美食の王国・秋田県を一泊二日で廻ろうなんて、どだい無理な相談だ。秋田県といっても北部と南部で文化や食べ物が違うし、日本海に面した地域と内陸とでも全く違う。そしてそれぞれの地域食が、またディープで面白くて旨い!そんな秋田県の食文化は、実は意外に知られていないというのが僕の印象だ。
どうも秋田県は、昔から家の中で飯を食べるという文化性が強かったらしく、外食にそれほどパワーを入れていないようだ。だから秋田の本当の食文化を知るためには、秋田県の人と仲良くなって、家に招いてもらうしかないんじゃないかと思うのだ。
「いやいや やまけんさん、素晴らしい秋田をご紹介できますよ!」
と事務所まで遊びに来て下さった方がいる。秋田県はなかなか面白い県庁で、「活き活き物産応援チーム」という部署がある。
「とにかく秋田県をPRしまくるぞ!という部署なんですよ。ですから私は日本中飛び回ってます」
というのが、佐々木一生さんだ。この人、一回会ったら忘れられない。いつもニコニコ、飯と酒の話をし出すともう停まらない。陽の気を発散する、実に素晴らしい人なのだ。
「やまけんさん、秋田に遊びに来ませんか?1泊2日でこんなルートを考えてみました。」
というそのルートが恐ろしいものだったのだ!
2月3日(金)
9:15 羽田空港(ANA)
10:25 秋田空港
11:30 昼食
13:00 白瀑(八森町・白神山地のふもと)
松岡食品(白神グリーン豆腐)
15:00 喜久水
17:00 能代市
天洋酒店
べらぼう(夕食)
2月4日(土)
10:00 諸井醸造(しょっつる)
12:00 昼食
14:00 由利正宗
18:00 秋田空港(ANA)
19:05 羽田空港
何がすごいって、実はこのツアー、2月に実施した。秋田県はその頃は豪雪で、ほぼ秋田の北と南を貫くこんなコースが時間通りに着くわけがない!という見通しだったのだ。
「でも大丈夫ッスよ、俺、晴れ男ですから!」
と、過去数回台風の進路を変えた記録を持つ僕が言うが、電話口の佐々木さんは「うーん ちょっと無理があるスケジュールなんですけどねぇ」と不安げである。さては俺を信じてないな。
そしてこの旅、実は錦糸町「井のなか」を開店した店主・工藤ちゃんを誘ったのだ。ちょうど店の工事中で、比較的時間に余裕がある時期なので、食材見学も兼ねて一緒にきてもらったのである。
「ちょうど秋田の酒造をみてみたかったので、ばっちりです!」
と、意気ようようと羽田空港に向かったのである。もち、東京は晴天。
秋田空港は雪に覆われていた!青空が垣間見えているものの、ベースとしては雪空だったのである。
「アニキ、話が違いますね、こっちは寒いですよ!」
と工藤ちゃんが騒ぐとおり確かに寒い。と、空港に迎えに来てくれていた佐々木さんと再会。
「いやぁ こちらはすごい雪です。でもやまけんさんが来た瞬間、晴れましたねぇ」
そうでしょうそうでしょう。
このお人が佐々木一生さんである。まずは車で県庁近くまでいって昼食を食べて、本格的に旅のスタートである。と、車を出して10分後くらいで、晴れ間がみえていた空の色が変わり、雪がダーッと降ってきた!
「これなんですよやまけんさん、、、秋田の空は10分で変わるんです。今回、無事に旅程をまっとうできることを祈ってて下さいネ、、、」
一抹の不安を抱えながら、秋田県庁の近くにある山王2丁目へ。この地域は、以前も書いた「海味」があったりして、けっこうナイスなグルメスポットなのである。
昼食を食べるのはこの店だ。
■魚菜専科 入船
http://www.atika.co.jp/irifune/top/index2.html
店の入口のカウンターを抜けて奥の個室に入ると、6人用のしつらえが。
あれれと思っていると、県庁からさらに3人の方々がいらっしゃった。その中にはあの懐かしいI氏やN氏もいらっしゃる!再会を喜び堅く手を握りしめたのである。何のことか分からない人は、このブログのトップページ右上にある検索窓に「秋田」と入れて検索して欲しい。過去ログの秋田編が山ほど出てくるはずだ。その中に僕を秋田に誘ったI氏とN氏がいる(笑)
「ここは一応、この辺では最も高級かもしれないといえる料亭なんですけど、今日は昼メニューではなくておまかせで作ってもらってます。やまけんさんに今回の旅のスタートということで、しょっつる鍋を食べて頂きます!もちろん使っている塩汁は今回伺う諸井醸造のものです!」
おおおおおおおおおおおおおお!
素晴らしいではないか!
たしかにこの雪でシンシンと冷えている身体を温めたいと思っていたところだ。昼から鍋、最高である。
しかしこの店の高い実力は先付けからもうかがうことができた。
■芹(せり)のお浸し
大量の鰹節をかき分けると、きっちりと根っこの入った芹が。
シャキッとした歯触りと、ビシッと味の決まった出汁が含められていて旨い!
■冬瓜の煮物
美しい、、、上に2玉載っているのはイクラである。しかも少し醗酵させたような、イズシ(飯寿司)に入っているイクラのような感じだ。胡麻餡との絡み方も上品。
■ギバサ
このネトネトと糸を引く海藻が実に秋田の海の味と香りがして旨いのだ。
■茶碗蒸し
さてここで魚が出てきた!
■イカ刺し
ぬぅおおおおおおおおおおおおおおお
男鹿の海で獲れたヤリイカである!もちろんまだぴくぴく動いている活け作りだ。
白くなってない、身が透けてみえる新鮮さである!
これを秋田の濃いめの醤油に生姜を落として食べる。
イカが甘い!ギュシッギュシッとした独特の歯触りを感じながらすーっと噛み締められる。そして身肉の甘さが染み出してくるのだ!いや、これ最高。
さて鍋が並び始めた!いよいよしょっつるの出番だ。
この方が料理長の牧野 誠悦さんだ。
被写体ブレしてしまったけど、柔らかな表情ながら眼光鋭いビシッとした方である。
「今回はいろいろ蔵を廻られるそうですね、うちのしょっつる鍋にも諸井醸造さんのしょっつるを使っていますので、ご賞味下さい」
というそのしょっつる鍋、はやく食いたい!
これが具材となるハタハタだ。
時期的にはもうハタハタの終盤で、ブリコとよばれる卵が入っていないオスのハタハタだ。
でもこれはこれで身肉の旨さを味わうことができるのである。
さてしょっつるはそう難しい料理ではない。昆布だしとしょっつるで汁を造り、そこにハタハタや葱など野菜を投入していくだけだ。それだけに地となる出汁の旨さがものを言うし、なによりしょっつるの質で全てが決まると言っても過言ではない(はず)のである。
さて鍋が煮えるまでの間に、焼き物が出てきた。
「これ、しょっつるで味を付けております。ご賞味下さい」
え、しょっつるで?
僕はこの瞬間、塩気の強い、そしてあの魚醤特有のプウンとした香りが立ち上る味と風味を頭の中に思い描いたのだ。しょっつるのつけ焼きか、、、と。
しかし!
この料理、僕の想像を遙か20周りくらいを上回った素晴らしいものだった!
キンメの切り身を一口食べると、そこには上品な、魚の持ち香を壊さないあまりにも上品で典雅な香りと、
味がする/しないの閾値ギリギリの帯域にあるほのかな塩分が感じられるのだった!
「のわっ 素晴らしい!!!!!! なんですかこの美しさは! しょっつるに抱いていたイメージがすべて壊れますよ! 魚の風味を最大限に引き出していて、しかもこの落ちついたこなれた塩分がギリギリのところで利いてますね!」
と激しく反応すると、佐々木一生さんがニヤリと笑う。
「それを感じて欲しくてこの店に来たんですよ」
いや、感じましたよー これは凄みのある料理である。誰でもできるもんじゃない、この塩梅。素晴らしい!
さて、いい具合に鍋が沸き立ってきた!
柔らかいハタハタの身が崩れぬよう仲居さんが盛りつけてくれる。
出汁を一口すすってみる。
うーむ
これまた素晴らしい塩梅である!
秋田県は、その寒さゆえ漬物などの塩分濃度を濃くしがちで、それに由来するのか、脳溢血等の発症率が非常に高いと言われている。東北の寒い環境で活力を出すためには塩分が必要なので仕方がないのだが、それゆえ鍋などもかなり味が濃いと思うシーンが多かった。
しかしこの店、さすがに日本料理の正統を展開して居られる。
関東の味でも関西の味でもない、秋田の味を主張しているのに、その濃度や文法はきっちり日本料理である!
プルプルと柔らかく溶けるハタハタの身が素晴らしい!
諸井醸造の柔らかなアタックのしょっつる出汁が、その身肉の旨さを最大限に引き立てているのだ!
しょっつるはハタハタを塩漬けにして作る調味料だ。それでハタハタを煮るというのは、最高の相性になること間違いない。
さて鍋ばかり堪能しているわけではなく、運転をしない僕はきっちりお酒をいただいた。
でも銘柄忘れた、、、やはりお燗が素晴らしい。秋田でももっと純米のお燗が飲まれればいいのになぁ
「お魚がお好きと言うことで、うちでつけたブリコのイズシ(飯寿司)を少しだけ、、、」
うおおおおおおおおおおおおおおおおおお
悶絶である!
子持ちのハタハタを麹(こうじ)で漬け込んで乳酸醗酵させたイズシは、北海道のイズシ、和歌山のなれ鮨、滋賀の鮒寿司、そして北陸のかぶら寿司と並ぶ発酵食品なのだ!
そしてこの入船のイズシ、旨い!
ビシッと利いた酸味、強すぎない麹の香りと酸味、ハタハタが塩分でキュッと締まった食感。もうしぶんない!これをどんぶり一杯いただきたいものである!
さきほどのイカのゲソが天麩羅になって戻ってきた!
サクサクの衣にヌチヌチとしたゲソが旨い。
そしてしょっつる鍋の汁でつくった雑炊。なんとギバサが流し込まれていて、トロリと仕上がっている!
これについてきたいぶりがっこが超絶品!
店で漬け込んでいるというこのがっこを、これまた山盛り食べたい!のだけどそれができないところが料亭なのである。また行くしかないなこりゃ。
ギバサ入りの雑炊の上品なこと、味付けがしょっつるであるということを忘れるくらいに上品だ。
この店の塩分使いには本当に驚倒した。まさに凄腕である。
「ぜひまた今度は夜にでもゆっくりとお越し下さい」
ぜひそうさせて頂きたいと思います。ご馳走様でした!
さて車に乗ると、先ほどまでのまだらな晴天はどこかへ消し飛んでいた!
「やまけんさん、いよいよ吹雪の秋田を行きますよ!」
こうして旅は始まったのである。