上富良野の美しい風景に酔っているうちに陽もとっぷりと暮れ、後部座席で騒いでいた雷蔵もいつのまにかスヤスヤと眠ってしまったようだ。
「やまけんさん、虹鱒(ニジマス)を食べていきましょう!僕の弟子がやってる店があるんですよ。やってるかなぁ、、、あれ、やってないかなぁ、、、」
車を停めると、暗がりから小さな人影が出てきてびっくりしたように声をかけてきてくれた。
「あらぁ!マスターじゃありませんか!」
「どうも!もう締めちゃいましたか?」
「いいえぇ マスターがいらっしゃったんなら!」
「いえいえそんなお気を使わないでください、、、」
というやりとりの中、店に明かりが灯る。薄暗がりの中に清冽な水が流れる大きな掘りがあり、どうやらそこでニジマスが飼われているようだ。
「ここはねぇ、富良野の中でもとびっきり水が美味しいところなんだよ!だからニジマスも旨いに決まってるんだよね!」
そう言いながら店にはいると、食堂の隅には古い型のバイクやラジオ、蓄音機などが綺麗に磨き抜かれて飾ってある。
「ここのクロちゃんはねぇ、本当に手が器用で、バイクなんか動かなくなったのを持ってきて整備して自分で直しちゃうんだよ!」
そしてクロちゃんこと、唯我独尊で長いこと宮田マスターの下で修行していたという黒崎さんが手を拭きながら出てきてくださったのだ。
「マスター、今日はどこへ?」
「いやこのやまけんさんをお連れしてね、上富良野の綺麗な夕焼けを見せてあげてたんだよ!ちょっとさ、申し訳ないけどニジマスを食べさせてくれるかい?」
すでに店じまいしているのにもかかわらず、クロさんご一家は嫌な顔一つせずに厨房に立ってくださる。その物腰から、クロちゃんだけではなくお母さん、お父さんに至るまで宮田マスターを心から信頼し慕っていることが伝わってくるのだ。クロちゃんがビッ、ビッと素晴らしい手さばきでニジマスを捌いているのが、なんとも美しく盛りつけられて出てきた!
うおおおおおお
こいつぁ旨そうである!
「いや ここのね、ニジマスの身が旨いのは当然なんだけど、これにつけるニンニク味噌ダレが最高なんだよ!これ、タップリ漬けて食べてご覧!」
そうか、この辺ではニジマスを味噌ダレで食べるのか!このタレ、白味噌ベースでサラサラとしているが、実はニンニクの香りがプワッと立ち上る、ニンニク好きには申し分ないタレなのである!
「さあ食べよう食べよう、雷蔵、お前も好きだろ?たっぷり食いな!」
「うん!」
と、先ほどまで後部座席でぐっすり寝ていた雷蔵もパクつき始める。
ニジマスの、輝かんばかりにオレンジ色の身はブリンブリンとした弾力、しかし鮭のようにネットリした食い込み感のある肉質。旨そうだ!
これにタップリとニンニク味噌ダレを漬けて食べるのだ!
「のああああああああああああ 旨い! こいつぁ旨いなぁ、、、」
ニジマスの清々しい透明感のある肉に、特製ニンニク酢みそダレが絡んで最高なのだ!
訊けば、富良野でニンニクが獲れる最盛期に大量に買い込み、磨り潰してみりんや味噌などと混ぜて、一年分を壺に大量に保存するのだ。傷まないように一滴の水も使っていないそうだ。
思わず飯が食いたくなる!
「はいはいご飯ね!」
とお母さんがご飯を出してくださる。
と、、、このご飯がビックリするほどに旨かったのだ!
実は北海道産の米は、一般に市場では評価が低い。もちろん美味しい道産米もある!のだけど、総体としての道産米はあまり評価されることがなかったのだ。
しかしこの清流亭の米、激ウマである!ネットリとした食感、抑えられた上品な香りと甘み。A級米であると言い切って良いだろう。マスターも
「この米、旨いなぁ、どこの米?ああ、あそこの沢の田んぼかぁ、、、いやこいつは富良野でも出色の出来映えだね!」
と頷きながら食べている。雷蔵も「この米、美味しい!」と喜んでお代わりをしていた。
と、お母さんが
「ここのお米が美味しいのは水がいいからなんですよ。」
と仰る。
そうかと思って水をいただくと、なんとも甘露である!柔らかく甘く透明なアタリの水だ!
「皮と骨の唐揚げも食べてくださいね!」
と、見るからに旨そうにカリカリッと揚がった唐揚げの皿が出てきた!
これにもニンニクダレをかけて、飯に載せて頬張る!カリっと強い感触に、香ばしく揚がった骨と皮の旨さがブワッと拡がる!
いやもう 申し分ない!
「こんなに楽しめて、一匹が2800円くらいだからね。ご馳走でしょ?」
ま、まじすか?3人か4人でタップリ楽しめる分量だから、間違いなくお得である。川魚は、とにかく水質によって美味いか不味いかが決まってくる。泥臭い魚はただでも食べたいと思わないが、ここ清流亭のニジマスは、ご家族の優しさが滲み出てくるような味である!
いや、ご馳走様でした!
クロちゃん一家が暖かく送り出してくれる。しかし本当に素晴らしいと思うのが、マスターの人望である。もう店じまいしているのに嫌な顔一つせずに迎えてくれた、その心根にはマスターへの感謝の気持ちが溢れていた。マスターも一滴もおごることなく、仲間としてクロちゃんと接していた。そういうところが、マスターに周りに人が連なる理由なのだろう。
この後、プリンスホテルが作った「ニングルテラス」という、富良野の様々な工房が小さく軒を連ねるところをブラブラした。
「やまけんさん、もう一件連れて行きたい店があるんですよ!ル・シュマンって言ってね、やっぱり道外から来た若いシェフがやってる店なんですよ!」
■ビストロ・ル・シュマン
http://www.le-chemin.com/
ここももう店を閉めるところだったのに、「宮田マスター、ぜひお茶飲んでってくださいよ」とシェフが迎え入れてくれたのだった。
オーナーシェフである甲斐さんは、フランスの三つ星レストランで修行を重ねた人だ。数年前から富良野にこの店を開いたという。
「この店はお菓子も旨いんだよ!」
というその洋菓子群が非常に綺麗な仕上がりだ!
カボチャプリン、シュークリーム、ルバーブのタルト、、、ここでん?と思った。
赤いルバーブがタルトになっているが、シェフがこだわりの人なら、道産のルバーブを使うはずだ。北海道でも、赤いルバーブをきちんと作っているのは、僕の親友でもあり夕張メロンのトップクラスといってよい農家、岩崎英伯さんしかいないはずだ。
「もしかしてこのルバーブは岩崎農場のものではないですか?」
「あ、そうですよ、ご存じですか??」
なんだびっくり!実はこの日、もしかしたら富良野で合流しようか、と話をしていたのだ。早速電話をすると、向こうも笑いながら「なんだそうだったのかぁ、行きたかったよ、、、」と言っていたのである。
その酸味の効いたルバーブがタップリ入ったタルトも、シュークリームも、そしてカボチャプリンも絶品の旨さだった。
今度来た時にはぜひ、フルコースをいただきたいと切に思うのだった!
しかしここまで来て、僕は宮田マスターの思慮深さに本当に打たれてしまった。彼が僕に見せようとしていたのは、「富良野の総合力」なのである。
「富良野もね、倉本さんのドラマで観光客が集まってくれるけど、それに甘んじてちゃいけないんだよ!富良野っていう場所が産み出すもので、もっと価値を高めて行かなきゃ!そのための種はたぁーくさんあるんだよ。あとはそれを結んで、発揮していけばいいんだから、どんどんやらなきゃ!」
こう言って富良野の食シーンを中心に鼓舞して回っているのが、宮田さんという生き方なのだと実感したのだ。
さていつのまにか23時を周り、マイナスイオンの里、宮田家に戻る。これからが密談なのだ、、、
(続く)