滋賀県のJAグループにトレーサビリティの講演に行った。JAグループで指導・政策の分野を担当する中央会の主催だ。初めて大津市に足を踏み入れることになった。
滋賀といえば僕の幼い頃、母方の叔母が滋賀に住んでいたので、琵琶湖産の稚鮎や川海老の佃煮をいつも送ってもらっていた。山椒の効いた佃煮は子供には刺激が強かった。毎年全くなんの感慨ももたずに食べていたが、今から思えばなんと贅沢だったことか!
で、今回は中央会の田村さんに、「とにかく鮒寿司食べたいです!」とお願いをしていたのだ。田村さんは嬉しそうに
「デパートでは売ってないヤツを用意しておきますよ」
と請け合ってくれた!
さて講演後移動したのは、農協のセンター近くにある料亭「文福(ぶんぶく)」だ。
ああやばい、ホンモノの料亭である。
農業関連の講演をしていると、かなり年上の方から「先生!」と呼ばれこうした格式の高い店に連れて行かれるのが非常に恐縮である。 、、、けど、十二分に楽しませてもらっているのだけどね!
さて座敷には仲居さんが二人ついてくれる。近江弁でなかなかに軽妙なトークを聴かせてくれたお二人である。
「今日はね、ここの女将にお願いして、鮒寿司を持ち込んでるんですわ。ちょうどいい大きさのが手に入りましてね、、、」
「はい、お持ちしましたぁ、、、」
ドドーン!
で、でかい!
僕の人生で一番でかい鮒寿司を見せてもらった、、、
いうまでもなく鮒寿司は日本を代表する発酵食品である。淡水魚であるフナに塩をし、飯(いい)と交互に並べて乳酸発酵させる。敬愛する東京農大の小泉先生も目を細める、日本文化の一つの粋がここにあるのだ!
皿の上にある時点で、すでに酒と酢のような発酵香が漂いまくっている!
「これ一匹全部食べてもらってもイイですよ!」
いやぁ最高である。フナの腹にはいったオレンジの卵がなんとも食欲をそそる、堪らない色である!
口に運ぶと、強烈な発酵香が粒子の実体となって鼻孔内の細胞を刺激する!
しかしそれは断じて「香り」であって「匂い」ではない。すばらしくかぐわしい香りなのだ。
そして口中に収めて噛みしめると、強い香りとは全く想像もつかない上品な酸味と、小骨をコリッとかみ砕いた後にじんわりと舌の上に拡がる濃い旨味成分が染み出てくるのだ。
いやこれは乙なものである!
綺麗な要素ばかりではなく、淡水魚由来の湖底の泥の香りが少しだけ漂うが、それがまたアクセントになって旨いのだ!
同じような発酵食品である、和歌山のなれ鮨とは全く違うジャンルの味と香りである。和歌山のなれ鮨は鯖を使った棒ずしを、アセという葉で包んで深く発酵させるものだ。過去、ぼくはその深なれ寿司を7種食べ比べたことがある。
この時も強烈な体験をしたが、やはり海の魚のダイナミックな強さを感じた。そして今回の鮒寿司には、パワフルだけどもっと繊細な味わいを感じるのだ。
さて文福の料亭料理も美味しくいただいた。出された中でしみじみ旨かったのは、この辺の川魚であるゴリの佃煮だ。
洗練されていない洗練というのだろうか。川の香りを存分に残したしみじみとした一皿だった。
そこに運ばれてきたのが、鮒寿司の吸い物だ。これは農協の方が「仲居さん、この鮒寿司の頭の部分をお湯でチャッと吸い物にしてくれるか」という一言でつくられたものだ。ダシではなく本当にお湯を注いだだけ、という呈である。
一口すすると、、、
ビックリするほどの強い旨味だ!
強い酸味は和らげられ、加熱によって骨身から純粋な旨味成分が溶け出し、なんのダシも使わずに素晴らしい味わいが染み出てくるのだ!
これにはビックリした!いままで頂いてきた吸い物の中でも、最もシンプルで最も味わい深い一品だと言える。
「当店自慢の鯖寿司をどうぞ。」
と、これで締めである。
なれ鮨ではない、見事な鯖を押し寿司にしたものだが、これも抑制された酸味、落ち着いた甘みのシャリと分厚い鯖の身がマッチして旨い!
特製の手ぬぐいもいただき、大満足である。
発酵食品は数あれども、魚という、とにかく腐りやすいしろものを乳酸発酵させるというパワフルな料理法はこの日本でも独特のものである。琵琶湖ではもう原料フナは捕れないらしい。今日の鮒寿司も、韓国産のフナを使っているらしい。残念なことだ。僕が幼い頃に食べていた稚鮎の佃煮も、もう食べられない。食べない釣りもいいかもしれないが、僕は食べられる魚をきちんと残して欲しいと思う。琵琶湖で育ったフナの鮒寿司が、また食べられる日が来ることを祈る。
お土産はこの鮒寿司2匹分!我が家の冷凍庫にて、然るべきタイミングを待っているのである、、、