これは粋なコンセプト!江戸料理ときまじめ蕎麦を楽しく食す 青山「源十」

2004年12月16日 from 首都圏

とある企業の新事業企画のお手伝いをしている。「可愛い女性ばかりを参加させていますから!」という言葉に釣られてのこのこと青山の超一等地に自社ビルを持つ某社へ行く。そのとおり美しい女性陣と企画についての話をした後、「じゃあこれからは場所を変えて」ということに相成った。

青山一丁目から外苑前に至る路沿いの二階に上がる。

「僕は蕎麦が好きなので、新しい店ができるとチェックするのですが、ここは最近出来たばかりでまだ入ってないんです。ベンチマーク前にやまけんさんをお連れするのもなんなのですが、ぜひ一度と思って、、、なんだか『江戸料理』を標榜している店なんですよ!」

そうして通してもらった店がここである。
■「源十」
たしかこの辺にあった。

江戸料理というコンセプトをきいて、かなり面白そうだなと思ってはいた。品書きをみると、先陣を切って並んでいるのは豆腐料理だ。土佐豆腐、みそ漬け豆腐等が並んでいる。いうまでもなく豆腐料理の集大成「豆腐百珍」からのものだろう。眼鏡をかけた店員君に「どれがおすすめなの?」と聴くと、「僕は嶺岡豆腐が美味しいと思うんです」と教えてくれた。嶺岡豆腐は、なんと牛乳で練り込んだ胡麻豆腐だという。それも日本で酪農発祥の地となった嶺岡から乳をとりよせているという。そいつぁ旨そうだ!

その他にも本日のおすすめがある。

左端の「飛龍頭(ひりゅうず)」に、同行のI氏と共に「ひりゅうずいいですねぇ」と話していたら、店員君は「オヤ」という顔をしている。

「お客さん、ひりゅうずってよくお分かりですね。なんのことか分からないお客さんが多いんですが、、、」

ここの読者さんなら当然知っているだろうけど、ひりゅうずとはがんもどきのことだ。関西では「ひろうす」とも言いますな。
※関西では「ひりょうず」とも言うらしい。関西と言っても色んな文化圏があるから、呼称も多様なのでしょうね。鶴岡さんご指摘ありがとうございました。
ちなみにがんもどきは、水分を抜いた豆腐をすり鉢であたり、そこに具材を入れて丸め、油で揚げたものを言う。学生時代に一度だけ造ったことがあるのだが、ヘタをすると店で売っているのより数倍旨い。

「お客様、それではぜひ江戸料理のおすすめとして、黒鯛の昆布締めをお食べ下さい。」

「ん?これって何か趣向があるの?」

「はい、珍しい調味料を使っています。」

「分かった!煎り酒でしょ?」

というと、店員君はびっくりした顔をする。

「煎り酒、ご存じなんですか???」

「うん、だって僕、食べ物の仕事してるんだもの。」

煎り酒とは、これもご存じの方には言うまでもないが、醤油のような大豆発酵調味料がまだ高価だったころに、重要な役割を担っていた調味料だ。日本酒を煮きって梅干しを入れて煮詰めたものが基本で、鰹節などの旨味成分を入れることも多い。江戸期の重要な調味料である。

「とりあえずいろいろ持ってきてよ。楽しみだなぁ 江戸料理。」

「わ、わかりました!」

と店員君が厨房に戻る。でも、煎り酒なんて結構いろんなところで語られているのを見かけるけど、やはり一般の人はそういうのは興味ないんだろうか。と言う話をしていたら、いのいちばんに持ってきてくれたのはこの煎り酒を使った黒鯛の昆布締めだ。

端整な盛りつけ!そして見てお分かりの通り、薄く色づいた調味液に浸されているだろう。

これが煎り酒である。黒鯛を口に運ぶと、いい感じに昆布で脱水され、慣れている。ただ、具材に旨味がついて付いてしまっているから、煎り酒本体のストイックな旨味はあまり伝わってこない。そう店員君に申すと「煎り酒を持って参りました!」と、別皿に入れてきてくれた。

この煎り酒、実に旨い。梅の風味は奥深くに隠れて、密やかに丸みを帯びた酸味がほんのり残っている。鰹が使われていると思うが、過度な旨味ではなく、塩梅も実に佳い。そのまま上品な出汁としてのめてしまうくらいの味わいだ。

「嶺岡豆腐です!」

これが牛乳で練り込んだ胡麻豆腐だ。箸でちぎろうとすると、なんだかビヨーンと伸びる。牛乳と擂った胡麻を葛で練り込んでいるのだろう、粘りがすごい。モチモチとしたそれを一口いただくと、これは旨い!江戸期、牛乳というものを公に飲み始めたきっかけは、健康食としての位置づけだったという。そのとおり滋養にいいだろうなという優しく、力のある味わいになる。胡麻豆腐は日本の精進料理を精神的に代表する料理の一つで、そのストイックさがすごいと思うが、牛乳仕立てにするとこんなにふくよかで魅惑的になるのか!


江戸前きんぴらゴボウは、ゴボウがパリンシャキンといい食感に仕上がっていて、これぞキンピラという感じだ。だいたいきんぴらゴボウの名前は、ゴボウを炒める時にバリバリと派手な音がするところに由来していたと記憶するが、食感もバリンバリンと派手なのがいい。その方が江戸って感じだしね!


卵焼きもいい焼き目のついた江戸風だ。適度な甘みと出汁で仕上がっていて文句なしに旨い。


これは超アップで撮った、豆腐のみそ漬け。本当は親指の第一関節くらいの大きさなので注意。ただ、これは少しひねりが足りない味付けだった。味噌に色気がない感じだ。


大根の揚げ出し。これからが旬の大根は、実は油との相性がいい。特に出汁で下ゆでをしておいて、水気を切って高温の油でバリッと揚げる(油が飛ぶので要注意だ!)のが旨いぞ。ここの揚げ出しもいい感じ。これぞ小料理ですよ、小料理。


そうそう飛龍頭はきちんと人数分に割って持ってきてくれた。美しいプレゼンテーションだ!

ここの飛龍頭はモロモロと柔らかく上品に仕上げている。また、豆腐も正体が無くなるまで磨り潰しているわけではなく、粗い粒子くらいで止めてまとめている。これが舌に適度に摩擦感を与えてくれて楽しい。気が利いているなぁと思う。鉢に付け合わせとして盛られている緑色のものは、ワカメではなく海苔を煮たものだ。飛龍頭と合わせると淡い磯の香りが豆腐の香りを引き立てて、気が利いている!

手洗いのついでに厨房を覗くと、白い割烹着に身を包んだ若い板前が作っている。「美味しい煎り酒使ってますね!」と声を掛けると、「ありがとうございますっ」ときびきびした返事が返ってきた。その所作、かなり好印象。
これら以外にも、ほぼ品書きに載っている酒肴を全部食べ尽くして、蕎麦で〆ることにするが、蕎麦だけじゃ足りないんである!

「冷たいうどんと冷たいせいろと暖かいかき揚げ蕎麦を食べまーす」

「ほ、本当ですか?」

と店員君はもう信じられないという顔をしている、、、面白いなぁこの反応。

ごまだれうどんは、わかりにくいだろうけどうどんに上質な海苔がまぶされている。うどん自体は関東風の小麦がみっちりした麺なのだが、ごまだれが至極絶品である!この店、出汁の技術はとても高い!

つづくかき揚げ蕎麦(温)。かけ出汁を啜ってみるが、やはり旨い。化学調味料が一切使われていない真面目な味で、使われているかえしもくどくない、非常に素直な好ましい味。かき揚げとのバランスもいい。卵を所望して、天玉そばにして啜り込んでいただいた。


せいろが運ばれてくる。細切り加減を見ると機械打ちだな。それは全然OK。とにかく手打ちがいいという人もいるが、角のへたったヘタな手打ちを食べるくらいなら、機械でビンと切り揃えられた蕎麦の方が有り難い。それよりも水回しとコネの技術が問題だろう。

蕎麦を3本、何もつけずに啜る。残念ながらそれほど香りは立たない。こんな感じかと思い、盛りつゆに浸して啜ってまたビックリした!つゆが旨い!この店の蕎麦は、つゆで食べる蕎麦である。店員君も「うちはつゆで勝負です」と漏らしている。いや、これはイケル!
蕎麦の楽しみは多様で、全部のアイテムがすべて100点満点でなければならないということではない。この店では蕎麦の個性が押さえられている分、つゆの旨さがひときわ引き立つのだ。それもまたアリだろう。

大いに堪能した!

お茶をもらいながら店員君と話をする。

「いやぁ お客さんみたいな方は初めてです!」

と神妙な顔をする店員君。ま、リップサービス半分だろうけど、来客みんな、単なる小料理と思って食べているんだろうな。それと日本人の気質的に、あまり店の人に感想を伝えないことが多いんだろう。これは食い倒れにはペケである。旨かったら旨いということを厨房に伝えて帰る。店はそういうお客の顔はきっちり覚えるものだから、次回来店時に思い出させることが出来れば、確実にサービスが良くなるはずだ。この日もきっちりと顔を売って店を出たのであった。

まあとにかく煎り酒を美味しく食べさせてくれるということと、絶品のつゆで蕎麦が食べられるのがいい店だ。今度、煎り酒で蕎麦をたぐってみるのもいいな、と思った。

ちなみにWebで源十を検索すると、駒沢大学近くに店があるという情報がいくつか出てきた。青山の店はその支店になるのかな。なんにせよ、いい店だった。D社のI様、どうもご馳走様でした!