驚愕の首折れ鯖を食べ、ホクホクしながら車に乗って移動した先は、海べりにあるちいさな小屋だった。
ご覧の通りカッとした日差しが降り注ぐ、写真だけだと冬とは分からない気候だ(実際は割と寒い)。
「ここは沖ヶ浜田というんですが、昔ながらのやり方で黒糖を作っているんですよ。ぜひ見学をしていきましょう!」
おお!なるほどこの小屋は黒糖を作る小屋だったのだ。そういえば島内を車で走っていると、トウモロコシの幹を少し中細くしたような節のある植物がたくさん植えられている。それがこの種子島でおそらく最も多く見かける作物であるサトウキビなのである。
これが収穫されたサトウキビだ。この束が無茶苦茶に重たいが、これを担いで収穫作業をするのだそうだ。
3棟ある小屋の内、最初に案内してもらったのが、が原料のサトウキビを圧搾して糖液を絞る場所だ。
農家のおばちゃんがほっかむりをして、キビをローラーに押し込んでいく。金属製のローラーがこれをみしみしと潰し、その糖液を絞り出すのだ。絞られた糖液は床下に仕込んだパイプで煮詰める釜のある小屋へと流れていく。
「今年はサトウキビの質がとてもいいんですよ!ちょっと囓ってみてください」
とサトウキビの軸を渡してくれた先端を噛みちぎる。途端に、すごく堅いウエハースのような食感の中からジュワッと甘い糖液が染み出てきた!これが何とも実に清涼感のある、佳い甘みなのだ!上白糖のような純粋に甘いだけのものではなく、木が土から吸い上げた雑多なミネラルの素子が甘みの中にとけ込んでいるのを感じる。
「美味いですねぇ!こりゃ最高のおやつだ。」
「そう、種子島の子供らはこれを渡されてしゃぶりながら走り回ってるんですよ。」
ちなみにサトウキビの絞り滓(かす)は全て発酵させて堆肥にして、畑に返すそうだ。
「こちらがこのへんの町議をしている長野ひろみ先生です。この沖ヶ浜田の後押しをしてくださってるんです」
とご紹介頂いたのが、町議の先生とはイメージのかけ離れた、颯爽とした女性だった。きけば種子島で生まれ育った後、長年東京やNYなどでバリバリのキャリアウーマンとして働いていたのだが、そんな生活に見切りをつけてUターンをしてきたという。
「種子島にはサトウキビ生産者がたくさんいるんですけど、自分達だけで製糖までする事例はあまりありません。ここ沖ヶ浜田は、農家さん達が自分で製糖まで行う数少ない場所なんです。もちろんその製法も昔ながらの手作りで、ここでしか出ない味わいがあるんですよ。ぜひご覧下さい!」
そう言って2棟目の小屋に誘ってくれる。この2棟目の小屋が製糖の中枢部で、薄暗い中にもうもうと湯気が立ちこめる場所だった。
「こちらがもう長年黒糖づくりをされている超ベテランです」
お名前は失念してしまったが、この方の顔が実に素晴らしいのだ!
これぞザ・職人。いろいろと説明をして頂いたのだけど、ごうごうと燃える薪とグツグツ煮詰まる糖液の音で何もきこえんかった。彼が持っている棒の先には四角い柄杓(ひしゃく)がついてあって、これで糖液を混ぜたり移したりするのだ。
釜は長方形のものが3つ、火力を違えて連なっている。手前側が強い火力で最初の工程、奥に行くに従って煮詰まった糖液を移す釜になっているらしい。
3つの釜の下部にはごうごうと火を送り込まれている。この釜焚きをしている方は灼熱の炎にあたりながら黙々と薪を投げ込んでいた。
糖液はリニアに3工程で煮詰められるわけではなく。2槽目の糖液を少し1槽目に戻したり、ということを頻繁に行いながら濃度を調整していくらしい。
しかし盛大に湯気が噴き出す中、どうやって濃度を見極めるのだろう?フツフツと沸き上がる泡の大きさで判断するのであろうか。判断を誤るとこげ付いたりするのだろう、単純作業だとはとても思えない、要所の判断要素に満ちた技だと感じた。
「煮詰まった糖は、冷やし鍋に入れて練り込まれます。ここの練り込み方で黒糖の粒子の質が決まるんです。」
「どれ、舐めてみてください」
と差し出されたヘラには茶色の滑らかな流体がトロリと留まっていた。
まだ熱いその流体を指先にすくって口に運ぶ。舌の上に載せると、まだ固まる前の黒糖の熱さで活性化された甘みより先に、本当に複雑な香りが鼻孔に抜けていった!強く粗野でダイナミックな、ガツンとくる香り。これをなんと表現したらいいのだろう?そして、純粋な砂糖とは全く別世界の、いくつもの旨味のレイヤーが折り重なったような甘さが味蕾に染みこんでいくのだ!
「これは美味い! この黒糖一つだけで宇宙みたいな世界観ですよ!」
「黒糖はサトウキビが獲れる場所と製糖工場で全然味が違うんですよ。沖浜田の黒糖は本当に美味しいんです。宣伝下手で、島外の人は誰もしらないけど、この黒糖はどこに持っていっても恥ずかしくない品質だと思います」
まったくその通りである。実に最高だ。
「あとね、これこれ。練り上げた黒糖じゃなくて、アメになった状態のを食べてください。」
と言って長野さんが、練りをしていた若い男性から手渡されたのが、あまりトロトロと透明な蜜の状態の砂糖だ。
「種子島の子どもは、学校帰りとかにサトウキビの向いたヤツをもってこの工場に来て、アメをトロッとかけてもらって、それを舐めながら家に帰るんですよ!」
ああ、なんて素敵な光景なんだろう。
しかもこのダイナミックレンジの広い黒糖とアメをおやつに食べていれば、豊かな味覚が鍛えられること間違いないと思う。
「安納芋も食べてくださいよう」
と、釜の横にしつらえられた囲炉裏で焼かれたこぶりな安納芋とお茶をいただく。
このスペースで入れ替わり立ち替わり、作業をしている人達が休みを取るのだ。
さて第三の小屋では、練り上げられた黒糖を固めている。木枠の型でレンガのように固めるものと、
このようにバラバラな塊にする2種類を製造しているようだ。
ちなみにこの黒糖の価格、驚くほど安い、、、
といっても、白糖などの値段からすれば高いのかも知れないが、それにしても安い。価値からするともっと高くていいと思う。ので、ここには書きません。
種子島の水先案内人である泉元さんが、ご自分用に買われたブロック上の黒糖を惜しげなく僕たちに下さった。これはぼんぼりの小池シェフやいろんな人にあげて、何か作ってもらおうと思ったのであった。
「実はこの沖ヶ浜田の黒糖にお声がかかって、日本橋三越で4月11日から6日間、物産展に出展することになったんです。もし、御紹介いただけるなら、、、」
もちろんもちろん!
こんなに尊い黒糖だ。たくさんの人の口に入ればいいと思う。
近くなったらまたブログに書かせて頂こうと思う。
しかしこの長野広美先生、実に素晴らしい町議さんである。ご活動、応援してます!
「さてじゃあ昼ご飯食べにいきましょう!」
(続く)