さてようやく岩手編に戻ることができる。
っていうかこの部分は本にも書かなければならない部分なので、下書き、下書き。
陸前高田で醤油製造業を営みつつ「地元学」なる学問まで興し、和太鼓の祭りをプロデュースするというバイタリティーのカタマリ、いやバイタリティーしかないような河野さんとのあわただしい面会の後、大迫町の直売施設&アイスクリーム工房を後にする。
「河野社長が話を通してくださったし、これで陸高(陸前高田を短縮するとリクタカになるらしい)で行動しやすいですよ!」
とS藤氏が言う。なるほどなるほど やはり醤油とか日本酒とかの発酵製品を作る蔵元は、昔から地元での大きな勢力を持つ名士と相場が決まっているのである。
さて盛岡から陸高まで何時間かかったろうか、途中僕は居眠りしてたから覚えていない。ぎゅわんぎゅわんとワインディングした道を通ったりしながら、S藤さんから「ついたよー」と声がかかる。
「さてここが醤油の八木澤商店です。御名前は河野さんだけど、屋号は八木澤なんだよね」
おお!立派な構えの醤油蔵である!
こうした蔵づくりの店は、そのたたずまいだけで”日本”を感じさせる。
引き戸を開けて店内に入ると、もう醤油、発酵食品類がグワッとならぶ壮観な図である。
ここでおかみさんである河野光枝さんが登場。
「あらあらあら、ようこそいらっしゃいました! でもあんまりゆっくりしてる時間がないんですって?」
そう、実はこの日、岩手県民であれば「そんなの無理でしょ?」と言うような超多忙スケジュールをS藤さんが組んでいたのである。それは盛岡~陸高~久慈という、走行距離400Kmに達しそうな勢いのスケジュールなのである。従ってこの陸高編は3時間くらいで終了する、、、はずであった。
「まあいいから、とりあえず美味しいお魚でも食べに行きましょうね! うちの人から聞いてますから!」
と光枝さんが先に立ち、どうやら昵懇にされているらしい料理屋へと運んでくださる。
■海鮮処 ひとかべ
岩手県陸前高田市高田町字曲松120-3
0192-55-6677
http://www13.plala.or.jp/hitokabe/annai.htm
「なんでもいいから好きなもの食べてくださいね!」
とニッコリ微笑む河野光枝さん。
お世辞ではなく、存在しているだけで周りをピカッと照らしてくれるような、そんな強い陽の力を感じる女性だ。
思わず表情違いで2葉。
さて
ここで、驚愕の事実というか、僕の不勉強というかなんというか、、、
八木澤商店さんは超・ビッグネームな醤油蔵だったのである!
というのがわかったのは、光枝さんがこんなことを話し始めたときだ。
「私らはね、醤油メーカーなんですけど、漬物もやってるんで、原料のキュウリとかを栽培しようっていうことで農家もやってるんですね。美味しいのを作ろうと思ったら有機肥料で、農薬使わないでやりたいから、それで頑張って農地借りて、やってるんです。ついこの間までRADIX(ラディックス)の会の会長を務めさせていただいてたんですけど、、、」
え?
ええ?
「ええ、RADIXの会、ご存じ?」
えええええええええ
RADIXの会の生産者会長?
RADIXとは、有機・特別栽培農産物の専門流通団体である「らでぃっしゅぼーや」が、生産者が守るべき独自基準を定めた規格の名前である。RADIX基準は、310団体が名を連ねる生産者の集団でケンケンがくがくの議論の中で運用されてきた。その生産者の代表である会長を務めていたのが、この八木澤商店の河野さんなのだ!
正直言って僕レベルの人間が太刀打ちできるお相手ではない!
「そんなんじゃないわよぉ」
「いや、、、でも、てことは光枝さん、らでぃっしゅで仕入やってる○﨑とか、ご存じですか?」
「あら○﨑ちゃんは先週も会ったわよぉ」
「うーむ じゃあT江さんなんかはもちろん深いお付き合いですよね、、、」
「あら そりゃそうよぉ T江さんとはもうずーーーーっと長いわよぉ、、、」
いやー
なんじゃこりゃ。
はるばる陸前高田までやってきて、しかして人脈というネットワークはすでに通じていたということである。
これでもう我々の間には暗黙のうちの共感というか、ある種の共通観念が構築された。つまり、有機・特栽系農産物にとっぷり浸かった”こちら側”の世界である。(by 狩無麻礼)
聴けば本当に八木澤商店はビッグネームである。
例えば表参道を始め、首都圏に数店舗展開する自然食品スーパーである○○○ラルハウスのPB商品の醤油は八木澤商店が製造しているなんて、知っていましたか?
醤油や味噌といった基礎調味料は、製造元が自分のブランドで出しているだけではなく、相手先ブランドでの供給(つまりOEM)が実に多いのである。
醤油メーカで有機・特栽系ということは、原料大豆も有機もしくは特別栽培品のラインが存在するということであろう。しかも、漬物素材を自前で栽培しているというのを聴くと、京都府宮津にて原料米から自分たちの手で、しかも面倒な棚田で完全無農薬栽培を貫徹する飯尾醸造の「富士酢」を思い出してしまう。
「あら、富士酢の飯尾さんとは仲良くさせていただいているのよ! 先週もご一緒したわ」
いやぁ、、、
もう、この世界、本当に狭いのである!
それはそうと
流石は海の町、陸前高田。
運ばれてきた魚はみな鮮度ギンギンに光り輝いている!
「これがね、うちが作ってる漬物。キュウリのしそ巻きっていうんだけど、このキュウリが大変なのよぉ、、、自根キュウリが美味しいんだけど、手間がかかるから作る人がいなくなっちゃって、自分たちで栽培してるのよ。でももう大変で、そんなに面積も広げられないし、量が足りないの!」
この手前にあるしそで巻かれた自根キュウリ、実にザクリジャクリという絶妙に歯切れのよいキュウリであった。ちなみに光枝さんのご厚意で自根キュウリが自宅に送られてきた後日、自根キュウリの本当のポテンシャルを僕は知ることになる。
いやーそれにしても旨い魚たちである!
「さてと、じゃあ時間がないから、醤油製造の現場を観ていただこうかしら。もうほんとに、すっとばさないと今日中に久慈までいけないわね」
と、あわただしく蔵へと戻るのであった。