さてボナユートを辞した後、レイコちゃんもパスクワリーノの車に同乗し、スクワリーノの友人のリストランテへと向かう。
空はどんよりと曇っている、、、だけかと思ったら、あられが降ったり雨になったりと、非常に不安定な様相を呈している。んー大丈夫なんだろうか、、、
パスクワリーノの友人の店はモディカから1時間程度さらに内陸に走ったところにある。パスクワリーノが鼻歌を歌い、レイコちゃんと一同が歓談しながら旅は進む。向かう店のオーナーはバールを数軒にリストランテを一軒経営している、地元の名士らしい。これがそのバールだ。
バールでのカフェー(エスプレッソ)が日本と段違いに旨い、と言う話はしたんだっけ?水の硬度が違うし、エスプレッソマシンの圧も違うのだろう、トロリと粘度のある液体がデミタスカップにほんの少し、注がれて出てくる。これを一口か二口で飲んでしまう。
「こうやってカフェーを何かの合間に一気に飲んで、店に入ってから3分くらいで出て行く。そういうのを一日に5回くらい繰り返すんだよね。」byキーコ
すっかり僕もはまってしまった。ただしイタリアの人(含キーコ)は例外なくこの粘度の高いエスプレッソに砂糖をタップリ入れて飲むが、僕はブラックの方が好きだった、、、
さてリストランテに到着した。予想以上にシックな構えの店だった!
店にはいると、オーナーは留守で、その妹さんが迎えてくださる。この女性が知的な眼鏡美人で、振る舞いも親しみ深く、非常にエクセレントな方だったのだ。
我々には入ってすぐ目の前にあるテーブルがキープされていた。
「料理人同士だと、メシを振る舞うのは当たり前のことなんだよ。だから、パスクワリーノと一緒だとこういう風にシチリア中のリストランテでメシを食べさせてもらえるんだよなぁ。」
ということだ。押しと個性の強いパスクワリーノだが、それだけに人望も豊かなのだろう。おかげでスゴくいい思いをさせてもらった。そのありがたみは後にもっとよくわかるのだが。
さて、17歳のヤングなで肩カメリエーレ君が、前菜を運んできてくれた。
シチリアでは標準的なアンティパストだ。カポナータ、サラミ、プロシュート、そしてチーズをフリットしたものなど。
いつも無二路の前菜ではカポナータが一番旨いと思うのだが、シチリアではやはりこれが定番というかなんというか、きんぴらゴボウ的な存在なのではないか、と思う。メランザーネ(茄子)がクタクタになるまで揚げてあり、トマトと馴染んで甘く、最高に旨い。
パスタはラビオリのクリームソースと、手で撚ったようなショートパスタだ。
こちらにもメランザーネが入っている。この旅行を通じて、何種類もパスタを食べたけど、結局のところ一番ぼくが何度も頼んでしまったのは、ポモドーロとメランザーネのこのソースなのだ。やっぱりこいつが一番だ。
パスクワリーノはレイコちゃんがすっかり気に入ったようなので、安心して僕らは食事を楽しんだ(笑)レイコちゃんはまだイタリアに来て4ヶ月だということなのだが、イタリア語べらべらでかっこよいのであった。んー すげえなあ。
さてセコンドが出てくる。
薄切りのメランザーネとサルシッチャ(生ソーセージ)のグリル、そして豚肉のフリットだ。軽めにみえるだろうが、キーコ曰く
「こういうもんなんだよ。セコンドは肉をちょっと。それで満足できるように、パスタをタップリ食うもんなの。うちの店(無二路)では肉をガツっと出すけど、本当はこういう感じでいいのかもしれないね。」
まさしくその通りで、これだけで十分に満足だった。だってキーコとレイコちゃんが「もう食えない」と僕に回してくるんだもの、、、
このサルシッチャ、ウイキョウ(フェンネル)の種がはっきりとみえるだろう。非常に香りが強く、旨かった。サルシッチャの味付けは、もうシンプルに塩と胡椒だけだそうだ。
「本当にこっちは反則だよ。塩と胡椒だけで深い味がでちゃうんだよね、、、」
まさしく!物足りなければリモーネ(レモン)をかけたりすれば、それだけで味の次元が加わってしまう!うーん いやこれがイタリアンなのだ。それはそれで素晴らしい!
さてドルチェはこの辺の名物と言われる、コーンスターチを使ったういろうのようなお菓子だ。
梅肉の色のやつがそれで、オレンジの方は、同じようなものを使ってゼリーのように固めたものだ。感想は、、、んー ういろうと羊羹という感じか!日本でういろうを食べたくなるタイミングがあるかというとそんなにないのだが、それと同じような感覚かな、、、
お隣のレイコちゃんが食べてるのがティラミスとアイスクリーム。うー やっぱこっちの方が旨いと思ってしまうのであった。ティラミスに含まれる豊富な油脂と砂糖、そしてチョコレートの油分がダイレクトに快楽に突き刺さるのだ。
でも、伝統的なドルチェを食べることには意味がある。おそらく油脂が簡単に手にはいるようになるまでは甘味の要素が限られていたのではないだろうか。そう思って食べると、非常に地味ながら暖かい舌触りのするドルチェだった。
いや実にシックでエレガントな昼食だった!みんなで一枚。
お腹も満腹、気分も非常にエレガント、素晴らしい一日であった! ここまでは、、、
さて店を辞すると、想像を絶する事態が発生していたのだ。それは、、、まさかシチリアで眼にすることがないだろうと思っていた「吹雪」だ!
1時間かけて来た山道が、視界10メートル程度になってしまっている!
「パスクワリーノ、チェーンとかってあるの?」
「そんなもん、したこともないから持ってきてないぞ!」(←想像意訳)
なぬぅ???
でもそれはそうだ、シチリアの住民が、路面がみえなくなるほどの雪など想像できるはずもない。
来る時は鼻歌混じりだったパスクワリーノの顔から笑みが消える。ちなみに時速はいいとこ10kmくらいしか出ていない。大渋滞である。じれったくなるが、どの車もスタッドレスでもないし、のろのろ運転になるのは仕方がない。
しかしここで第二の恐ろしい事態が判明する。
「おいおい、なんだかガソリンメーターがエンプティになりそうじゃないか!」
キーコの声に皆がフロントパネルを注視する。確かにガソリンメーターの針はEに限りなく近づいている。そして道は上り坂で、ギアはさっきからずっと1stに入っている!イタリアに来た人はご存じと思うが、ここの国民性としてオートマという選択はないらしく、ほぼマニュアルだ。従って、上り坂の渋滞だと1stにいれたままふかしまくっていることになるのである。
このままだとガス欠は近い!
でももう歩いて引き返すなんて絶望的な山道である!
会話が止まり、皆が生命の危機を感じる、、、
「ガソリンスタンドってあったっけ?」
「ん~ たしか山頂を超えるとあったようななかったような、、、」
「まだ山頂まで結構あるぞ!」
などなど不安に苛まれながらのろのろ運転が続く。
前の車が動かないなぁと思っていると、実はタイヤがスリップして空転しまくっている。おおおと思って居たら次はこの車の後輪が空転しまくって前に進まない!そんな焦る事態が数十分続き、緊迫度合いが高まる、、、
「あ、ガソリンスタンドだぞ!」
あれほどスタンドがオアシスにみえたことはない。しかし!パスクワリーノは何もみていないかのごとくそこを超えようとする!
「なにやってるんだよパスクワリーノ!スタンド、スタンドぉおおおお!!!」
みんなが騒ぐので「ん?」という顔をしながらパスクワリーノがスタンドに車を入れる。
ところがなんとこのスタンド、誰もいない、機械も動いていない、、、
「もしかしてスタンドの従業員も、身の危険を感じて逃げたのか??」
一層の不安がよぎる、、、俺たちはどうなってしまうんだろう、、、
もう雪は路面を覆い尽くしている。
来る時に飛ばしていたのにモディカまで1時間、シラクーサまで1時間かかるはずだ。雪道だとどれくらいかかるのだろう、いや、その前に生還できるのだろうか???
顔は笑っているがかなりこわばった形相の一同、車に乗ってしばらく進むと、神の光が見えた。
「スタンドだ!今度は営業してるぞ!」
やった、、、今度こそガスが入れられる!
なんとかたどり着いたスタンドでパスクワリーノが店員に叫んだのがまた振るっている。
「20!」(←20リットルってことね)
満タン!と言わないところが非常に笑えるではないか、、、と思ったら、キーコいわく「満タンにすると重くなるからだよ」とのこと。あ、失礼しました、、、
ともあれ、この雪の中でガス欠になって凍死するという事態だけは避けられそうだ!
この後、あの陽気なパスクワリーノが一言も発せずに1時間以上運転を続け、モディカに到着。その頃には雪ではなく半分雨に変わっていたのだが、、、
「お疲れ様でした。怖かったけど超楽しかった!」
ケラケラと笑うレイコちゃんとお別れ。どうもありがとう!
レイコちゃんはこの恐怖の中、逆に楽しんでいたようにみえた。生命力の強い、魅力的な女性である。イタリア男に引っかかるんじゃないぞ!日本に生還してこいよな!
さて鉄の男・パスクワリーノもさすがに「疲れた、、、」とつぶやいている。大事を取ってバールでお茶をする。バールでつまみを食べているうちに、いつもの調子が戻ってきて「ケンズィ、これを食べろあれを食べろ!」と口を出しまくるパスクワリーノであった。
この後、1時間20分かけてシラクーサに到着。これが今回の旅行で生命の危険を感じた夜の出来事だった。これに比べたら、空港で荷物が届かなかったことや、別荘が停電になった夜のことなど遊びであった、、、
あとでテレビニュースなどで確認したとこと、モディカで雪がふったというのは本当に珍しいことだったそうだ。帰国して日本でも大寒波だったことを知ったが、イタリアも相似状態であったのだ、、、
誰だ、シチリアは冬でも暖かいなんていったヤツは???
(続く)