パスクワリーノの家で昼食後、ゆっくりと市内観光を終えて戻ると、別荘が大変なことになっていた。
「電気がつかないよ、、、」
この日は断続的に雨が降っていたのだが、水漏れで電気の配線がどこかでショートしてしまったらしい。ブレーカーがすぐに落ちてしまうのだ。原因はどうやら、久しぶりにブレーカーを上げた後に、その電気ボックスの蓋を開け放したまま出てしまったからのようだ。
「フゥム、、、」
パスクワリーノも困った顔をして、申し訳なさそうにしている。家中を探し回ってろうそくを見つけ、さらに別荘地内の他の家からろうそくを分けてもらってきた。ろうそくの灯りでなんとか移動ができるようになると、
「まあ、ロマンティコだろ!」
とパスクワリーノが言う。以降、「ロマンティコ」は僕らのキーワードになってしまった。
「まったく、こういうハプニングまでパスクワリーノらしいよ。」
キーコが苦笑いをする。実はこの日はキーコとコバがメルカートで買った食材で料理をしてくれるということになっていたのだ。ガスはプロパンなので何とか使えるが、暗闇の中での調理に「火が通ってるかどうかみえません!」というコバに大笑いしながらのディナーとなった。これはこれで忘れがたい。すでにメルカートでの大量撮影(240枚撮っていた!)でデジカメの電池は無くなっていたので、この時の写真はない。残念だ!
本当にパスクワリーノは、何から何までエピソードに困らない人だ。しかし、最大のエピソードは実はこれから始まるのだ、、、
ろうそくの火で暖をとった夜が明けると、ようやく乾いたのか通電するようになった。
「ケンズィ、どうだった!?眠れたか!?」
「すっごくロマンティコだったよ、、、」
とパスクワリーノに伝えると、ニコッとあのパスクワリーノスマイルが炸裂した。
この日は、シラクーサからちょっと内陸にあるモディカという街に行き、ボナユートという伝統的なチョコレートを作っているパスティチェリアに行くことになっている。実はこのボナユートに、日本からスタージュ(研修)で一人の女性が入っているのだ。その佐藤れいこちゃんは、blog仲間でもある、料理ジャーナリストのカマタスエコさんから紹介してもらった。
「わたしの友人がちょうどシチリアにいるから、会ってくれば?」
そう、カマタさんはイタリア紀行を著している、いわば先輩であり、今回の旅に必要になる電気プラグのアダプターや電子辞書を貸してくれたのだ。この場を借りて御礼を述べたい。アリガトねアネゴ。
さてモディカはシラクーサから1時間少しかかる距離にある。シチリアに来てから無茶苦茶寒いのだが、それ以上に天候が不順でくるくると変わる。曇り空になぜか虹が架かっていたのをみて歓声が上がるのだけど、今から思うとこれは凄まじい展開への予兆だったと思われるのだ。
前日の昼、モディカの佐藤さんに電話をかけ、到着時間を告げる際にパスクワリーノは「10時半に着くよ!」と明言していたのだが、途中車を停めていろんなものを解説しまくる。まあそれがイタリアってやつなんだが!
「ケンズィ、これはアーモンドだぞ!」
おお、これがアーモンドの木なのか!ちょうど花が咲いていて、これがなんだか櫻のように綺麗で甘い香りがする花なのだ。
こちらのバックに写っているのは、モディカ特産であるモディカ牛だ。
ちなみに僕はマフラーなどしないのだが、パスクワリーノがくれたのでしてみた。以来、マフラーっていいもんだな、と思って愛用している。
そんなこんなで寄り道しながらモディカの市街に着く。
シラクーサは海の街というイメージだったが、モディカは峡谷の街という感じだ。街は山間に密集しているので、「上側」と「下側」で街が分かれている。
ちょうど昼時で渋滞するのをすり抜け、ようやくボナユートの店前に到着した。
そういえば昨日、今回行きたい店の件でパスクワリーノと弟のロベルトにさんざん「あんなとこに行っても旨くないぞ」などと水を差されていたのだが、ボナユートに関しては二人とも「ん、あそこはイイね!」と意見が一致していた。
正直言って僕はそんなにチョコレートが好きではない。従ってバレンタインにはチョコレート以外のものが欲しいのだが(笑)、このボナユートという店のチョコレートはかなり特別なものらしい。今時のチョコはカカオを精製しまくり、色んなものを添加しているわけなのだが、ここボナユートでは古くから伝わるシンプルなチョコ作りを継承しているという。つまりカカオを磨り潰し、糖分や伝統的な香料を加えるということに徹しているそうだ。それ故、「チョコレートが持つ本来的な催淫効果がある」という逸話もある。うーんそれならたくさん買って帰らなきゃなぁ。
店内はとても小さく、売り場と小さな工房に分かれている。チョコレートはここではなく独立した工房を持っているということだった。
大幅に遅刻してしまったので、店の女性に佐藤れいこちゃんに連絡をしてもらう。その間に、パスクワリーノが店の若旦那といった呈の若者に僕らのことを紹介してくれる。
彼はパウロという名前なのだが、聖書の登場人物に出てきそうな顔立ちである。
「こいつはクッチーナ(料理)のジョルナリスタ(記者)なんだ」
とパスクワリーノが紹介してくれたおかげもあってか、非常に好意的に迎えてもらう。さっそく件のチョコレートがずらっと並ぶ。
赤い包み紙がシナモンを加えたもの、ピンクがバニラを加えたものだ。食べてみると、慣れ親しんだチョコレートのトロリとした溶け加減は全くない。ザラリとした食感で、砂糖の小さな塊がジョリッとくる、実に粗い舌触りなのだ。しかしこれは非常にイケル!
「本物の味、だねこれは!」
そう、一切へんな混ぜものをしていないという話が納得できるナチュラルな味だ。媚びることのない、本来的なカカオのパワーを感じさせる骨太な剛球といえる味だ。
「これが、この店で有名なペペロンチーノのチョコレートだよ。」
と出してくれたのが、トウガラシ入りチョコだ。噂には聞いていたのだが、、、
一粒を食べてみると、口の中にある時点ではそれほど辛さというのを感じない。しかし、喉下してみてビックリした!喉にチリチリと刺激が来る!
「おーっ こうチューニングされてるのかぁ!」
こいつぁ 乙だ! これ、女性には非常に受けると思うのだが、、、ちなみに日本でも輸入されているらしいゾ。
とそこに、このボナユートにスタージュに来ている日本人、佐藤れいこちゃんが登場した。
実はカマタスエコさんからメールで紹介してもらって数回やりとりをしているのだが、相手がどんな事情でスタージュにくるようになったのか、そしてこの人が何歳くらいの女性なのか全く知らんかった。どんな人が来るんだろうか、と思っていたら、実に素敵にチャーミングで明朗快活、イタリア語堪能で、生命力の強さを感じさせる女性であった!
「どーもどーも、ドルチェ好きが高じて仕事を全部辞めて、イタリアに来てしまった佐藤です。」
彼女が開設しているWebサイト「ドルチェマニア」もかなりの情報を伝える良いサイトだ。
★イタリア留学日記--イタリア・シチリアより生情報を実況中継中!
http://dolcemania.exblog.jp/
★Dolce Mania---イタリア菓子の情報サイト
http://dolcemania.cside.com
彼女が来てくれたことで、工場の中の人たちとの仲介役になってくれて、素晴らしい取材をすることができるようになった。
「今日はカンノーリを集中的に作っている日なんですよぉ。」
とれいこちゃんが言うとおり、工房ではカンノーリの皮がスゴイ勢いで作られていた。カンノーリとはこのお菓子である。
そう、シラクーサの空港のバールで早速食べたお菓子だ。パリパリに揚がった筒状の皮の中に超濃厚なリコッタクリームが詰められている。映画「ゴッドファーザー」にも出てきたらしい、由緒あるシチリア名物だ。
「コバ!きっちりと勉強しておけよ!」
とキーコの激が飛ぶ。そう、無二路のドルチェ番はコバこと小林君なのである。
これがカンノーリの皮生地だ。ほんのりピンク色なのは、こういう色の豆だったか何かの色素を練り込んでいるらしい。それを薄く伸ばし、切り揃えていく。
これが一枚分のカンノーリ生地だ。
これを耐熱性の筒に巻いていく。
筒に巻かれた生地は、フライヤーでじっくりと揚げられる。みたところ低温で時間をかけて揚げているようだ。揚げ上がると斜めに置いて油を切る。
「この揚げ油、ラード(豚の脂)かヘット(牛の脂)を使っているらしいんだよ。だからコクのある風味がつくし、パリッとした食感になるんだな。」
とキーコが言う。これが揚げ上がった皮だ。
これをすぽんと筒から外し、皮の完成。筒の部分にリコッタクリームをタップリ詰めて、ピスタチオの飾り物をまぶせば完成である。
ちなみに、通常店頭ではクリームを詰めたものが並べられているが、家で大量に、しかもできたてを楽しみたい人には、リコッタクリームをチューブに入れ、皮を別にして販売もしている。つまり家でリコッタクリームを詰めて、皮がパリパリの状態で楽しめるということなのだ。
このカンノーリ、色んなところで食べたけど、ボナユートのそれは非常に上品な出来だった。リコッタクリームはすごく濃い油脂なので、ともすれば一口で飽きてしまうのだが、、、
ちなみにカンノーリ以外のお菓子もたくさんある。例えばこれもボナユートの名物らしいのだが、超絶なお菓子なのである。
「この菓子は小麦の生地でチョコレートの詰め物をしたものですが、チョコレートには様々なナッツなどとともに、肉のミンチも入っているんです。滋養強壮の為に最高なお菓子なんですよ。」
なんと肉入りのチョコである!うおおおお こわごわ食べてみるが、その餡の部分はとても複雑な味のする、かといって別に変な味ではない、なんともいえない高度な味だった。毎日食べたい味かというとそうでもないが、これはこれで、非常に歴史の重さを感じてしまう。いや素晴らしい逸品だった。
キーコは先述のチョコレートに加えてこの肉入りチョコ菓子を3キロくらい買っていた。運がいい人の口には入ることだろう。
しかしこの工房で感じいったのは、イタリアの粉食文化である。下記写真は、粉屋さんみたいな屈強な人が、小麦粉の保存容器に粉を詰めているところだ。
無茶苦茶に腕の太い男が恥ずかしそうに「ボンジョルノ」というのはナカナカに素敵な光景だ。しかもその分量が半端じゃない!改めて、小麦文化大国・イタリアを感じたのだ。
しかし、パスクワリーノは僕が写真を撮っている間にもいろんな注文をつけまくり、しかも店を辞する時にもまたパウロ君にいろいろと話をしていた。ものすごいバイタリティである。
「メシに行こうよぉ!」
と車に引っ張り、パスクワリーノの知り合いのリストランテに向かうことになったのだ。この時すでにどんよりと曇った空ではあったが、まさかこれが大変な事態になっていくとは思っても居なかったのだ、、、
(続く)