錦糸町「井のなか」は今でも予約が取りにくいらしい。居酒屋なのにふらっと寄れないのは残念だが、予約してでも行きたい店になっているのは素晴らしいことだ。
この店の面白いところは、素材や日本料理の調理技法だけではなく、調味料にもきちんと神経を行き渡らせていることだ。例えば右の刺身だが、つけダレの皿を観て欲しい。濃い口醤油の隣に、淡い色の液体があるだろう。これ、実は煎り酒だ。煎り酒についてはこちらで書いているので解説は省くが、居酒屋ではなかなか登場しない調味料なのだ。工藤ちゃんや五十嵐君、浅見君が酒蔵や店を回って勉強したいろんなことを、自分の店の料理に応用するという好循環ができている。
さて
この日、鮎料理の傑作を味わった。
実は5月後半ころから、ある鮎の料理が井のなかで出てくるようになった。それは、鮎を唐揚げにしたものを野菜の餡で食べるというものだ。しかし、ぱりぱりに揚げた鮎には、鮎の美味しさ、特にあの繊細な香りが全く消えてしまっていた。しかもハラワタを抜いて開いているので、肝の苦みも感じられない。これは鮎料理ではないね、と厨房の五十嵐君に伝えた。
「可能であれば、鮎の実もハラワタも使って、「しんじょ」みたいなのをつくってみたらどう?」
と。
その数週間後、想像を超える一品が出てきた。
魚の切り身の右側にあるハンバーグ上のものがそれだ。「鮎のさんが」である。さんがとは鯵などを味噌と一緒に叩いてタルタルステーキ風にするアレだが、それを鮎で、しかも加熱をして出してきた。
シットリと水分の残った火の通し加減。口に運ぶと、鮎のハラワタの苦みと味噌の風味、身肉の甘さがトロッととろける。
「うおっ これは旨い! 五十嵐君すごいよ!」
と僕はかなり興奮してしまった。
鮎の旨さはなんといってもハラワタの苦みにある。苦さが鮎の身肉の瓜の香りと合わさるのがいいのだ。このサンガ焼きは、その全てを含んでいる。味噌がある分、瓜の香りが飛んでしまうが、でもその代わりに味噌の風味が食欲をそそる。おかげでこの日はたくさん飲んでしまった。純米酒のアテに最高である。
落ち鮎まではこの一品が楽しめるだろう。井のなかに訪れるなら、カウンター越しにこれがあるかどうか訊いてみるといいと思う。