国政府は梅山豚を輸入禁止品目に指定したため、現在日本で飼育されている梅山豚は、私共塚原牧場と農林水産省を合わせて、100頭前後です。
(塚原牧場のWeb http://www.meishanton.com/intro/intro01.html より引用)
第二に、この塚原牧場では、なんと、全ての出荷用の肉豚を、豚舎のみで飼うのではなく、仕上げ段階で森林放牧をして育てているのだ。
以前にも富士宮で放牧豚の経営を紹介したことがあるが、豚を放牧で育てるのは肉質の面で非常にプラスになることが明らかだが、適切な密度で育てないと環境に負荷がかかってしまうことになる。しかし、塚原牧場では頭数を絞り、また茨城の北関東に拡がる森林部を利用して適正な飼い方を展開している。
そして第三に、餌がすごい。僕は、畜産物の味は
品種×飼料×飼い方
で決まると考えている。ちなみに農産物の場合は品種×肥料×栽培方法である。
塚原牧場は、品種は梅山豚、飼い方は豚舎・放牧の複合形態、そして餌は、、、
なんとリサイクル原料を用いた自家配合飼料100%なのである!
畜産関係者ならば、この一文の表す内容の凄みをわかっていただけるだろう。
具体的には塚原さんに会ってから、つぶさに農場経営の状況をみせていただいた印象からわかってもらえると思う。
茨城は広い。それにしても猿島の農場近辺にさしかかり、普通に住宅街が拡がっていることに驚く。元来、畜産業は町中で行われていた。それが、住宅中心の街並み整備が進むにつれて、悪臭がするということでだんだんと山林などに追いやられてきたという経緯がある。しかしこの塚原牧場の本拠は町中にあるのだ。
「ああ着いた着いた」
と車を降りても、悪臭など一片もない。駐車場には、すでに撮影クルーと打ち合わせをする塚原さんが居た。
「おおお ご無沙汰してます。 ようやく着てくれましたね!」
と長身で俳優のような整った顔立ちの塚原さんが迎えてくださる。
事務所に入って撮影の打ち合わせをする傍ら、塚原さんが行き着いたリサイクル飼料の原料を見せていただいた。
「うちは輸入コーンなどの濃厚飼料は一切与えません。全部、この食品由来のリサイクル飼料なんです。この配合に行き着くまでは本当に時間がかかりました、、、」
リサイクル原料の内容は、小麦粉、乾燥麦茶かす、ピーナッツオイル絞りかす、モナカの皮の残渣、パスタ粉砕物、乾燥サツマイモかす、パン粉である。麦茶の滓というのを訊いて、なるほど!と唸った。麦茶は大麦を炒ったものを煮出す飲み物だが、麦の栄養成分を抽出しているものではなく、その外側の香ばしさを煮出すものである。従って、絞り滓には十分な栄養成分が残っている。
「実はこの麦茶かすを豚の餌にする、というのが私の筑波大学の修士論文のテーマなんですよ」
と塚原さんが笑う。
他にも、かなり栄養価を考えられた内容構成になっている。しかし、こうしたものの原料が、どこから来ているかわからない、添加物だらけのものであることも考えられるのではないか?という疑問もあるだろう。しかしそこはさすがに塚原さん。全部の由来物をきちんと追跡・分析したうえで選定をしているのだった。
「例えばパン粉に使っているパンは、皆さんがあっと驚くような外食チェーンの廃棄物です。しかし、内容物を調べたところ、非常にいい原料を使っていて、添加物がほとんど使われていなかったのです。多頻度配送をしているチェーンだったので、添加物を入れる必要がないということだったんです。外から見ているだけではわからないことだらけですね、、、」
さつま芋に関しては、ある菓子製造業者から出てくる、芋の内部をくりぬいた皮を乾燥させたものがメインである。
さてこのようなリサイクル原料を用いた飼料を与えるのは、言うは易く行うは難しという言葉そのものだ。リサイクル原料を用いて栄養計算を行い、家畜が十分に成長するための飼料設計を行うことは可能だ。しかし「美味しい豚」をそこから産み出すというのは、「栄養が十分である」だけでは達成できないのである。リサイクル原料を用いてなおかつ美味しい豚を産み出すということは非常に高度な飼料設計技術を要する。それをやってのけたのが、塚原さんの凄いところなのだ。
この辺のすごさについては、徳江さんも書いておられるので、後に紹介したい。
「じゃあ早速、放牧場に行きましょう!」
事務所から15分ほどワゴンを走らせると、うっそうとした雑木林が拡がっている。
虫除けスプレーを念入りにかけた後、この林に分け入ると、、、
向こうの方に黒くうごめく気配がある。
居た!
こいつらが梅山豚なのである!
黒い体毛に覆われた、大きさとしては中型クラスの梅山豚たちが、草を一心不乱に食べている。
奥の方から、塚原さんが梅山豚たちを追ってこちらに来てくれる。
木立からブヒブヒゴウゴウと鼻声をたてながら歩いてくる梅山豚を見ていると、なんだか幻想的な気分になってしまった。
梅山豚の形質的な特徴は、下の写真のように、背中部分に一段のくびれが出ていることだ。
このくびれがハッキリ出ている個体が、血を濃く受け継いでいるものといえるらしい。
塚原さんのお父さんであられる会長が、この個体を指さして「こいつが一番旨いよ。この背中と腹の形をみればわかる」と仰っていた。
そしてなんとも特徴的なのがこの顔だ。
大きく垂れた耳に、潰れたような鼻。目にはしわがより、くしゃくしゃな顔立ちだ。
後ほど豚舎で原種のメスを見るともっとこの特徴が明らかになるのだけど、西遊記に出てくる猪八戒のモデルは梅山豚であるという話が頷ける顔なのだ。
それにしても、山間に遊ぶ梅山豚は本当に絵になる。徳江さんも、最近めきめき上達しているPENTAXのデジタル一眼レフカメラでバシバシと撮影をしている。
放牧されている梅山豚は、ストレスがないようで人間を全く怖がらない。体表を触ると、高い体温が伝わってくる。
豚は幼年期にじゃれて他の豚の尾を噛みちぎってしまうことがあるので、予め適度な長さに断尾する。梅山豚には割と尾がついていたので断尾していないかと思ったら、少ししているそうだ。
それにしても
この放牧は非常に贅沢なものだ。だって、クヌギが沢山おいしげる林で、秋にはドングリがゴロゴロと落ちるのだ。ドングリを食わせて育つ豚と言えば、スペインのイベリコ。それと同じような環境で放牧で育っているわけである。
「てことは、秋に放牧されて冬に屠畜された豚の肉が一番美味しいってことですかね?」
と訪ねると、塚原さんも笑って「そういうことです!」と頷いていた。なるほどぉ、、、
それにしても、岩手県の短角牛にしても、放牧は中間段階で、仕上げは牛舎で穀物を与えてしばらくして出荷する。仕上げの段階は舎で、というのが通常と思っていたのだが、ここ塚原牧場では仕上げを放牧で行うという。これが僕には新鮮だった(養豚業界では”当たり前のこと”だったらゴメンナサイ)。
しかし、確かに仕上げ段階で濃厚なドングリなどを食べて育つのであれば、味が出荷前にきっちり乗るわけで、これは理屈が通る気がする。それ以外にも、舎飼いよりもストレスが無くなることも肉質に佳い影響を与えるのだろう。
塚原牧場は、塚原さんのお父さんとお母さんが始められた農場だ。
右から会長、お母さん、そして農場長さんだ。みな明るくて、よく笑う。
この笑顔が、豚にもストレスを与えない大切な要因になっているのではないだろうか、そう思った。
「さて、じゃあ豚舎の方も見ていただきましょう。」
車で事務所に戻り、消毒服を着込んで隣接する豚舎に入る。
いまや、営業中の豚舎に入るというのは非常に危険だ。いや、人間にとって危険なんじゃなくて、豚にとって危険なので誤解無きよう。よその細菌を持ち込むことは、畜産にとっては御法度なのだ。豚が不潔だと思ってるひとは多いが、人間の方がよほど訳のわからぬ菌にまみれているのである。
「ほら、この子豚が梅山豚ですよ!」
うひゃー カワイイ!
確かに子豚の段階からすでに顔の造作に特徴が現れている。
「やまけんさん、この足の部分が白いのが、梅山豚の特徴なんですよ。」
たしかに足の部分は、長靴を履いているかのように白くなっている。
それにしても子豚はカワイイ。だっこしてのアベックフォトを、徳江さんが撮影してくれた。
こういう風景を目にして、かならず訳のわかってない人が訊くのが、
「こんなにカワイイ豚を殺すのって、可愛そうって思いませんか?」
という無神経な問いである。この日も実は別働隊の一人がそう訊いていた。
アホか。
畜産に関わるひとは全て、命をいただくことと毎日向き合っている。
それこそ、脳天気な消費者が全くなんの罪悪感も覚えずにパック入りの肉をぱくぱくと食べているその時に、向き合っているのだ。
部外者がつまみ食い的に見学に来て、カワイイ子豚をみて憐憫を覚え、いきなり畜産経営者に対して責めるような口調をするシーンをこれまで何度も見かけてきたが、そんなことを言える資格を、肉を食べる現代人は持たないのである。
ちなみに生まれてきた子豚のうちの何割かはすぐに弱って死んでしまうものだ。各地の豚舎に視察にいくが、その片隅でビニール袋に詰められた子豚の死骸の山をよくみかける。中にはまだヒクヒク動いているのもいる。何も手をかけずとも、命は失われていく。そして育てば育ったで、屠畜・解体されるために出荷される。畜産経営者は絶えず命を産み出し、その命を奪うところまで我々の代わりをしてくれているのだ。
そう、それは我々の代わりにやってくれていることなのだ。
そんな人たちに対して「可愛そうって思いませんか」などという失礼な質問はしてはいけない、と思う。少なくとも肉を食べている人がそんな質問をする資格など全く持ち得ないのである。
と、話がそれたけど、子豚はやっぱりカワイイ。
しかし豚の成育は非常に早い。このかわいい子豚が、数ヶ月でどぉーんとデカク成育するのである。
この豚舎で与えているのが、くだんの飼料である。
さきほどの原料を粉砕混合し、給餌するのである。
塚原さんに肥育日数を訊いたところ、驚くべき答えが返ってきた。
「梅山豚の肥育は300日かかります。」
なんと! 通常の三元交配LWDでは、200日前後で出荷するところではないか!
肥育に時間をかけると、肉にアミノ酸が蓄積されることはもちろんだが、一方で確実にその期間の餌代や管理コストがかかり、商売を成り立たせることが難しい。
「うちでは幸いなことに餌のコストを、自家配合で行うことでかなり低減できています。それと、月に出荷できる頭数が100頭あまりですから、幸いなことに稀少な豚として、肉質を認めていただいている業者さんは高い評価をしていただいてますので、、、」
とのことだ。
「さあ、それより肉を用意してますから、、、ヤマケンさん、食べずには帰れないでしょう?」
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
浅ましいと思って言い出さなかったが、実に実に期待していたのである!
事務所に戻ると、サンプルの肉が冷蔵から出されていた。
あまりにも見事なサシである、、、
見た目でいうのも何だが、本当に、イベリコ豚のペジョータクラスの肉質ではないか。
外では炭火が熾火になっていて、塚原さんみずからが焼いてくださる。
焼き目がつく前の、火が通ったという段階のやわやわな肉をいただく。
「僕は炭火焼きが一番美味しいと思うんですよ。しゃぶしゃぶを美味しいと言う人が多いんですけどね」
といいながら、塚原さんがゲランドの塩を出してくれる。
でもまずは塩すら付けずに肉をいただく。
柔らかな肉のテクスチャ、薄切りなので歯を立てても繊維の質は知れないが、塩分を全く使わずにいても非常に複雑に組成されたアミノ酸群が舌に溶け出る!そしてその脂は極めて端麗で、口中にざらつき残ることがない。
ホントに参るね。
徳江さんが撮影してくれた僕の顔を見てくれれば、大体の感想がわかるだろう。
このように、肉の入っていた皿に、いつまでたっても脂が固まらない。融点が非常に低いからである。
ゲランドの岩塩を軽くかけていただくと、角の立った塩分と肉のイノシン酸が結び付き合い、素のままでは立ち上がらなかった芳醇な旨みが立ち上る。
いや、この味について多くを述べても陳腐なだけだ。
肉として旨い。
放牧を核にした飼養形態が凄い。
そして、リサイクル原料を用いた餌の設計で、最高の肉質を得ていることが素晴らしい。
僕は、通常の三元交配であるLWDも大好きだ。
養豚経営を成り立たせるために、経済原則を考えるならばまずはLWDを選択するのが通常だ。
LWDは、強健性をもち、大きく育ち、子を沢山産む。養豚農家にとっては安心できる素材なのだ。
そのLWDに、選び抜いた餌をやり、育て方を工夫することで、LWDの肉質は確実に上がる。
事実、LWDの肉を送っていただいたのにもかかわらず、「これ、LWDじゃないですよね」と間違うことがよくあるのだ(お恥ずかしい)。
でも、一方では特に通常の飼養形態から逸脱することのないLWDを、ことさらに銘柄豚にして付加価値をつけようとする経営体も多い。食べてみてそれほど美味しいと思えない豚にでも、銘柄がつけば消費者には売りやすいのだ。
そういうものが乱立しているため、豚の世界でも、本物が他と明確に差別化をすることが難しくなりつつある。
しかし、塚原さんがとりくむ梅山豚は、あまりにもまっとうであり本物の要素が含まれている。
最後、徳江さんの言葉で、この塚原牧場の要諦である飼料配合の現場を見せていただいた。
「塚原さん、やまけんちゃんには餌の配合の現場を見せてあげて欲しいんだ」
快く引き受けてくださった塚原さんについていくと、先のリサイクル飼料の貯蔵と配合を行う工場がみえてきた。
以前、ここも二階建ての豚舎だったそうだ。
「大失敗した飼養管理形態でした。でも、こうやってちゃんと飼料工場として再生できているのでよしとしています」
と笑う塚原さん。
これが、メーカでパッケージ商品としての基準を満たさないと判断されたパスタだ。
これを粉砕し、こうなる。
芋かすや麦茶かすなどは、自分で設計した乾燥機で水分を飛ばし、粉砕して飼料に配合する。
いや、、、
圧巻である。
飼料の自家配合、稀少な品種を持っていること、そして放牧という形態。この、一つ一つをとってみても価値のあることを三位一体でこなしている希有な事例が、塚原牧場の梅山豚といえるだろう。
いま、国際的に穀物単価が高騰するなか、畜産業者は非常に苦しい立場にいる。肉質向上のために輸入濃厚飼料を中心に与えていた事業者はかなりの打撃を受けているだろう。
塚原さんの経営では、この日本という国で「余っている」原料を元に組み立て、素晴らしい肉質の豚を育てている。この国の「余剰」がどれだけ続くかわからないが、状況が変わればそれに対応した生産方法を塚原さんは産み出すだろう。それが、塚原牧場がすごい畜産経営であることの最大のポイントだと思う。
明日木曜日、この梅山豚がどんな料理人に、どのように料理されるのか、楽しみにしたいと思う。
■塚原牧場のWeb
http://www.meishanton.com/index.html
ちなみにレストランなどの業務販売主体の梅山豚だが、消費者も梅山豚をこちらで購入できる。
■フードトラスト食味選定委員会
http://www.shokumi.jp/
■ニッポン食堂のイベント情報
http://www.nippon-syokudou.com/
また、今回お誘いいただいた徳江さんには格別の感謝を捧げる。
徳江さんの凄いところは、らでぃっしゅぼーや時代につちかった全国の本物の農畜産物を作るネットワークが、世代を超えて生きていることだ。まだまだ教えていただきたいことがある。
ちなみに下記徳江さんのブログで、早くもこの日のことが書かれているが、なんと僕の撮影シーンがかなり掲載されている。恥ずかしいなぁ、、、
しかし、ごらんいただければわかるだろうが、徳江さんは一眼レフの初心者で我流で撮影しているにもかかわらず、非常に佳い写真を撮る! 一流は何やってもセンスがある、と脱帽せざるを得ない。
■徳江さんのブログ
http://blog.jseq.org/
明日、塚原さんはにこやかに笑いながらイベントの成り行きを見守るだろう。僕も楽しみだ。
塚原さん、招き入れていただき、本当にありがとうございました!
いやー ここまで気合いをいれたエントリを久しぶりに書いた。
疲れた、、、