「食卓の向こう側」の佐藤氏と 博多もつ鍋の祖 「楽天地」で 食育と農業について放談!

2006年11月13日 from 出張

博多での夜、人と会うことになっていた。その人とは、先日のエントリでもちらっと触れた、西日本新聞社で精力的に食の問題を追っている「食卓の向こう側」という連載記事を企画・運営されている佐藤ひろしさんである。

■西日本新聞社 食卓の向こう側Webページ
http://www.nishinippon.co.jp/nbl/shoku/

昨年に食育基本法が成立してからというもの、様々なメディアで食育がらみの記事が生まれ書かれてきた。しかしこの「食卓の向こう側」は今年なんと6年目に突入している長期連載記事である。連載テーマを決めて一定期間連載が掲載された後、シンポジウムを開催して一般との交流を図るという、書きっぱなし・言いっぱなしに終わらないアクティブな連載記事を成立させているのだ。

ちなみにこの「食卓の向こう側」の過去テーマ・シンポジウムの内容は全てブックレットとして出版されている。一冊500円と手に入れやすい価格なので、現在出ている8冊分をまとめ買いしてもいいだろう。ちなみに八重洲ブックセンターに行って訊いてみたら、8冊全部が置いてあった。

食卓の向こう側〈1〉食卓の向こう側〈1〉
西日本新聞社「食くらし」取材班


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食卓の向こう側〈5〉脳、そして心食卓の向こう側〈5〉脳、そして心
西日本新聞社「食 くらし」取材班


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ええい
めんどうなので全冊分は貼らないでおこう。

実は、僕が所属しているある会のシンポジウムで、この佐藤さんをパネラーとして招聘することになったのだ。そのシンポは2月に開催されるので、しかるべき時期に紹介するが、コーディネータは不肖この僕がつとめることとなった。遠いし、電話で挨拶という手もあるのだけど、一度お会いしておきたいと強く思ったので、別件とも絡めて福岡出張と相成ったわけである。

夕刻、西日本新聞社のビルにて待つ。ちなみに西日本新聞は、九州地区最大のブロック紙だ。タクシーの運転手さんも「当然 西日本新聞とっとるよ!」ということであった。

エレベータが開くと、なにやら黒っぽい塊のようなものがするっと降り立ってくる。
にやにやと笑いながらこちらを見るその顔は、、、

ええっ?

おまえ、一平じゃないか!?

僕は大学・大学院時代に畑をやっていたのだが、その後輩の一平である。卒業後に実家の福岡に戻り、現地で有名な有機農業者であるヤヒロさんという方に師事し、研修の日々を送っている一平がそこに立っていた!

そのとなりで眼鏡をかけ、軟らかくにこやかに笑っているのが佐藤さんであった。

「一平君の師匠のヤヒロさんは、僕のアイドル的存在なんですよ。あなたが来るという話をしたら一平君の先輩だという。それで、今日呼んでしまいました」

もう、最初からペース狂いっぱなしなのである。

西日本新聞社のビルから徒歩3分もかからない裏手のビルに、今日の店があった。

「博多でもつ鍋旨い店といったらここなんですよ」

楽天地 天神本店
福岡県福岡市中央区天神1-10-14

おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
「楽天地」に来ることが出来た!

実は昼飯をご馳走になった田中さんからも言われていたのだ。

「もつ鍋なら、有名店は多々ありますが、楽天地という店が旨いんです。西日本新聞の方ならば必ずご存じと思いますよ」

まさしくその店でありました、、、
1Fテーブル席は満席、2Fの座敷に通され、ガスコンロがしつらえられた座卓に座る。


佐藤さんは、僕が想像していたのとは全く違う風貌と人当たりの方だった。もっと年のいった方かと思ったが、、、なんとも柔らかな風貌、そして物腰。

もつ鍋二人前とビールを注文した後、

「この店のもつ鍋はね、人数マイナス1人分を注文してあとから追加するのがコツです」

と仰る。その理由はほどなくして運ばれてきた鍋を見てわかった。

すばらしく圧倒的な質量のニラとキャベツである!

鍋の下部がフツフツとしてくると、お玉で熱い汁をすくって上のニラ・キャベツにかけ回し、しんなりさせて全体に火が通っていく。

いやー

圧倒的に旨い!

ニラ、キャベツが甘く、香り高く、甘辛い醤油ベースのスープにマッチして最高に旨い!
モツ自身はそれほどたくさんは入っていないのだが、モツは食い過ぎると若干気持ち悪くなるのでちょうどいい。しかも鮮度は非常に良さそうで、嫌みな臭いは皆無である。


さて 佐藤さんの風貌は軟らかいものの、その口から語られる内容は実に先鋭的で重みのあるものだった!

「どんな食育が求められるか? それは結局、その人がどう生きたいのか、ということそのものですよね。」

とビシッと鋲を一点打ち込まれてからの小一時間、僕はノックダウンされ続けた。広く現場を練り歩いてきたその人自身の見識と意識に飲み込まれてしまったのだ。

この人のバックグラウンドはいったい何なのだろう、、、

「僕はね、東京農業大学出身です。」

ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
そうなのかぁ!

「うん、だから農業者は僕にとってあこがれの存在ですよ、一平君の師匠のヤヒロさんにしても素晴らしく格好いい。僕も自分の家では菜園やってますしね。山本さん、靴下は何履いてますか? 僕はこれですよ、これ」


おおおおおおおおおおおおおおおおおおお
先割れ軍足である!

「いつでも地下足袋はけるようにね」

と笑う佐藤さん。いや、農がベースの人であった!
僕も大学卒業後しばらくは軍足を愛用していたが、、、
ここ数年は愛用していた「晴姿」ブランドの地下足袋も一度も履いていない始末だ。佐藤さんは現役であった。

「西日本新聞でも農業関係のことばかりやろうとしてたら、「君は食で地域貢献できる特集記事を創りなさい」と言われて。それで「食卓の向こう側」を始めたんですよ」

いや、なるほど得心した。

「食卓の向こう側」では、農業のみを採りあげることなく、ライフスタイルと食、給食、脳科学など全方位的に食の問題と取り組んでいる。しかしその視座・視点は一貫して、第一次産業の重要性をベースに置くところにあると思っていたのである。まさにその通りだったのである。

もつ鍋の後半は、チャンポン麺と豆腐をぶち込んで食べる。これがまた旨い。
モツのスープというより、キャベツとニラのうま味が溶けた汁が実に滋味溢れていて旨いのである。

佐藤さんは実に大きな人だった。もっと詳しくはシンポジウム席上で人となりがわかるだろう。

後輩の一平は、「ヤマケンさん、この新米食べてください!」とずっしり10合分の新米をくれた。畑の後輩が新米をくれるようになるとは、ちょっと涙が出てきそうだったのである。

二人と別れて歩き始めると、いつもより酔っぱらってしまっていて足取りがもたつく。九州はやっぱりいいな。人のベースがまだまだ熱い。いい昼と夜だったと噛みしめながら、天神界隈を歩いた。