まったく食い倒れとは関係のない話だ。
友の加賀谷のblogに、韓国の映画「オールドボーイ」を絶賛するエントリがあったので、僕も観に行こうかと思ったが、いきたい時に上映を逃してしまった。ちなみに僕は、映画を観るのは年間で1本くらい。そう、映画にはあまり惹かれることがない。現実世界の方が面白いからかもしれない、、、
見逃したけどまあいいやと思っていたら、オフィスの近くのコンビニの書棚に、オールドボーイの原作が復刻廉価版のコミックで出ていた。分厚くて500円くらいのアレだ。手にとって眺めたが、「ふうんこれかぁ」と思っただけで買わずにいた。
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しかし、ずっと何か、心のどこかに引っかかっていた。
その数日後、高校時代の親友と電話で話をした。バードコートに堀江君達と入る前に、40分くらい立ち話をしたのだ。そこで、衝撃的なことを教えられたのだ。
「あ、そういえばオールドボーイって映画あるだろ。あの原作、狩撫 麻礼がかいてるんだってさ。」
瞬間、背筋を電流が走った。
「原作者の名前が違うじゃないか!」
「うん、アレはまた仮名を使ったらしい」
なるほど、、、なぜ心にしこりが残ったか、そしてこんなタイミングで人生に差し込んできたのかがわかった。
狩撫 麻礼(かりぶまれい)は、僕が高校時代に読み漁った、漫画の原作者だ。代表作は色々あるのだが、高校の時にバイブルのように読んでいたのが「ボーダー」という漫画だ。
内容は時に間が抜けているものの、壮絶だ。狩撫 麻礼の漫画の特徴は、ある種の「型」が存在することだ。主人公は、この世の中のメインストリームには乗れない、境界線上(ボーダー)を歩く者。それに対し、「あちら側」から刺客が送り込まれてくる。そして刺客との対決がある、、、というのが型だ。神話の構造が世界各国で類似するように、狩撫 麻礼の作品世界も同じ軌跡を辿る。アメリカのポール・オースターがニューヨーク三部作で同じプロットの作品を書き続けたように、だ。
高校生時代の僕らは、下宿(僕は高校と実家が2時間くらいかかる距離だったので、最後の年度は友人とアパート暮らしだった)でボーダーを読みあさった。セリフをほとんど覚えてしまい、会話の端々にセリフが覗くくらいだった。世界の成り立ちの秘密を覗き見たかのような興奮を覚えていた。
その後、プータローをしていた時も、予備校に行った時も、大学に進学してからも、社会に出てからも、実はこの狩撫 麻礼による世界観はついて回ってきた。ボーダーは全巻が実家においてあり、ことある毎に読んでいる。
そしてこのタイミングでオールドボーイだ。高校の親友からの電話の後、すぐにコンビニ(am/pmだ)に走って1巻と2巻を買って読んだ。
最高に面白い!
映画は観ていないが、おそらくこの作品の世界観は原作を読んだ方が理解しやすいのではないだろうか。これをどんなに凝縮しても2時間では足りないだろう。
本日、出たばかりの3巻を買った。明日、4巻を買って昼に読むつもりだ。双葉社からはきちんとしたコミックスが発売されているようだが、僕はこの、1ヶ月スパンで2冊でる廉価版でいい。狩撫 麻礼は「土屋ガロン」と名乗っているが、どういうことなんだろうな。
ま、とにかくこの再会を楽しみたいと思う。いや、食い倒れに関係無い話で申し訳ない。