食卓に上がる食材を中食・外食に依存していると、季節の移り変わりを的確に感じることが難しい。一番それを肌で感じるには、農林漁業の現場近くに起居するのが望ましいけれども、都市生活者にそれを望んでも難しい。で、あれば、やはり町中のスーパーや小売業者の店頭で季節を感じる食材を販売してくれたらな、と思う。
先週、日帰りで愛媛県の内子町に出張した。ある事例の調査で赴いたのだが、あわただしい時間の中、生産者による直売所を覗いていろんなものを買ってきた。その中でもっともホッと心が和んだのがこの「野蒜(のびる)」だ。玉ねぎやニンニクと同じユリ科の野草であるのびるは、実は公園などでもみかけることができる。土の柔らかなところで極細の葱のようなのがにょきっと出ていたら引っこ抜いてみよう。小さなラッキョウのような根茎が付いていれば、野蒜である可能性が高い。ま、間違ってヘンなもの食べてもそれは自己責任ですが。
僕が大学生の頃、藤沢の長屋で一人暮らしをしている時、その長屋に住んでいた隣人の皆さんにはいつも飯を食わせてもらっていた。中でも大工の棟梁をしていた山田家のかあちゃんが山野草好きで、いつも春になると野蒜を大量に獲ってきて茹で、ぐるぐると巻いて酢味噌でたべさせてくれた。「野蒜のグルグル」という名の他に、どんな名前も付けようのないこの料理が、ふきのとうよりもタケノコよりも僕には春を連想させる。明日、マンション脇の空き地で野蒜を探してみようと思う。
もうひとつはコイツだ。
クローズアップするとなんだかグロテスクだが、土筆(つくし)も春の野草だ。これを食べるというと、最近はギョッとされることが多い。土筆が食べられるということを知らない人達が本当に増えてきているのだ。もちろん食べられる。頭の部分がほろ苦いのだが、軽く数十秒だけ塩茹でしてしまえば、食べやすくなる。僕はもっぱら卵とじにするが。
鰹ダシに醤油、多めの砂糖で甘めの汁を炊いてざく切りにした土筆を入れ、卵でとじる。茶色が濃くて見栄えは悪いが、これが一番好きだ。甘めの汁にすると、ほろ苦い土筆の風味とぶつかって美味しくなる。
実は一昨日から熱が出ていて(出張出過ぎなんだろう)寝て暮らしているのだけど、今日は嫁さんのお客さんがいらっしゃったので一緒にお茶を飲んだ。そのお客さんが持ってきてくれたのが素晴らしい金柑(キンカン)だ。
この金柑が出色の出来映えで実に旨かった。JAみなみさつまというシールがパックに貼られていたが、これは絶対に買いだ。洗ってそのまま皮も何もかも口に放り込んで噛む。皮がムリッと割れると、皮の部分の鮮烈な香り油が炸裂し、中の甘い果汁がシュワッと湧き出てくる。日本の柑橘とは思えないヴィビッドな体験だ。
ほんの数センチの小さな果実に凄まじくドラマチックな体験が内包されている。
日本の春は本当に表情豊かだ。しばらく、店頭で冬の間みなかったものに目をこらして欲しい。たいがいのものは茹でるかどうにかすれば食べられる。ぜひ、買い求めて欲しい。