卸売市場という施設がある。青果物や畜産・水産物などを大量に集荷し、買手に販売するための施設だ。この市場には通常、卸と仲卸という2つの卸売業者が入居している。卸は産地から荷物を集荷し、セリ(競売)などの販売の場にかける立場で、仲卸は卸売業者から商品を買い、量販店や飲食店等の要望する荷姿に小分けし、配達する。このように役割が違うため、ある程度以上の規模の卸売市場では卸は数社で仲卸は100社以上というような比率になるのが普通だ。
先日、お世話になった仲卸の社長さんのパーティーに伺ったとき、場違いなほどに二枚目な顔つきの人が奥で飲んでいた。この人が驚いたことに大田市場の仲卸の社長さんだったのだ。いろいろ仕事のことを話しながら、最初の方は静かににこやかに飲んでいたのだが、酒が入るにつれて目が据わり、最後は大学校歌を歌いながら睨みをきかせるようになった。典型的イチバジンである。それでも最後に僕の肩を叩き「一度遊びにおいでよ。フルーツ一杯食べさせるからさ」と言ってくれた。
それが大田市場の仲卸・丁儀(ちょうぎ)を切り盛りする健さんだ。
この健さん、男の僕からみてもかなりかっこいい部類に入る人ではないかと思う。だいたいこの日も、市場の仲卸番地案内図の前で、丁儀の名前を見つけることができない僕を捜しにターレット(市場内を走る、あの特徴的な台車のことだ)に乗ってやってきた健さんは、チョイ悪風のシャツを第二ボタンまではずして崩した着方をしながら「どうもどうも、よく来たね」とにこやかに笑うのだ。
仲卸の店舗が建ち並ぶ一角に、丁儀が店を構えている。
この日は話をゆっくりしたかったので、忙しい午前中は避け、だいたいの市場業務が終了した14時に伺った。市場内の活気は去り、ほとんどの人が帰宅した頃合いだ。
仲卸の店舗は1Fが荷さばき場、2Fが事務室となっている。缶コーヒー10本を土産代わりに渡し、2Fに上がって最近の卸売市場の話をひとしきりきいた。
2000年以降、BSE問題や農薬残留事件などの影響で食品の安全性の見直し機運が高まった際、多くの量販店が市場外流通の産直取引を行った。農薬使用量を低減した特別栽培品や、その生産履歴を求めると、通常の農協系統の流通では集荷できなかったからだ。それに空前の安値相場が連続し、卸売市場には華々しい話題は全くみられなかった。今でも経営危機を迎えている卸・仲卸は非常に多い。しかし、食品信頼性問題が一巡した最近では、逆に量販店のバイヤーが市場に回帰するという現象が起こり始めている。産直取引よりも市場取引のほうが効率がよくコストが下がるからだ。事情を知らない人は「産直」という言葉に幻想を抱きがちだが、実は産直は非常に面倒な商売なのだ。この辺のことは先頃でた拙著「実践農産物トレーサビリティ2」に書いてあるので関心のある人は読んで頂きたい、と軽く宣伝。
しかし実はこの丁儀はそうした話と余り関係がない。
「うちはね、取扱商品のほとんどが輸入品、それもトロピカルフルーツなんだよね。だから競売で買う比率よりも商社とかとの取引の方が多いかな。」
丁儀の取り扱う商品はバナナ、アボカド、マンゴー、グレープフルーツなどのシトラス類などなどである。これらは一部を除き国内では生産されない。ということは、JAから出荷され、市場に上場されるわけではない。輸入商社が引っ張ってきたものを購入するというのがメインになる。
ちなみに日本のフルーツ需要は低迷している。一部商材、例えばイチゴなどの引き合いは以前より高いものの、果物全体の市場を見ると、明らかに価格・量ともに低下している。特徴的な傾向としてみられるのは、甘くて食べやすい品目しか売れないということだろう。イチゴがなぜ売れるか?甘くて美味しいというのが第一。そして、洗ってそのまま食べられるという簡便性が大きいのではないだろうか。同じ文脈で、バナナやミカンも需要としては堅調。やはり食べやすい。だけども、例えば洋梨は伸び悩んでいる。それは熟させなければ美味しくないのに、熟させかたを知っている消費者が多くないからだろう。また、メロンも深刻なまでに売れなくなってきている。一部贈答用の高級品はいいが、原油高によってハウス内の燃料価格に影響が出てきており、今後の見通しはかなり厳しい。フルーツ流通の現状はこんな感じだ。
「さてと、果物食べてくでしょ?下に降りよっか」
やったぁ!
ま、はっきり言って目的の第一は「フルーツ食べさせて」なのであった。
「グレープフルーツって、最近のは酸味より甘みが強いのが多いんだよ。ま、船便とかで冷蔵保管しているうちに酸味がコクに変わってくるっていうのもあるんだけどね。俺はこのルビー色のが好きなんだよ。食べてみて」
どこのスーパにも売っている変哲もないグレープフルーツだが、最適な温度管理の下で熟度をしっかり食べ頃に合わせている。グレープフルーツだ。かぶりつくと、ジュースがブシュッと弾ける!酸と甘さが溶け合って調和した、ほどよい刺激が口中を満たす。
「そうだなぁ、やまけんちゃんはマンゴー好きなんだよな、、、じゃあ、メキシコ産の旨いの食べてみてよ」
おお!
いきなりマンゴーである。
メキシコ産マンゴーは日本のアーウィン(アップルマンゴー)と同じ品種のものと、若干系統の違う品種が輸入されている。
「日本のマンゴーも旨いけどね。でもやっぱり燃料を燃やさなくても素のままで暑い国で育てたマンゴーの方がやっぱりコクがあると思うよ。」
実はコクの部分については僕もそう思うシーンが多い。日本の野菜・果物は、日本の土壌の特徴なのだろうけどおしなべて優しくはんなりした味になりやすい。イタリアや中国などの土壌ではとがった強い味になるのと全く違う特質をもっている。それがはまる品目とそうでないものがある。マンゴーは日本のものを美味しいと思う人もいるだろうし、輸入物の方が好きという人もいるだろう。この辺は好みの問題だ。
さてではメキシコ産はどうかということだ。
以前僕がある仲卸の直営店で買ったマンゴーは熟度が進んでいなくて不味かった。しかしそれでもコクは国産ものより強かった。コンディションのいいマンゴ-ならもっと旨いだろうと思っていたのだが、健さんが食べさせてくれたマンゴーは、、、
「ぐおッ 何じゃこの濃さはぁあああああああああああああああああああ」
思わず絶叫。
「ふふふ 嬉しいねぇその反応。 ま、これはエアーだからね。絶対に旨いよ」
マンゴーの輸入にはエアーと船便の二通りがある。船便の方が時間がかかるため、冷蔵温度が低い。そのせいかもしれないが、繊維の質が変わってしまうのだという。船便のマンゴーの方が、悪くするとゴムのようなべたっとした食感になってしまうという。
「食べ比べてみなよ」
と渡された同じメキシコ産の船便マンゴーは確かに! 味やコクは同等だが、食感が大きく劣る。なんというのだろう、歯にあたる果肉の抵抗がチープなのだ。エアーのマンゴーは実に官能的な食感だったのだが、、、もちろんエアーのほうがコストが高いため、売価は200円程度高くなるが、これは迷わずエアーの方を選びたい。おそらく小売店頭で表示はされていないだろうけど、、、販売員に訊いてみると佳いかもしれない。
「これって船便?それとも航空便?」
ちょっとマニアックである。
お次はハイランドバナナ。
このパッケージをみればどこのスーパーで売っているのかもわかるだろうが、住商フルーツが輸入する、フィリピンバナナのラインナップでも最もプライスの高いものだ。
何が違うかといえば、高い地域(ハイランド)で栽培されているということだ。日中と夜の気温の高低差が激しいため、植物生理上、でん粉質をため込む。このでん粉質が糖化するため、甘さとネットリ感が平地のものと段違いになるのだ。農産物は全てそうなのだが、平地よりも高地の方が旨いのである。
「一般にはシュガースポットっていわれる、黒い斑点が出た頃が一番美味しいって言われてるけど、それは糖度が上がるってだけで必ずしも正しくないと思うんだよ。シュガースポットが出ていない段階のほうがバナナ特有の香りとか酸味が味わえるから、俺はそっちの方が好きだな」
そうか。でも俺は、ジュクジュクに熟した熟女系バナナが好きなんだよな、、、
と思いながらかじりつくと、ムリムリッと歯がでん粉質の果肉にめり込んでいく食感と同時に、口中にバナナの際だった酸味と香りが弾け、そしてネトォ~っとした甘さが舌に痺れるように滲みていく!
「うぅうううううむ 旨いなぁ、確かにこっちの方がバランスとしては旨いかもしれないなぁ」
と漏らすと健さんニコッとする。ハイランド系バナナは通上品より価格が高いが、味と香りは比べものにならない。
その後も適度に熟した旨いフルーツてんこ盛りだ。
パパイヤ、美味しゅうございました。
アボカド。サプライヤーによって栽培方法に特許が出願されているというアボカドである。
これも僕はもっと柔らかくなってから食べるのが好きだが、かなり若い段階で、しかし旨み十分なものだった!
アメリカ産のイチゴ。夏場のイチゴは日本では獲れないため、輸入品がベースとなる。
「まだ輸入イチゴは美味しくないね。昭和の日本の栽培レベルだね。」
と言うが、そんなにマズイものではなかった。
品種は日本のものではなかったが、向こうに日本の種が行って改良が進んでいるかもしれない。海外産イチゴが日本の技術に追いつく日もそう遠くないかもしれない。
いやー
食べも食べたり。
メキシコ産マンゴー2玉
フィリピン産マンゴー1玉
ハイランドバナナ3本
アボカド1個
パパイヤ半個
グレープフルーツ 赤・黄 2玉
イチゴ 数玉
腹が一杯!すっかり腹が冷えた!
日本より暑い国で作られるフルーツ類はてきめんに身体を冷やすのである。
かなり呆然としながら健さんに別れを告げる。
「そんなに旨い旨いって行ってもらえたら嬉しいよね。またいつでも食べにおいでよ!」
マジ?通っちゃうよ!
でも健さんも言っていたことだが、フルーツについては熟度が全てであり、最終的には消費者に販売する店がきちんと管理しなければ絶対に美味しいものは消費者に届かない。仲卸段階できっちり管理されていても、店舗の担当者が売り切らなかったものを保管するときに劣化したり、品出しタイミングがずれて適期を逃したりということが非常に多いのだ。そうしたフルーツを買った消費者は二度と同じものを買わないだろう。
また消費者がきちんとした熟度を知ることも大切だ。買った時点が最も美味しいものと、そうではなく、家で追熟させたほうが美味しいものがある。自分に合った熟度を知るためには数回の試行錯誤はやむを得ない。でも、旨いフルーツの楽しみは、その投資に見合うだけの価値があると、僕は思っているのだ。
健さんご馳走様でした。
今後、数人の市場人(いちばじん)の話をこうやって掲載していきたいと思う。